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新たな旅路

 その日の放課後、私達5人は生徒会室で今日の課題を片付けていた。


 どうやらついこの前から、部活動の文化祭の出し物の申請が始まっているらしく、実行委員と生徒会が交替でそれを待っている必要があるのだとか。

 普通に電子メールで申請でいいと思うのだが、どうやらこの手続きは紙の書類に書く伝統があるらしい。無駄な伝統だとは思うが、おそらく新しいシステムを構築するより毎年生徒に任せた方が楽に済むという考えなのだろう。


 昨日も会長自らこのただ待っているだけの時間を過ごしたらしいのだが、今日の当番である一年生の文化祭実行委員がいつまで経っても鍵を取りに来ない。そのため鍵を持っている烏羽さんが今日も引き続きこの役割を果たしている形だ。大変だな、会長。


(みぎわ)さん、ここの問題なんですけど……」

「ここ? え、方程式当てはめるだけよ?」

「ご、ごめんなさい……」


 そんな真面目で貧乏くじを引いている会長はと言えば、今日も今日とて数学で苦戦しているようである。

 チラリとその課題の内容を見れば、若干日本語の使い方が怪しい文章問題。これ作ったの笠井先生だな……。内容を理解している人には“何が求められている”のかがすぐにピンとくるだろうけれど、分からない人にはそもそも何を聞かれているのかすら分からなそうな問題だ。


 私はやや乱暴な解説をする汀さんの隣で、自分の課題の最後の問題を解き終えた。待っているのもあれなので、早速学校のネット環境から提出先にアップロードを済ませる。

 開始五分で寝始めたフランと、頭を悩ませている紗愛ちゃんを横目に、私は大きく伸びをする。これで帰ってから予習と復習をすれば完璧だ。その辺はサクッと終わるし、大丈夫だろう。


 そして、私の画面をカンニングした紗愛ちゃんが大きく目を見開いた。自分でやりなさい。


「え、瑞葉もう終わったの?」

「うん。まぁ暇だと授業中にほとんどやっちゃうし」

「真面目なのか不真面目なのか分からないわね……授業はちゃんと聞きなさいよ。暇なのは確かだけど」

「うわっ、授業暇とか私とそもそも意味が違いそうな発言だ……」


 紗愛ちゃんは完全にやる気を失ったと言って、まだ半分くらいしか終わっていない課題を鞄に入れる。まぁ期日までには終わらせるだろう。


 私も学校用のデバイスを鞄に戻し、替わりに個人用の端末を取り出す。

 そして最近あまり使わなくなった、天上の木の攻略サイトを開いた。最近の情報源はスピード重視で玉石混淆(ぎょくせきこんこう)の掲示板ばっかりだったからな。

 私はそこの目的のページをじっと読み進めた。


「何見てるの?」

「ん? 転生の記事。最近色々細かい仕様が分かって来たみたいだから」

「え、転生使うの?」

「んー、使ってもいいかなぁって思ってるけど……職業レベルは100(カンスト)したし」


 折角二人が新しく始めるなら、どうせなら私も一緒に第1エリアからやり直したい。


 それに、街を歩いていると最近視線が気になるのだ。何と言うか、舞踏服を着て最初に街を歩いた時に感じた視線とは、若干性質が違う気がする。


 おそらくだが、CMの有名人だからなのだろう。動画コンテストにまったく興味がなく、受賞作品の確認もしないというプレイヤーも居たが、CMは最近大々的に放送されており、かなりの人が見ている。

 そのため今、(ラクス)の知名度は過去最高と言ってもいい程である。


 服を変えるとかなり減るのだが、それでも顔だけで判別できてしまう人も中にはいるので、気休めにしかなっていないのだ。例のファンルームの件もあるし、正直見た目を変えたい。

 ラクスのあの体に愛着もあるので名残惜しく、今までズルズルと見た目を変えずに過ごしてしまったのだが、これを機に心機一転、新しい自分と言う物を表現するのもいいかもしれないと思ったのだ。


「えー、ラクスが転生するなら私もやろうかなー」

「泥団子はどうするの? 勝手にやって大丈夫かな」

「知らないよ。まぁ別に会えなくなるわけじゃないしいいんじゃない? 寂しかったら第1エリア来るでしょ」


 フランには……まぁ帰り道にでも相談しようか。別に起こすほどでもない。


 私はページを読み進め、転生の詳しい仕様を確かめていく。スキルポイントはどうせ終盤で余るので、必要なのはステータスのボーナス値。これは確か種族レベルに応じて獲得できるはずだ。


 攻略サイト曰く、種族レベルとステータスのボーナスポイントの変換効率は、レベルが10の倍数で効率が良くなるらしい。計算式の端数の問題なのだろう。

 また、レベルが高くなればなるほどにその効率は徐々に高まるが、逆に高レベルになると、レベルアップまでの必要経験値量も増大していく。

 そのため、種族レベル50丁度で転生するのが種族経験値効率も時間効率も最良だと結論が出ていた。


 種族レベル50と言えば、早くて第2エリアの後半、遅くても第3エリア中盤辺りに到達する数値だ。私は大体70くらいなので、このままレベリングを続ければ続けるだけ数値上の効率はゆっくりと落ちて行くことになる。

 その点から見ても、今が潮時と言えるだろう。


「問題は種族だよね……アルメが有名になっちゃったから着るのあれだしなー」

「そもそも次も踊り子にするの?」

「それは……考えてなかったな」


 紗愛ちゃんの言葉に思わず肯定しそうになったが、言われてみれば確かに他の職業でもいいんだよね。能力値の振り分けもリセットされるんだから。

 むしろ回避型だとどうしてもアルメに頼りたくなるし、後衛とか防御型にしてもいいかもしれない。


 攻略サイトの職業欄をじっと睨む。しかしそう簡単には結論は出てこなかった。


「紗愛ちゃんはどうするの?」

「私? 私は転生するんだとしても、アバターも職業もとりあえず据え置きでいいかなー」

「んー……どうしようかな」


 結局下校時間になるまで私の計画は、そこから1㎜たりとも前に進むことは無かったのだった。



 ***



 翌日の土曜日。

 烏羽家の神社にお古のVRマシンを奉納し、汀家にファミリーパックの余りを献上する紗愛ちゃんを待ちながら、4人でボイスチャットで雑談をしていた。


 話題は天上の木の序盤の攻略から、キャラクタービルドの話まで。私の役割は初心者二人からの質問に答える事だ。

 ちなみにフランはチャットルームには居るのだが、早々に飽きて他の事をしているらしい。さっきから一度も会話に入っていない。


『……なるほどね。じゃあ敏捷性と攻撃力だけ上げて、生き返らせてもらいつつ突撃するのが最高効率なんじゃないのかしら』

「範囲攻撃で必ず死ぬ前衛に守られる後衛が安定していればそうだね。私が近い事してるし。ただ最高効率かって言うと微妙かな。まず火力と敏捷性の両立って言うのは……」


 汀さんはゲームの“システム”についての呑み込みが非常に早い。

 私の解説を聞いて、自分で攻略法まで考えてしまう程である。ゲームはあまりやらないそうだが、それでもやはりお兄さんの影響があるのだろう。


 何となく、汀さんはすぐにハマりそうな気がする。多分だが、自分で立てた作戦が上手くいくのが楽しい人だ。その上頭の回転が速くて、立てる仮説も比較的妥当。

 本人の負けず嫌いな性格から考えても、途中で諦めたりはあまり考えられない。


『あ、この子可愛いです! これもペットですか?』

「それは……まぁ、頑張って」

『え、何ですかその反応……』


 同じく初心者の烏羽さんはと言えば、始める前からペットモンスターにご執心である。

 特にピンクとかハートとかの可愛いモンスターが好きなようで、どこからか画像を持って来ては私に見せている。


 ただ、序盤はそれらのモンスターと似た系統のモンスターが出るくらいで、あまり派手なモンスターが出ない。(おの)ずと彼女が選ぶモンスターは第2、第3エリアの出没ばかりになっていた。


 こちらはちょっと不安だ。

 最序盤など、一番可愛いモンスターがカエル山の洞窟の結晶兎。あれも可愛いと言うよりは神秘的で綺麗と言った方が適切だ。

 まだ転生前なので私が取って来てもいいのだが、それもそれで楽しみが減ってしまう様な気がして嫌だった。せめて第1エリア上級まで頑張ってくれれば、何とか……。


 まぁ、それまでは可愛い自分と装備品で我慢してもらおう。多分この人、アバターの作成に相当な時間がかかるタイプである。私も人の事言えないが。


『あ、インストール終わったわ。じゃあ、とりあえずやってみるわね。向こうでは……』

「キャラクターの名前をメールで教えてくれたら、初期位置に探しに行くよ」

『そう。じゃ、また後で』

『あ、はい。な、何か緊張しますね……』


 二人は別れの言葉を告げてチャットルームから退室する。

 私もそれに倣って退室し、VRマシンに寝転んだ。そういえば、結局まだ転生するかしないか決めてないなぁ。

 まぁ急いで決める事でもないかな。最悪今日中に決めれば間に合うだろうし。


 私はいつも通り、緑色の透明なカバーを下ろして目を閉じる。

 しかし、閉じ切る寸前で何かを通知したパソコンに気を取られて目を開けた。


 緑に変わった部屋のパソコンを睨むと、どうやらフランがチャットルームを抜けたか、紗愛ちゃんが帰宅したことを知らせるメールの通知音だったらしい。私は問題なさそうなパソコンの画面から目を離し、もう一度寝転ぶ。


 その直前、パソコンの隣に置かれている賞状とトロフィーがチラリと視界に入った。

 中学のダンス大会と、動画コンテストのトロフィーだ。その近くにはハーバリウムと紗愛ちゃんから貰った指輪が並んでいる。


 目を閉じた後も脳裏に浮かぶそのちぐはぐな光景に、私はちょっと笑ってしまう。

 ラクスも瑞葉も、私にとってはどっちも大切な思い出なんだな。


 仮想と現実の境目で、私は一つの決心をする。


 やっぱり踊り子は続けよう。

 きっとそこは、瑞葉の願いなんだから。


これにて最終回となりました。朝投稿できなくて申し訳ありません。

以前書いたように一応続きも考えていますが、投稿するかは分かりません。

近い内に今作とは関係のない新作を投稿すると思いますので、よろしければそちらも応援よろしくお願いします。


拙作を愛読してくださった皆様に感謝を申し上げます。機会があればまた。

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