大会が終わって
夏休みが、大会が終わり、コンテストが終わり……あれから10日ほどが過ぎだ。
私はと言えば、天上の木でやり残したことを黙々と片付けている。
第2エリアの観光にカナタを連れて行ったり、ラリマールのペットモンスターをもう一体捕まえに行ったり、今できる最強の装備を作って取引掲示板に出品したり、踊り子の奥義書をダンジョンに取りに行ったり、職業レベル100を目指したり、スキルツリーを完全制覇したり、新種族専用装備の実験をしたり……。
他にもとある人に個人的に装備の作成を依頼されたり、ツバキの街の自宅に記念トロフィーを飾ったりと、以前の予定になかった出来事もいくつかあった。
それでもまだまだ行っていないダンジョンは沢山あるし、手を出していない要素も目白押しだ。六月から三ヵ月もプレイしたが、この広大な世界を堪能し尽くしたとは言い難い。
しかし何と言うべきか、今すぐに片付けられる物事がすべて終わってしまったのも事実である。
第3エリアの高難易度ダンジョンはカナタの弱体化によって難しくなったし、それに応じて第4エリアへの道もかなり遠くなった。第3エリアの関所を抜けるには、また色々と試験があるので大変なのだ。神域の謎だってこれ以上調べるのは難しいだろう。
私に今出来る事と言えば、レベル上げをするか、新しいペットモンスターを手に入れるか、装備品を新調するかくらいのものだ。
しかし、自分の職業レベルがカンストして踊り子の奥義も習得した今となってはレベリングのやる気もあまり起きないし、ペットモンスターや装備もこれと言って目ぼしい情報がない。もっと言えば、試したくなるような新しい戦略が思い付かない。
私達の目論見通り、低レベル向けの敏捷性の補正値が高い装備がそこそこ売れている。そっちが順調過ぎるというのもあって、他の事に手を出しづらいという理由もあった。
「……何にしようかなぁ」
「あら、こういうイベント事について真剣に考えているなんて殊勝ね。珍しい気がするわ」
「え? イベント?」
空き教室でお弁当を食べながらぼんやりとゲームについて考えていると、隣で一緒にお昼を食べていた汀さんが意識の外からそんなことを言う。
イベント事って何の話だ? 完全に何も聞いていなかった。
私がぽかんとしていると、彼女はため息を吐いて合わせた机の反対側を箸で示す。あまり行儀が良いとは言えないぞ、それ。
彼女が示す先には、デバイスを操作しながらコッペパンにかぶりつく烏羽さんの姿があった。
今日は珍しく、違うクラスの彼女と紗愛ちゃんを加えた5人でお昼である。2学期になってからこの空き教室に人が居ない時は、偶にこうして烏羽さんの愚痴を聞く会が開かれていた。
「愛の話聞いてなかったのね。文化祭の出し物の話してたのよ」
「ああ、文化祭ね……」
「学校行事あんまり興味なさそうよね、瑞葉って」
「まぁ、参加してもいい事あんまりないし……」
「悲しい事言わないの」
文化祭か。
皆で出し物をするとなると完全にお荷物なので、正直私からすると準備期間から後片付けまでずっと気鬱月間である。私は呆れたようにお弁当を食べ進める汀さんと、他の人達の会話をぼんやりと聞く。
フランも私と同じく興味を持っていないが、授業が減るのが嬉しそう。紗愛ちゃんは私に気を遣っているが、元々お祭りとか好きだからね。
ただ一人、同じ様に浮かない表情をしているのは烏羽さんだ。
「正直、文化祭準備はストレス溜まる予感しかしません……」
「あれ? 生徒会って文化祭の主導なんだっけ? 文化祭実行委員会ってちゃんとあるよね?」
紗愛ちゃんが不思議そうに首を傾げるが、流石に生徒会も何もしないわけじゃないと思う。開会と閉会の挨拶とかは文化祭実行委員長がやったりするけれど、裏で色々と作業をしているはずだ。
私のそんな予想通りに、コッペパンを飲み込んだ烏羽さんが生徒会の仕事を列挙する。
「生徒会は実行委員の補佐と監督、教師陣との折衝……それにクラスでは出来る子ちゃんなので……」
「そもそも愛、生徒会長と学級委員長兼任」
「それなんですよー! もう委員長も会長も辞めたい……責任を取って辞任します……」
「何の責任よ。前代未聞じゃないかしら」
「食べ過ぎ、寝過ぎ、授業中にお腹鳴った責任とか……」
烏羽さんは私たち以外に誰も居ない教室で机に突っ伏す。彼女も色々と大変そうだ。
それにしてもクラスの出し物か。何かやりたいことあるかな。映画とかなら当日も、観客の案内くらいできる。できればそういうのがいいなぁ。まぁクラスで何かやりたいと意見を言うつもりも毛頭ないのだが。
逆に喫茶店とかやられると、完全にクラスのお荷物だ。客引きの看板しかやることがない。しかも悪目立ちするだけで集客効果はないと思う。
そもそも文化祭の出し物って、何か楽しかったの今までやったことあったかな。
「去年は……お化け屋敷だったな。私のクラス」
「おば……ああ、“アレ”ね……」
良く知ってるな、汀さん。いや、まぁ当時は有名な笑い話だったのでそりゃそうか。
一年の文化祭で私は、お化け屋敷のお化け役だった。
とある男子……いや正直男女どっちも同じことを言っている人は居たのだが、「あいつは普段からホラーじゃん」とか言われてくすくす笑われたのを覚えている。
まぁこちとらグロ画像としてネットで素肌を晒した人間だ。お前らとは年季が違うぞ。恨めしや。
私がやや仄暗い思い出を振り返っていると、突然烏羽さんが机から起き上がって私と目を合わせた。え、何?
「……出し物と言えば、皆さんVRって詳しいですか?」
「VR? え、何で?」
意外な発言に私達は首を傾げる。
彼女はデバイスで何かを操作して、一本の動画を画面に出した。
「今年コンピューター部が真っ先に企画持って来たんですけど、仮想空間内で映像作品作りたいんですって。サンプルとしてこういうの作るって言われたんだけど、正直詳しくなくて……撮影に学校の機材使えないらしいし、許可するか迷っているんですよね」
小さな画面の中で動き始めたその映像は、私達にとって非常に見覚えのあるものだった。
「これって……瑞葉よね?」
「え? 何? どういうことですか?」
私達がその画面を前に固まっていると、汀さんが私の名前を口にする。その言葉に対して、事情を知らない烏羽さんは小さく首を傾げた。
そう。コンピューター部がサンプルとして提出したというその動画は、天上の木の最新の広告映像。
私の動画が大々的に使われているCMだったのだ。
「えぇっと……何て説明すればいいのか……」
私は事情の知らない烏羽さんに、天上の木や動画コンテストの内容を説明する。
私が提出した作品が優秀賞に選ばれたこと、その作品が数十秒に短縮されてCMに採用されたこと、ついでに汀さんのお兄さんが最優秀賞で私と同じように採用されたことも一緒に。
ちなみに動画の人気投票一位だったあの人だが、実は実写のCMオファーが来て撮影中らしい。意外な所から仕事って来るんだな……。
私がお兄さんの話題を出すと、汀さんは何となく気まずそうに顔を逸らしていた。
多分、普段から呆れたり小言を言っている相手が褒められているのが、どうにも気恥ずかしいのだろう。この人、割りと本当にツンデレなんじゃないのかと思ってしまう。
「へぇ! これ加藤さんなんですね。びっくり……」
「これみたいなって、天上の木で撮影するって意味なのかな。……まぁ撮影自体は家でやることになるかな。でも動画の編集は学校の機材で出来るはずだよね?」
私が動画編集を担当した紗愛ちゃんに視線を投げると、彼女は真剣な表情でCMを見ながらも、私の質問に答えてくれた。
ちなみに彼女、あるかどうかも分からない“次回”に向けて動画編集を勉強中らしい。これ見て何か参考になるのかな。もう何度も見ているはずなんだけど……。
「んー、多分? ただあの“骨董品”で、仮想空間の動画を高解像度で快適に編集できるかって言われると微妙かなー? コンピューター部なんだし、その辺りは自前の機材でやるんじゃない?」
「紗愛は?」
「あの時はお父さんの仕事の奴借りた。土日はあんまり使わないから」
なるほど。
そうなると確かに“部活動”としては怪しくなってしまう様にも思える。まぁ自然環境科学部とかサイクリング部とか、フィールドワークが主体の部活もあるので、自宅でやるのが大きな問題かと言われると微妙な所だが。
しかし、烏羽さんはそもそも別の事が気掛かりだったらしい。
「でもゲームの動画撮影ですよね? これくらいの出来なら十分ですけど、ただ単に遊んでいるだけの動画だったら困るし……」
なるほど。あんまり深く考えていなかったが、言われてみればそうだな。
私達は割りと本気だったし、汀さんの兄上なんて本気すぎてプロにお金まで支払ったが、我が校のコンピューター部がどこまで真剣に動画を作るのかは未知数だ。
完全な遊びを部活動として認め、それを文化祭で発表させるというのも問題かもしれない。まぁ私が生徒会長だったら部の自己責任と言うことで普通に許可してしまいそうだが。考えるの面倒だし。
思う所があったのか、汀さんもしたり顔で頷いている。
「それは確かにそうね。正直、ゲーマーってよく分からないところを注視するから判断基準が難しそうだし」
「それに、敵を殴って倒すゲームなんですよね? 文化祭として適切な内容なのか判断に困るというか……ゲーム内容は健全なんですか?」
「それはコンピューター部に聞くべき。不健全ゲームもある」
フランの不健全ゲームと言う単語に、私と烏羽さんがピクリと反応する。目敏い紗愛ちゃんが私を見ていたが、私は誤魔化すために何か話題を探した。や、やってないよ? 不健全ゲーム……。
「……そういえば、最初私達もストリップと悩んだよね、この動画」
「ストリップ!?」
どうせゲームシステム的に局部が見えないのだから、踊りながら徐々に服を脱いでいったら見る人も喜ぶんじゃないのかと私とショールが出した案だった。
別に不健全とまでは言えない出来にはなったと思うが、ユリアに馬鹿じゃないのかと一蹴されたので結果的にこうなったが。もちろん、徐々に脱いでいくのと最初から脱いでいるのの違いでしかないのだが。
しかし、完全に余計な一言だった私の言葉に衝撃を受けたのか、烏羽さんが凄い顔で静止している。
勘違いされてしまっただろうか。ストリップと言っても単純に徐々に露出度が上がって行って、最終的にはヴェールを完全に脱いだアルメで踊るだけというつもりだったのだが……。
「いや、そもそもゲームシステム的に全部は脱げないよ?」
「え、でも脱ぐんですよね……?」
「まぁ精々下着姿くらいまで……」
「相当脱いでませんかそれ!?」
え、このラクスの衣装もかなり下着だと思うよ? 水辺だからどちらと言うと水着に見えるけど。
私の倫理観がおかしいのか、烏羽さんの妄想が大人の色合いなのか。それともどっちもだろうか。
「はわわ……そんなエッチなゲームだったなんて……」
「そもそもこんな痴女が闊歩している世界が破廉恥じゃないわけないでしょう?」
「痴女じゃないよ!」
「舞台衣装を普段着にしている人間が痴女じゃなくて何なのよ……」
まったく失敬だな。ツンデレとはいえ口が過ぎるぞ。
憤慨する私を前に、紗愛ちゃんが使い捨てお弁当箱の蓋を閉める。そして汀さんの痴女発言を巡って私達が論争になる前に、彼女は意外な提案を口にした。
「まぁとにかく、ゲーム内容が気になるなら実際にやってみるのが一番じゃない?」
「やってみるって……初期投資高すぎない? フランじゃないんだからあんなのポンと買えないよ」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました!」
紗愛ちゃんは私の疑問にすくっと立ち上がる。そしていつも使っているデバイスを、徳川光圀公を題材にした長寿番組の様にバシッと示したのだった。