VR
紗愛ちゃんは私の疑問にすくっと立ち上がり、いつも使っているデバイスを徳川光圀公を題材にした長寿番組の様にバシッと示す。
そこにはとある通販サイトの注文履歴が表示されていた。
「この度私、逢沢 紗愛は何と! VRマシンの新調をすることに決定いたしました! ハイ、拍手!」
「おー、ぱちぱちぱち」
「あ、買い替えるんだ。おめでとう」
紗愛ちゃんのそんな言葉に、私とフランは一応の拍手を彼女に送る。
今までずっと型落ちの最底辺スペックマシンでプレイしていたユリアこと紗愛ちゃんだが、ついに彼女もVRマシンを買い替える決意をした……というか、準備が整ったらしい。
注文履歴には、中古だがそこそこいい値段のマシンが表示されている。
ただちょっと古いかな。傷汚れ有り、説明書保証書外箱無しと状態も良くはなさそう。まぁ動作確認済みではあるので、届いたら動かないということはないと思う。
しかし、私はそんな事よりもっと根本的に気になる点があった。
「でも、VRマシンって中古怖くない?」
「え? 怖いって……何?」
本人があまり気にしていない様子なので、少し口にするのが躊躇われる。気にしないならいいんだけど……。
しかし、私の言いかけた言葉が気になるのか紗愛ちゃんと他の3人の視線が重い。その視線に居心地が悪くなった私は、正直に“中古のVRマシン”についての所感を告げる。
「だって変なプログラムとか入ってたら体の情報筒抜けだし、……あと、アダルトゲームプレイヤーが多くて、ちょっと生理的に触りたくない」
「怖い事言わないで!」
紗愛ちゃんは汚い物でも触ってしまったかのようにデバイスを取り落とす。あっと思った時には既に遅く、彼女の手は精密機械を追って虚空を掴んだ。
しかし、隣でそれを見ていたフランが、そのデバイスを空中でキャッチ。事無きを得た。危ないからしっかり握ってて。流石にその高さから落としても壊れはしないだろうけれど。
紗愛ちゃんはフランにお礼を言って、自分のデバイスを受け取る。
そんなやり取りを横目に、烏羽さんがチラチラと私を見ていた。
「あ、アダルトVR……ですか」
「最近人気らしいわね。……ちなみに私達って年齢制限引っかかるの?」
「女性は16歳からプレイできる。グロテスク表現ありは男女どっちも18歳、男子は性的だけでも18歳から」
「詳しいね、フラン……」
「マシン買ってすぐに調べた」
調べたんだ……いやまぁ私も人の事言えないんだけど。
実を言うと私も“ちょっとだけ”調べたことがある。
天上の木のログイン時間でマシンの稼働制限をほぼ使ってしまうので、実際にやってみようと思ったことはあまりないのだが。時間さえあれば、いや時間があってもやるかどうかは別かな……。
私が調べた限りでは、VRマシン対応のアダルトゲームは、神経接続型のVRマシン最初期から研究開発されていたこともあってか“色々凄い”らしい。性欲がある人ならメリットしかないと言っても過言でない程だ。
まず、パートナーがいなくても病気や詐欺の心配なく性交渉できるので、独り身の男性に人気だ。VRじゃないアダルトゲームも、メインターゲットはここなのだろう。現行法では“摘発されれば”違法と判断されるようなお店に、毎回お金を払うよりもコストも安い。マシンのスペックが満足度に直結するのが唯一の難点か。
また、女性プレイヤーも通常のアダルトゲームに比べると明らかに多い。こちらも病気、詐欺、痴情の縺れから距離があり、尚且つ相手が下手ということも基本的にない。その上仮想での経験が“現実”にも影響するらしく、心因性の不感症にも効果があるらしい。あくまでも民間療法の域を出ないし、効果が確約されているわけではないのだが、効果がまったくないとは言い切れない程度の実績はある。
相手もお手軽で色々と気楽なNPC相手から、ネットを経由して“プレイヤー”と“遊んだり”できる作品まで様々だ。私も個人的には相手が人間だと思うとちょっと気後れしてしまうが、NPCならまぁいいかなとちょっと思ってしまう。いわゆるノーカンと言うやつだ。
更には、男性同士や女性同士の行為を謎の視点から楽しむという設定にもできるらしく、そういうのが好みの人からも篤い支持を受けていた。
人気の秘訣はそれだけではない。
私は最近、動画コンテストの結果におめでとうのメッセージをくれたファロさんと、装備の話などで仲良くなった。
その彼女曰く、どうやら“実現不可能”な特殊性嗜好向けのゲームが大量にあるらしいのだ。
性暴力や児童性愛のような倫理や法的に許されることではないが実際に事件として実行してしまう人が居るあれらよりも、もっと物理的な問題として実行が難しい性的倒錯にまで対応していると言うのである。
話を聞いた時はそれはもう驚いた。そんな話題を出してきた事にも驚いたが、話の内容は倍どころではないほどに驚くべきものだった。
曰く、ファロさんは子供の頃から“処刑台”という物に恐怖すると同時に、憧れのようなものを感じていたらしい。
特にギロチンの断頭台がお気に入りで、ついこの前まで何不自由のない貴人としての生活をしていた自分が、今まで見下していた身分の低い男たちに拘束されて処刑される……というシチュエーションがどうしても頭から離れないのだそうだ。
それがつい最近、VRのアダルトゲームで実現してしまった。
刃が落下したところでゲームが終了し、実際に死ぬところまでは行かなかったそうなのだが、その作品が過去最高に“良かった”と語っていた。
彼女は真剣に話を聞く私の様子に興が乗ったのか、その他にも色々な作品を教えてくれた。
しかし、ゲーム内チャットではいくつかの単語がNGワードに引っかかって聞き取れなかった上に、そもそも聞いたこともないスラングも多かった。そのため正確に認識できているかはかなり怪しいのだが。
正直、私には理解の及ばない性嗜好である。私はそもそも経験がないが、流石に暴力は無理だと思う。痛いものは痛い。それとも相手がNPCなので、自傷行為に近い感覚なのだろうか。
少し心配になった私は、もしかしてマゾヒストなのかと遠慮がちに彼女に聞いてみると、どうやら追い詰められれば何でもいいわけではないらしい。処刑で殺されるというのが大事なのだと語っていた。
まぁとにかく、そんなところまで網羅しているVRアダルトゲーム市場はそれだけ巨大だ。性的な表現のないゲームと同じくらい、いやタイトル数だけで言えばそれ以上の作品が存在している。
そしてそれは同時に、プレイヤー数がそれだけ多いということの証左に他ならない。
話が長くなってしまったが、中古のVRマシンはそれだけ人の性的な欲望を受けて使われてきた可能性が高いということ。
まぁヘッドセットと両手両足、首に巻き付けるバンドだけの簡易型ならあまり気にならないのかもしれないが、私の使っているような寝台一体型は絶対に嫌だ。触れられるすべての部品を新調しない限り、誰が使ったのかもわからないようなマシンを使いたいとは思えなかった。
「はぁ、嫌な話聞いちゃったな……」
「ごめん……」
注文履歴を見せ終えて、デバイスをポケットに戻した紗愛ちゃんは一度椅子に座って話を続けた。
話がかなり脱線したが、元々は烏羽さんにVRゲームを勧めていたのだったか。
「……まぁとにかくだね、これが届けば私が今まで使っていたマシンが一つ余るんだよ」
「ああ、それを烏羽さんにあげようって話?」
「そういうこと! 今なら何と! ソフトも一緒にプレゼントしちゃいます!」
ソフトをプレゼント、と言うが紗愛ちゃんは元々ファミリーパックを買っていたのでそれが余っているだけなのだろう。私も彼女から最初に貰ったあれだ。既に返却しているので、今も紗愛ちゃんの家にあるはずである。
そんな話に烏羽さんの反応はと言えば、彼女の言葉にじっと考え込んでいた。どうやら素直に受け取るかどうか迷っているらしい。まぁいきなり無料であげると言われても困ってしまう気持ちは分かる。
「でも、それ結構高額ですよね?」
「まぁ、買った時の値段はそう。でも底辺スペックのマシンだからあんまり気にしないでいいよ。リサイクルショップに持って行っても値段が付くかどうか……」
「え、そんなに……?」
流石に数千円くらいにはなると思うが、まぁ黙っていよう。買う人も欲しがる人もいなそうなのは確かだしね。
とりあえず金額については気にしなくてもいいということで納得はしたようだが、それでも烏羽さんはまだ悩んでいる様子だ。……ちなみになんだけど、はっきり断らないのは決して、VRアダルトゲームの話題に惹かれたからじゃないよね?
「それに私、ゲームなんてやったことなくて……」
「……そういえば」
VRゲームと聞いて、私は今更あることを思い出す。
昨日、家に私宛のとある荷物が届いた。
宅配ボックスに入っていた荷物をいつの間にかお母さんがリビングに持って来ていたので、届いた正確な時間は分からない。もしかすると本当に届いたのは一昨日だったのかもしれない。
差出人は天上の木の運営。
中身を開けて見るとそこには、動画コンテストの優秀賞記念トロフィーと、美術特別賞の盾が入っていた。コンテストの賞品の一つである。ちなみに送り先の住所は投稿する際に入力してある。一応記入しなくても参加は出来たのだが、物理的な品が発送されないとのことで私は書いておいた。
それらは今、一応自分の部屋に飾ってある。片方紗愛ちゃんに渡そうかとも思ったのだが、流石に学校に持って来るのもどうかと思ってそのまま机の上だ。
何が言いたいのかと言えば、彼女の家にも荷物が届いていてもいい頃合いではないだろうかと言うことだった。
「汀さんのお兄さん宛てに、VRマシン届かなかった?」
「え? えぇ、良く知ってるわね。昨日届いたわよ。家族全員あんなに大きな荷物だとは思ってなかったから、お父さんがまたぶつくさ怒ってたけど……」
どうやら思った通り、彼女の家にも賞品が届いていたらしい。
高額賞品も届くタイミング同じなんだな。と言うことは、賞金も無事にお兄さんの口座に振り込まれたのだろうか。夢のある金額だなとしか思っていなかったが、実際に身近な人が貰ったと言われるとちょっと気になってしまう。
「届いたなら、お兄さんの古いマシン借りて汀さんもやろうよ。紗愛ちゃんのファミリーパック、5つまでアカウント作れたよね?」
「作れる作れる! まだ私と瑞葉しか使ってないから余裕だよ」
「え、それは……」
一人で始めるのが不安なら、一緒にやってくれる友達がいればいい。
そもそもパーティプレイ推奨の作品なので、最序盤から複数人でやった方が色々効率もいいし。
ちなみに天上の木の完全ソロプレイは序盤が一番厳しい。傭兵は種族レベル一定値まで行かないと作成できないからね。私は一番最初から引率役が二人もいたからあまり気にならなかったな。
暗闇の洞窟とかは一人で周回していたが、あれより上の方になるとそれなりに厳しくなってくる。洞窟系は少人数の方が有利と言うのも少し理由としてある。
「分からないことがあったら私達が教えるし大丈夫!」
「私も教える」
「フランが教えられるのかは微妙じゃない……?」
「……カジノの勝ち方?」
「それを人に教えられてたら、泥団子は毎回負けて帰って来てないでしょ」
私達はお昼休みギリギリまでそうしてやや強引な勧誘をし、そしてついに二人から「とりあえず一月だけ」という約束で、プレイしてみるという了承を引き出した。
一度やって見れば面白さは伝わるんじゃないかと思う。一ヶ月やったらもう第2エリア手前くらいには到達するので、十分に冒険できるはず。
私はその日少しだけ浮つきながら帰宅して、いつもよりも少しだけ早めにログインするのだった。