理想の姿2
ジロさんは私達がそれぞれ品物を選んだ後、隠し扉を閉じて鍵を回収すると商会へと帰って行った。礼はするが腰は低くないあたり、この世界の商人という職業の立ち位置が垣間見える気がする。
そしてジロさんを見送った私は、路地裏で女の子二人組を正座させていた。
「別にアバターを異性にするのも、口調を変えるのも、ボイスチェンジャー使うのも一向に構いません。それが許されるゲームシステムなのですし」
ナタネとティラナは石畳の上に正座したまま反省するように項垂れている。別に強要はしていない。自主的に正座してもらっているだけである。
「ですが、流石に性別偽ったまま露出度の高い服を着せて楽しもうというのは、流石に目に余ります。というか、普通に不快です。分かりますか?」
「はい。大変失礼なことを……」
「ごめんなさい……」
「子供じゃないんですから、やっていいことと悪い事の区別は付けてください。まったく」
「おっしゃる通りです……」
「中身が男でごめんなさい……」
もちろん私も、この作品に色々な楽しみ方があってもいいと思う。
アバターの性別が変更できるし、私は使わなかったがアバターに合わせた“声”も作れる。もしも別人になれたら、という夢を叶えたいのは私も同じだから良く分かる。
しかし、他人と関わるゲームである以上他者への気遣いは必須だ。今回の件はマナーとかそれ以前の問題な気がするが。
「今後は、他の女性プレイヤーに似たようなことのないように!」
「はい!」
「二度としません!」
「はぁ……反省しましたか? なら、立っても大丈夫ですよ」
おずおず立ち上がる二人に再びため息が出そうになるが、何とか飲み込む。本当に反省したならもっとしゃっきりして欲しいものだが、それを強要するのはやり過ぎだろう。
それにしてもこの人たち、女子高生に説教されて何でこんなに委縮しているのか。年上だとは思うが、向こうは私の事どう見えているのだろうか。もしかして私、お姉さんっぽいかな? ……ないな。
私は立ち直るのに時間がかかりそうな二人を放置することに決め、とりあえずは目下の“悩ましい問題”に頭を抱える。ジロさんから貰ったこの装備品をどうしようか。一応メニューから装備欄を開いて、装備変更の確認メッセージを出す。
ここ、ここをピッと押せばあのほぼほぼ全裸みたいな恰好。街中で。私が。
いや、でも落ち着いて考えてみよう。ここはゲームだ。ゲームで別のプレイヤーが例えどんな格好をしていても気にならなくないかな?
……なるなぁ。というか私はよく見る。何なら見ている事に気付かれて手を振られることすらある。
「あ、あの、どこから気付いてましたか……?」
覚悟の決まらない私がメニュー画面を睨みつけていると、横からそんな言葉が聞こえ慌ててティラナに向き直る。そういえばここ私以外にも居たんだった。
「えっと、どこから男だと思ったかってことですか?」
「結構バレないと思ってたんですけど……」
「え、あれで? ああいえ、どこからと言われれば最初から男かもとは思ってましたけど」
そもそも、この世界の見た目が信用ならないということを私は良く知っている。ここでの外見がどれだけ魅力的で、どれだけ軽やかに動けても、現実では何の魅力もない、虫の様に地面を這うだけの存在を私は知っている。
だから私は、ここで見た物を信用しない。この優しい虚構を、虚構と知って尚愛しているのだ。
「動きとか物の食べ方、喋り方、服のセンス……あと、二人の仲の良さが男っぽいかなと」
「そんなので分かるの!?」
「“女性らしい”言動と“男性の”言動が混じっているのを見れば、誰だって女を演じる男だと予想が付くでしょう。特に最後のあれは目が……顔が嫌らしかったので」
「え、怖い。ネカマ発見器かよ」
そんな物になった覚えはない。キッとナタネを睨むとすごすごと引っ込んでいった。引っ込んだ先でティラナからも叩かれる。
そんな姿を見て、この二人が制止し合うなら大事にはならない、そんな気もしてきた。こんな形にはなってしまったが、そもそも彼らの行動を制限する権利なんて私にはない。二人同時に悪ノリしないなら後は自由にやってくれ。
「ラクスさん。俺、目が覚めた気分です」
「えっ、あ、そうですか……」
ナタネを叩いたティラナが頭を下げると、そんな殊勝なことを言い出す。ナタネの失言は機嫌が良かったが故の過ちのような気もしなくもないが、こっちはこっちでむっつりスケベっぽいというか……胸とかチラチラ見る感じのあれなんだよなぁ。
そんな私の印象も知らずに、ティラナは真剣なまなざしでこちらを見上げる。
「ラクスさんに認めてもらえるように、もっともっと女の子に成り切って見せます!」
「……」
予想外の発言に言葉を失ってしまったが、いやまぁ、解決策の一つとしてそれはある。異性からはセクハラでも、同性の冗談だと思われれば不快感もかなり減る。少なくとも私は減る。部活やってた時は日常だったし。
そんな真剣なティラナを見て衝撃を受けたのか、ナタネもすっと前に進み出て頭を下げた。
「俺も……いいえ、私も頑張るから! 見てて!」
「最高の可愛い女の子になった暁には、今回の件を改めてお詫びに伺います!」
「別にもうそのことは忘れていいですよ……」
「私たちなりのケジメです! それまで許さないでください!」
「もっと怒っていいんだよ! セクハラオカマなんて許しちゃ置けないもん!」
いや、セクハラオカマは君たちのことだが……。というか、本気で怒っていたら運営に通報している。実際問題として大したことは言われていないので、どのくらいの対応をされたのかは分からないが。
「だから、もう怒ってないですって」
「だってあれ着るの嫌そうだったじゃないですか! もうぶん殴られる覚悟です!」
「さぁ、殴って!」
「着れるよ! 殴らないよ!?」
こいつら人の話聞かないな!?
この世界で殴っても精々吹っ飛ぶくらいで、あんまり痛くないと思うし、そういう意味でも殴りたくない。
「無理しなくて大丈夫だよ! 怒られて当然のことしたんだから!」
「着る着る! もう着るから話を聞いて!」
私は出しっ放しだった装備メニューの確定ボタンを、一瞬躊躇いながらも頑張って押す。
その瞬間体を覆っていた初期装備が消え、件の“幻夜の舞踏服”が現れた。うっ、これやっぱり……。
「ほ、ほら着れたから! 気にしてないから! 殴らないからね!?」
「恥ずかしがってる……これが女の子の反応か……!」
「もしや、女らしさって“それ”なんですね! 恥じらい! 恥じらいかぁ……!」
「これが女か! 何か道が開けた気がする……!」
「これが女だ! ラクスさん、いや、師匠と呼ばせてください!」
「女だ! やったー!」
「女だ! いえーい!」
「私はちゃんと女だよ!!!!」
***
酷い目に遭った……。
私は人気のない路地を通っていつもの公園へと戻ってきた。今日はもう何か色々疲れた……スケルトン先生狩りなんて目じゃなかったな……。
このゲームは、作品内の移動に時間がかかるのもあってか、いつでもどこでもログアウト可能だ。しかし、私とユリア、そして泥団子は決まってこの公園のベンチでログアウトすることにしている。だからだろうか、何となく“いつもの場所”という感じがして落ち着く。
私はいつものように腰を下ろし、いつもよりも明るい色をした太ももをなるだけ見ない様にしてログアウト処理を実行する。
視界が暗転して、現実世界の私の瞼が開く。VRマシンの蓋越しに見える部屋は緑色で少し不気味な気もするが、この狭いようで広い空間が私は少し好きになっていた。きっと、ここに居ればあの甘い甘い虚構へといつでも逃げ出せるから。
夢と現実の狭間で寝返りを打つ。時刻は午後2時。ここは湿度も気温も一定に保たれる様になっているので、このまま昼寝しても風邪は引かないだろう。私は空調機能だけ寝やすいように少し設定して再び瞼を閉じる。
ここで眠ると、どんな夢を見るだろうか。
夢と仮想現実は何が違うのか。
ユリアに握られた左腕の温もりが恋しい。
やっぱり毛布くらい持ってこようかな。
中学の部活の友達は元気かな。
私は眠りに落ちていった。
それは“外”の夜よりも少しだけ優しい時間だった気がした。