結果発表
「カッコいいよなぁ! 俺もあれやりたい!」
「泥団子には一生掛かっても無理。……と言うか、動きとしてあれ無駄じゃない?」
「まぁ、ブラフみたいな感じにしか機能してないのは確かだよね……」
「お前らはロマンが無ぇな!」
今大会のベストバウト集を食堂のスクリーンで見ていた私達は、その試合について思い思いの感想を述べながら楽しんでいた。乾杯も終わり、キッチンで作業していたラリマール達も食堂に戻ってきている。
私達が今見ているのは、汀兄上が出場している決勝戦だ。彼の無駄に格好いい戦闘に興奮している泥団子に、特にユリアの反応がかなり厳しい。効率的ではないが、流石に無駄と割り切っちゃうとちょっと可哀想な気がしてしまうが……。
ちなみに彼は、今大会の1対1の無差別級で準優勝者だ。この決勝戦で惜しくも敗退した。実力は本当にトップクラスなのだが……こっちでも二位なのかこの人。動画の人気投票でも二位だったのに。
初の運営の主催する大会で輝かしい世界最強王者の栄冠を手にしたのは、とある男性プレイヤーだった。
職業は侍、武器はこの世界ではやや細身に見える(現実的に考えれば平均サイズの)両手剣と小さめの盾。種族レベルカンストの獣人で、速さと攻撃力の両立と、攻撃を絶妙な所で耐える地味に高い物理耐久が持ち味だ。
戦士の上位職で両手剣、獣人……この作品の人気どころをバランス良くまとめた、ある意味堅実な性能をしている。侍の剣スキルは他に比べて扱いやすく、火力も高い。両手剣も大斧と並ぶ装備補正値が上げやすい装備として有名だ。
もちろん本人のプレイヤースキルあっての実力なのだが、個人的にはもっと面白い……尖った性能の方が好みかな。
まぁ私の好みからは外れているとはいえ、彼がいい試合をしているのは確かだ。
そのため運営が作ったのこの動画には、優勝者の戦闘シーンはやや多めになっている。
同じ侍として気になってしまうのか、ユリアはその戦いをじっと見ていた。そして何かに気が付いたように、私を振り返る。
「この人、前の試合で瞬歩使ってたのに決勝で使ってないね? 作戦かな?」
無駄に格好いい戦い方で漫画の主人公のように激しく動き回る汀お兄さんに対して、優勝者の彼は常に迎撃の構えだ。準決勝では自分から果敢に攻める戦い方だったので、一見瞬歩は使っていないだけの様にも見えるのだが、おそらくこれは……、
「多分だけど、見た目が同じで違う性能の装備をいくつも持ってるんだと思う。試合によって剣の振りの早さが微妙に違うし、試合直前に相手に合わせた装備持って来てるんだろうね」
「うわ、本気だなー……」
「まぁ本当のトップだし、その位は当然なんだろうね。対戦相手はやってなさそうだけど」
装備で身体能力が変化するこの世界では、装備を変えることは即ち肉体そのものを変えていることに等しい。
腕力補正値が下がれば剣が重く感じるし、敏捷性の補正値が急に変わると頭と体の動きが合致しない。そのため“慣らし”が中途半端だと、戦闘中に転んだりなんてことは茶飯事なのだ。
そんな中でもああして十全に戦えているのだから、その辺りは素直に称賛に値する力量だ。
そもそも、自分にも得意不得意があるのは当然なので、こういう臨機応変に相手の弱点を突く作戦と言うのは中々綺麗に決まる物ではない。動きが単調でパターンも少ないモンスター戦ならばともかく、臨機応変に戦況に適応するプレイヤー戦だと色々考えることが多くて面倒なはずだ。
しかし彼の作戦は、リプレイを見る限り“一度も裏目に出たことがない”。ぶっちゃけ異常な領域である。偶々こうして上手くいったが故に優勝できたとか、そういうレベルではない気がする。
ただまぁ、詰まらない工夫をするなと言う印象はどうしても抱いてしまうが。
私は多分、フランや羅刹さん、ナタネ、あとあまり詳しくは知らないが泥団子の友達のカジキさんのような戦い方が単純に好みなのだろう。自分に合った戦法と言うのを確かに掴んでいて、それを突き詰めたような戦いが。
彼にとってあれがそうなのだと言われると、もう反論の余地すらないのだが。簡単に言うと、さっきも言った通り単純に好みから遠いだけである。
私はスクリーンを横目で見つつ、シュークリームを一口。
サクサクの生地の中にどっしりと詰め込まれたホイップカスタードクリームが、とろけるような甘さを口いっぱいに広げる。私はその味覚に感動を覚えながら飲み込んで、甘い香りの息を吐いた。
甘い物をいくらでも食べられるからこの家好き……一家に一人ラリマール欲しいなぁ。
ウチに何とかして来てくれないかな。AIなんだし家電とかに乗り移ったりできないのだろうか。……家電がお嬢様口調で働き始めたら流石に嫌だな。
私が夢中でシュークリームを堪能していると、隣で再び何かに気が付いたユリアが私の袖を引っ張った。今はシュークリームに忙しい。あの男の話はもういいよ。
「何?」
「睨まないでよ……ほら、ラクス時間だよ」
「え、ああ……そういえばそもそもこのために集まったんだっけ」
どうやらベストバウト集の話ではなかったらしい。
私は早とちりしてしまったことを反省しつつ、メニューから時間を確認すると、現在時刻は午後の8時を少し過ぎた所。
こちらの世界ではもうすぐお昼だが、現実では既に真っ暗で、月曜日のための準備をしなければならないような時間だ。健康的な私は、段々眠くなってくるような時間でもある。流石に子供じゃないからまだ寝ないけど。
「コンテスト、いい結果だと良いですね。ラクスさんの舞台」
「ショールも頑張ってたし、ね」
そもそも私達がこんな時間に集まったのは、例の動画コンテストの結果発表がこの時間に予定されているからだ。それとユリアと泥団子の準優勝の祝賀会を兼ねているのである。
ショールやユリアと視線を交わして、私は小さく頷いた。
「じゃあ、映すね?」
私はスクリーンを操作してコンテストの特設サイトを表示させると、そこには画面いっぱいに大きな文字で“結果発表!”と書かれていた。あまりに情報の少ない画面に、何と言うか肩透かしを食った気分である。
どうやら受賞作品の紹介はもっと下のようだ。
私達の動画は事前の人気投票では4位だったが、運営が選ぶ賞は他にも色々ある。多すぎて全部の賞は把握していないが、どれか一つくらい賞に引っかかっていて欲しい。
そんな淡い期待を抱きながら、私達はスクリーンを見上げる。
「ついに来ましたわね! 結果発表……!」
「きっと最優秀賞です!」
「それは……どうだろうね」
ラリマールとシトリンは私達の映像を見た時から最優秀賞間違いなしだと言っているが、正直私は懐疑的である。
人気投票ではラクスの名前があって四位になってしまったが、運営にそこまで評価されるとは思えないのだ。魅力ある作品は他にも色々とあった。何か一つくらい小さな受賞出来ていたら、それだけでも御の字だろう。私達にとっては初作品なんだしね。
私と同じ様に動画の制作側の二人は、彼女らの期待に渋い顔をしている。
しかし、意外にもフランと泥団子はもしかしたらあるかもしれないと期待している様子だった。え、そんなに良かったかな。今やったらもっと直すところ一杯あるんだけど……。
「と、とりあえず表示させるよ?」
「お願い!」
期待と不安が半々と言った表情でユリアが祈る。
私はスクリーンを操作して画面をスクロールし……ようと思った時、システムメッセージ君が複数のメールの受信を通知した。一度目は無視しようとしたのだが、二度三度と続く通知音に私は思わずメニューを操作する。
こんな時に何だと思ってメッセージボックスを見てみると、メッセージの差出人はイベント塔を一緒に上った邪神官であるファロさんと、未だに第2エリアをウロウロしている邪神官のティラナ。
そしてもう一通は、運営からのお知らせだ。
その三件のメールはすべて、ほぼ同じ内容のお祝いのメッセージだった。それらの件名と、見えてしまった最初の一文。
私は自分たちの動画が何の賞を受賞したのかを、完全に把握してしまった。お祝いしてくれるのは有難いが、タイミングが悪すぎる……これから私どうリアクションを取ればいいんだ。
「……」
「大丈夫? お腹痛い?」
「ううん、何でもない……」
余程変な表情をしていたのかユリアに心配されつつ、私はメールの通知を一旦閉じる。気を取り直してスクリーンのスクロール作業を開始した。
「最優秀賞……ではないですね」
「ああ、残念ですわ……」
最初にでかでかと表示されたのは最優秀賞。リアルマネーと最新VRマシンが貰えるあれである。
そこに自分たちの作品がないことを知っていた私は、意外な……いや予想はしていたが、実際に予想が的中するとは思っていなかったその作品に、大きく驚いていた。
「お兄さん最優秀賞だ!」
「兄、すごい!」
「……え、知り合い?」
その正体を知っている私とフランは、顔を見合わせて自分の事のように喜ぶ。ユリア達は彼がかなり身近に居るということも知らないので、私達が喜んでいる意味も分からずにポカンとしているが、個人情報なのであまり広めない方が良いだろう。
最優秀賞を見事受賞したのは、汀さんのお兄さんが大枚叩いてプロに色々お願いしたあの動画だ。
いくら払ったのかは分からないが、結構な賞金なので元が取れたのではないだろうか。とりあえず汀さんには明日朝会ったらおめでとうと伝えようと思う。
私達は一頻り感動した後、更に画面スクロールして他の賞も見て行った。これが今日一番驚いたな。
結果、私が受賞していたのは“優秀賞”と“美術特別賞”だった。
優秀賞はその名の通り優秀作品に選ばれた賞で、合計3作品入賞している。グランプリではない金賞みたいなものだ。予想以上の結果ではあるが、そう考えるとあまりうれしくないから不思議である。
美術特別賞は、この作品のアート関連のディレクター達が選んだ作品らしい。個人的にはこっちの方が嬉しい。美術特別賞は私達の一作品のみの受賞な上に、誰かがこの動画群の中で一番の評価してくれたというのが嬉しいのだ。
ちなみにどちらの賞も賞品は、ほとんどゲーム内の通貨やスクロール、家具判定のトロフィーなど。リアルマネーは含まれていない。あれは最優秀賞と一部の特別賞だけだ。別に本気で欲しかったわけではないが、それでもちょっと残念。
「すごいすごい! 優秀賞だって!」
「うん……二人の、皆のおかげだよ。ありがとう」
「ラクス頑張ったねー!」
受賞したことに大喜びで抱き付くユリアと、少し笑みが隠し切れていないショール。私は彼女らに改めてお礼を言う。
彼女たちも口々に私を褒め称えた。何だかそれがこそばゆくって私も自然と頬が緩んでしまう。
他の皆からもお祝いの言葉を受け取り、私達はやはりそれに笑顔で返事をした。
皆とびっきりの笑顔だ。……良かったな。やっぱり私、出て良かったんだ。
私達の興奮が冷めやらぬ中、ラリマールが立ち上がってキッチンの方へと歩み出す。私が不思議そうにそれを目で追うと、彼女は振り返って少し待っている様に伝えた。
「……予定が狂ってちょっと出しづらくなってしまいましたが、これはお祝いの品ですわ!」
「え、あ、それここで出すんだ……」
「最優秀賞おめでとうって書いてあるねー……嬉しいような、申し訳ないような」
「私は言ったんですよ。いくら何でもこのメッセージ書くのは早すぎるって」
「私達の中ではそれくらい価値があったという意味です!」
ラリマールがケーキを配膳台に乗せてキッチンから持って来る。
いつか漫画で見たウエディングケーキのような特大ケーキである。大きさだけでなく飴細工やデコレーションなどがかなり凝っている。時間かかっただろうに、こんなの作ってくれてたのか。ただまぁ、普通にメッセージは後書きにすればよかったんじゃないかな……。
やや間の抜けたお祝いの品とラリマールの言い訳に、思わず私も笑ってしまう。それにつられる様に皆も大声を上げて笑ってくれた。
そんな私達のパーティは、ついにその大きなケーキもなくなる深夜まで、賑やかに続いたのであった。