装備更新と二人の疑惑
食事を終えた私は、ナタネさんとティラナさんと別れレンタル鍛冶場へと向かっている。どうやら一昨日頼んだマツメツさんの装備が完成したらしい。
ちなみに、二人とは別れ際に「あ、あの、友達……」「あ、フレコ交換しようよ」というやり取りがあってフレンドになっている。これで私のフレンドリストは5人埋まった。ちなみにフレンドの最大人数は500人である。上位の生産者からはフレンド上限撤廃して欲しいとの声が上がっているらしいので、運営が機能改善として上限引き上げを行う可能性もあるそうだ。
私はウキウキ気分でレンタル鍛冶場がある建物の広間へと滑り込み、マツメツさんを探す。
「来ました!」
「おう、待ってたぜ」
私が椅子に座っていたマツメツさんを見つけ出し、その正面の席に座る。私の挨拶に彼も笑顔で答えた。
待ちきれない私に、彼も苦笑を溢しながらもさっそく物の受け渡しだと言って譲渡メニューを立ち上げる。私が受領ボタン押すとたったそれだけでアイテムの譲渡が完了した。
転職の際にも思ったが、非常に味気ない。私は貰った装備を広いテーブルの上に並べて眺める。中々に壮観である。マツメツさんも自信があるのかかなり乗り気で、解説までしてくれるようだ。
「まずはこれだな。銀龍の錫杖」
彼が最初に指し示したそれは、白銀の色合いの美しい杖だ。錫杖の名の通り、杖の頭には龍を模した輪が取り付けられており、そこに小さい輪が6つ通してある。性能は頼んだ通り回復魔力を中心に高い能力を誇っていた。
少なくとも今泥団子が使っている物よりは上等だ。
「んで、こっちのが暗化銅の胸当てと籠手と脛当て、あと陣笠な」
剣道の防具のような色合いの黒い鎧は、ユリアに渡すための物である。ちなみに私と泥団子の防具は頼んでいない。渡したのは金属素材が中心だったし、何より彼自身が布や皮製品には自信がないとのことだ。
鎧は最低限しか守る気がないような見た目をしているが、防御力と軽さの両立のためだろう。円錐状の陣笠も視界を確保しつつ頭の防御力を上げるには良さそうだ。
「このデカいのが大地の叫び。……正直かなり重くなった。鎧軽くしといて正解だったかもな」
急に詩的なネーミングになった彼が見せたのは、巨大な斧。刃の中央には茶色の宝石が埋め込まれ、脈動するように輝いている。
宝石はカエルの岩屋のボス、大地の精霊のドロップアイテムである大地の精霊核だ。彼の言う通り装備重量がかなり重く、私にはそもそも装備すらできないレベルである。盗賊も魔術師も装備重量の限界値が低いので、その特徴を受け継ぐ踊り子はさらに低い。
「そんで最後に……」
「マチェット!」
「せめて青龍刀とか柳葉刀と呼んでくれ!」
そう、私の頼んだ剣である。私はうっとりとその芸術品を眺める。
今使っている貴人のサーベルよりも刀身は更に広くなり、風の魔石が埋め込まれている。魔石からは閑雅な風の模様が僅かに流れ、穏やかな曲線と光を受けて輝く白銀色の刀身はそれだけでも美しい。
刀身から視線を下ろせば、黄金色の柄。精巧な細工が施され、彫刻作品のようでありながら機能性を損なっているようには見え……いや現実的に考えれば耐久性の問題があるだろうが、ゲームなので関係ない。柄に結ばれた赤い布も滑らかで美しい。
剣の名を、弄月。
風の意匠が凝らされた、三日月を見上げる剣である。
「最後に謝らなきゃいけねぇんだ」
「……え? 返して欲しいって言っても返さないよ?」
「言うか!」
どうやらあまりに美しくって渡せないという話ではないようだ。マツメツさんは頭を下げると、インベントリからもう一本の弄月を取り出した。
「すまん、一本失敗作が出たんだ。魔石返すって言っておきながらこんな形になって申し訳ない」
そういって余った宝石類と共に、その剣が譲渡される。
別に謝るほどではないと思う。風の魔石は二個あったので片方は試作に回して構わないと思っていた。私はアイテム群を受領して、マツメツさんにかける言葉を考える。
「頭を上げてください。今の魔石の値打ち知ってて言ってるんですか?」
「知ってる。というか、値段が下がった今でも高い物には変わりねぇだろ」
彼は失敗作というが、見た目の上では寸分違わぬ剣である。どこが失敗なのかと考え、ようやくまだ剣の性能を見ていないことに気が付いた。
今使っている貴人のサーベルに比べると、重い代わりに全体的な数値が伸びている。風の魔石を使ったことで風属性が付与されているため、風耐性のある相手には不利かもしれない。
しかし踊り子は属性攻撃スキルで何とでもなるので、ボスでもない限りはそのまま使える気もする。そして何より敏捷性に強化値が付いていた。普通剣には付かないらしいが、風の魔石の力だろうか?
そして、件の失敗作の性能差は、若干の物理攻撃力の低下と敏捷性強化値の大幅減少。逆に魔法攻撃力はちょっとだけ失敗作の方が強かった。
まぁ確かに比べてみると結構違う。
「別にいいですよ。風の魔石、結構レアだったってだけで狙えば出ますからね」
カエルの岩屋を周回していて分かったのだが、初回の一周で二個というのはかなり運が良かった。普通に一周すると一個出るか出ないかの確率。逆に言えば五回くらい回れば少なくとも一個は出る。時間はかかるけど。
私は腰の低いマツメツさんを宥めながら、テーブルに出していた武器を回収する。すべてを回収し終え、返却された宝石類を含めインベントリの中身を確認していた時に、ふとある物が目に留まった。
「あ、もし気にするんでしたら、もう一つ頼み事いいですか?」
「げっ……」
「げって何ですか。謝り過ぎたな、面倒だなってことですか?」
「ああいや……」
「冗談です。もう一つ装備作って欲しいんです。これを使って」
私はジロさんから貰った星空の結晶を取り出して見せる。最初は明らかに嫌そうだったが、流石は鉱石を見ただけで体がうずく男マツメツ。すぐに食いつくように私の手の中を覗き込んだ。
「知らない宝石だな。どんな効果になるか分からんが……ネックレスにするか?」
「お願いします」
マツメツさんはすぐに終わると伝えると、鍛冶場の奥へと向かって行った。
手持無沙汰になった私は、メニューからそれぞれの装備品をユリアと泥団子に譲渡する。ちなみに遠く離れた地に居てもフレンドならば譲渡は問題なくできる。私がここまで取りに来たのはそう、完全に気分の問題なのである。
ちなみにこの譲渡システム、足りなくなったアイテムを安全圏から供給したり、壊れた装備を送って直してもらったりと、かなり攻略に使えそうだが、残念ながらダンジョン内部では制限がかかってしまう。残念だ。
私は泥団子からの感謝の言葉と、ユリアからの重くて装備できないという泣き言を聞き流していると、ピコン! とメッセージが届いた。送り主はさっき別れたナタネさんである。
曰く、怪しげな鍵穴を見付けたから時間があったら来て欲しい、と。
扉でも倉庫でもなく鍵穴という表現が少し気になるが、時間はあるよと返事をして現在位置を送ってもらう。どうやらあの食事処から移動はしていないらしい。
その後は、武器を変えたり流石に防具の入手を考えたりしている内にマツメツさんが戻ってきた。手には結晶が吊られた石柱のネックレス。シンプルだが綺麗だ。
「良い効果になったぞ。出来は良いのか悪いのか判断が付かん」
私は渡された“星空のネックレス”を眺める。最初はただの深い藍色かと思っていたが、よく見れば透けていて確かに星のように光っている部分もあった。効果は攻撃時のMP回収率上昇と魔法攻撃力の強化。
完全後衛の魔法職や物理特化の職業には微妙かもしれないが、魔法戦士や踊り子にとっては非常に優秀な装備だ。もしかすると、ジロさんは気を利かせてこれをくれたのかもしれない。
私はマツメツさんにお礼と別れを告げると、レンタル鍛冶場を後にするのだった。
***
食事処 花咲く翁で待ち合わせた2人に、まずはお店の裏の路地へと連れ込まれた。そう聞くと不穏だが、きっと食事している時に聞いた地下への入り口の説明だろう。
私の予想は当たっていて、二人は店の裏手のとある場所で立ち止まった。
「ここ、歩くと感触が違う」
「ってことに気が付いて、私達はこの下に何かあるんじゃないかと睨んだのさ」
「それがさっき言ってた地下への入り口ですね」
ティラナさんの踏む場所を私も倣って歩いてみると、確かに他の場所とは微妙に感覚が違う。足に返ってくる振動が軽いというか響くというか。見た目は全く同じ石畳なのによく気が付いたものだ。というか、一応居住区の方面へと抜けられるようになっているとはいえ、普通はこんな道を通ろうとすら思わない。
しかし、聞いていた鍵穴は見当たらない。どういうことかとナタネさんを振り返ると、なぜか得意げに胸を張っていた。
「でも、開ける手段がないんじゃどうしようもないって思うでしょ! そこで私は考えた! 外に無いなら中に開ける方法があるんじゃないかと!」
「はぁ、そうですか」
「リアクション薄いな君!」
「ごめん。珍しく推理が当たって興奮してる」
ナタネさんに先導される様にお店の裏口から店内の食品倉庫へと入る。どうやらナタネさんがここの店長を口説いて入室の許可を得たらしい。元々食事もそのための第一歩だったのだとか。
倉庫の一角には不自然に荷物を退かした痕跡がある。聞けば二人が色々探した跡で、あの辺りは件の入り口の真裏になっているらしい。
「あそこに金属の蓋と鍵穴があるじゃん? あれ多分あの扉を開ける仕掛けか何かが入ってるんだと思うんだよねぇ……」
「だから鍵と言えば、と思って一応呼んだ」
ふむ。なるほど。じゃあ早速試してみようか。この店サクラギ商会との関係もないから違うと思うけど。ティラナさんと私は懐疑派だが、ナタネさんはもはや鍵が合っていることを確信しているかのような様子だし。
「じゃあ挿しますね」
どうせ回らないと思って挿した鍵は思いの他深く挿し込まれ、軽く回すとガチャリと音を立てる。
「あ、開いた……」
「え、ホントに?」
「来たじゃん! だから言ったじゃん!」
ナタネさんの様子が若干怪しくなっている様に感じるが、とりあえずは放っておく。鍵は回したら抜けなくなってしまったので、鍵を付けたまま小さな蓋を開くと、その奥には武骨なハンドルが設置されていた。
「ほら! ほら言ったじゃん!」
「えー……何か納得いかない……」
興奮する二人……いやナタネさんを他所に、私は出てきたハンドルを回す。ずっしりと重いが、回す度にゴリゴリと音を立てて地面が振動している。ここまで完全にナタネさんの予想通りに事態が進んでいるな。
そのことは本人が一番理解しているのか、飛び跳ねて大喜び。抱かれている、というか身長差のせいで頭を押さえられているような格好のティラナさんは迷惑そうだ。
私が完全に停止するまでハンドルを回しきると、3人で揃って外へと出た。
そこには確かに、地下へと続く階段が姿を現していた。
「これがサクラギ商会の旧倉庫……」
「雰囲気ある」
正しくご機嫌な調子のナタネさんは松明を手に地下への階段を下る。二人でその背中を追うと、その奥には豪奢な扉。鍵はかかっていないらしく、ナタネさんがそっと開ける。
松明の光に照らされたその部屋には、多種多様な装備品がズラリと並んでいた。煌めく宝飾品から武骨な全身鎧、誰が扱えるのか分からない特大剣まで。その様は倉庫というよりはコレクションルームと呼んだ方がしっくりくる。
「これは……」
「すごい」
「正に隠し部屋って感じ……」
価値については良く分からないが、明らかにサクラギ商会に売っているような装備とは“特別感”が違う。用途不明の物から、歴戦の勇士が扱ったように傷だらけの物、大きな宝石をこれでもかとつぎ込んだ物まで。お店で売っているとは思えないような品々だ。
「おお、なるほど! こんなところに先代の遺産が眠っていたとは」
私達がその光景に圧倒されていると、突然背後から誰かの声がかかる。慌てて振り返ると、そこには店番の格好のままのジロさんが立っていた。
「驚かせたようで申し訳ない。しかしまさか弟の店に隠し倉庫が見つかるとは……」
にこやかに笑うジロさんから謝罪と一緒に、聞き捨てならない言葉が飛び出す。
「え、弟の店ですか!?」
「あれ、知らなかったの?」
「「何で知ってたの!?」」
「いや、食品倉庫に入る許可貰う時に、ここの店の店長に聞いたからだけど……」
道理でナタネさんだけが推理できたわけである。ティラナさんと二人で微妙な表情をすると、流石に気まずかったのか気を取り直すように声を上げた。
「それよりほら、ミッションだったんでしょ? 報酬報酬」
確かにそうだった。私はジロさんに向き直ると、続く言葉に期待する。私は、というかおそらくは三人とも“お礼”については若干の欲望と共に予想がついていた。
ジロさんはその心を読み取ったかのようににんまりと笑う。
「見つけてくれたお礼にここの物を一品差し上げよう。遠慮はいらんよ、一人一品持って行きたまえ」
「え、ミッション受けてないけどいいの?!」
「太っ腹」
「はっはっは! 街一番の商人がケチだと思われてはならんからね」
「「いえーい!」」
個人的には商人はケチでもがめつくてもいいと思うが、二人は彼のそんな言葉に大喜び。ハイタッチまでしている。
思えば全員で一品だったら、お礼の品を売って利益を山分けするしか分配方法なかったから助かった。
私達三人は上機嫌で装備品を見て回る。色々あって見る分には目移りはするが、自分に合った物となるとかなり限られる。お礼ということもあって、店売りのアイテムと同じく能力の詳細が見られるようになっているが、どれもかなり尖った性能をしているのだ。
結果、ティラナさんは骨がモチーフになっている杖を、ナタネさんは軽そうな弓をそれぞれ選ぶ。
そして私はというと、欲しい物が一つしかないにも拘らず未だに悩んでいた。
「でも、これは流石に……」
私の目の前には、扇情的な衣装が飾られていた。一見するとビキニ水着にしか見えないその黒い衣装は、“幻夜の舞踏服”。
飾りの付いたブラにあまり隠す気のないボトム、頭には美しいヴェール。腕や首、腰回りには宝石を散りばめたアクセサリーが並ぶ。ベルト状の腰のアクセサリーからは一応パレオスカートが付いてはいるが、当然の様にシースルー。グラデーションで足元へ行く程に透けている見た目は美しいが、露出度は全く何の助けにもなっていない。
カーニバルか何かでもない限り、これを街中で着たら露出魔ではないだろうか。
しかし、性能は格別である。何しろ全身装備なのに重さがほぼない。初期装備は上半身部分だけでこの5倍の重さだ。この舞踏服は軽い分防御力は紙もいいところだが、初期装備に比べればそれでも強いし様々な特殊効果もついていた。
武器を入手したばかりである以上、欲しいのは防具。しかし如何せん他の防具は重すぎたり魔術師用だったりと、これ以外に私向けの候補がないのだ。
諦めて泥団子用の防具でも見繕おうかな。でもなぁ……。
「それ、似合うと思うよ」
「本気で言ってますかそれ」
いつまでも悩んでいる私を見るに見かねたのか、ナタネさんがそんな言葉をかける。振り返れば、ティラナさんも衣装と私の体を見比べて、同意するように頷いた。やっぱりこの人たち……
「もしかして、見たいんですか?」
「見たいっ……っていうか似合うだろうなみたいな?」
「きっと綺麗」
「……まぁ、他に候補もないし、お礼はこれでいいんですけど、その前に一つ確認しても良いですか?」
私の言葉に何の疑念すら抱かずに真っ先に頷くナタネさんと、確認という言葉にビクッと反応し分かりやすく慌て、ナタネさんを止めるティラナさん。
その姿に、私は出会ってからこの人たちにずっと抱いていた疑念を深めた。
「二人とも男性ですよね?」