激戦
男の装備は二刀流。
戦士系では珍しいが、対人戦闘ではそれなりに有効……なのだろうか。二刀流がたとえ対人戦で如何に有利でも、使いこなすまでにどうしても時間がかかってしまうのであまりはっきりとは分からない。
彼が右手に持つのは片刃の大剣、左手には突きに特化している様に見える細剣を持っている。
おそらくは主に右で防御、左で攻撃と言う手段で使い分けているのだろう。
対戦相手のことはトーナメント表を見た時、事前に少し調べさせてもらった。
多分相手もやっているだろうし、その辺はお相子である。ランキング上位者は予選で目立っている。どうしてもそこそこ有名になってしまうので、隠しようがないのだ。特に職業は事前に知っているか知っていないかで大きく戦略に影響してしまう。
その情報では、彼は見た目通りの重戦士。堅実な戦いを得意とするらしい。
タンク寄りの性能だと私が単独で突破できない可能性があるので、相性は悪いと言っていいだろう。ペット召喚がどこまで機能するかが鍵か。
装備を見る限り、回避型の相手も比較的得意なプレイヤー。私としては早急にMPを獲得して、どうにか魔法攻撃を的確に当てていきたいところだ。どういった作戦で行くべきか。
試合開始のカウントダウンが始まり、私は軽く気を引き締める。
やっぱり水月にした方が良かったかな。対人戦では反転召喚の鏡花の攻撃力を上げるために霽月を好んで使っているが、上位のプレイヤー程映し身への対応が速い。いつでも気楽に使える手段ではないのが少々気になってしまう。
その点水月ならば多少無理をすることになるとはいえ、武器を持ち換えることなく属性舞をそこそこの火力で扱える。一瞬の遅れが命取りになる試合ではこの差が大きい。
私は大きく息を吐いてから、試合開始2秒前のカウントに合わせてぐっと姿勢を下げる。
地面に体が付くか付かないかと言うところまで下げ、カウントが0になった瞬間に私はその姿勢のまま地を駆けた。
とりあえず最初はエリカの召喚をしておく。色々便利な支援役だ。DPSならば鏡花が、瞬間火力ならばカリンが優秀だが、他にはない性能で活躍している。
対して対戦相手の彼は身を守る様に大剣を右手に、左の細剣で迎撃する構えをしただけだった。
どうやらペットは後出し派のようだ。先に出した方が再召喚までの時間的に有利だが、タイミングを見計らったり相性を見たりして後手で相性や戦略の有利を掴むタイプである。
私は彼の細剣から逃れる様に向かって左側へ、とはいかない。
そのまま正面からぶつかるように突撃した。
大剣は盾の様に構えられていて一見安全そうに見えるのだが、まぁ明らかに“釣り”だろう。あっちに逃げるのは、少なくとも攻撃の速度を見切ってからの方がいい。
相変わらず表情の変わらない対戦相手の眼下へと到達すると、釣りが失敗してやや遅れて突き出された細剣の内側に潜り込む。
右の霽月で彼の左腕を斬り払い、私は低い体勢から思い切り体を伸ばして跳び上がる。
そして左の霽月を相手の肩に突き刺し、それを支えに前転して相手の後ろへと着地した。
腕を払った時、彼の左腕は私を追って腕が斜め下に動こうとしていた。あの力の流れでは流石に背後へすぐさま反転して攻撃、という訳にはいかないだろう。
何せ彼の右手は大きな大剣で塞がっており、背後を向くにはどうしてもそれを軸にするか、移動させるか、もしくは手を放すかしなければならない。
少し余裕があるだろうと踏んだ私は、そのまま攻撃を続行しようと、左の霽月を彼の肩から引き抜いた。
しかし、その直前に不穏な手応えを感じ、慌てて後ろにある大きな背中に身を寄せる。
背中合わせになった彼の背中が勢いよく半回転して、私もそれに追従する。
さっきまで私がいた場所に視線を送れば、そこには半円状の軌道で振りぬかれた大剣。私はその輝きにゾクリと身を震わせた。
速い。
あの速度で振れるのか、この剣を。もしかして見た目以上に軽いのか? 細剣と比べれば遅いとは言え、あのリーチと速度は若干怖いな。
反撃に失敗した彼は、ピッタリと後ろにくっついている私を何とか引き剥がそうと、振り向きながら前に向かって一歩跳ぶ。
対して私の選択は、初志貫徹のインファイト。正面で向き合いながらもそれを追うように少し速度を加減して前進する。
彼の得物は大剣も細剣もリーチが長く牽制が強いが、内側に入られるとやや扱いづらい装備だ。おそらく私の攻撃範囲内ではここが一番の安全地帯である。
有利になる様に動く私に、彼がそうはさせまいと手首を使って細剣の刃を押し付ける様にして繰り出す。
ただ、やはり無理な体勢なので攻撃の軌道が読みやすい。私はそれをわざと掠らせて後ろへ受け流した。
構えとしてかなり無理をしている彼の左腕をきっちりと斬り付けてから、私は大剣と彼の体の間に滑り込み、エリカの様子を横目で確認する。
そろそろかな……。
敵が近ければ近い程、見えている範囲は狭くなる。単純に相手が大きく見えるという物理的な問題もあるし、焦点が近くと遠くに同時合わせられないからでもある。
彼は今、どれくらい戦場を把握できているだろうか。今回の私は最初から至近距離で派手に動き回っているので、尚更視野は狭くなっているだろう。
例えば、私が最初に呼び出したペットのことなど意識の中にあるかな?
私達の足元から突如黒い泥が出現して、彼の体を掴もうと手を伸ばす。
「くっ」
彼は逃れようと一歩だけ後ろに後ずさったが、そこもまだまだ効果範囲内。次々と殺到する黒い手は剣で払っても消えることはなかった。
これは悲恋の面影が良く使う拘束技、名前を“穢れの御手”と言う。掴んだ相手に闇属性の継続ダメージを与え、移動どころか腕の動きまで封じてしまう攻撃だ。
効果だけは非常に強力だが、例え敏捷性が最低値だとしても発生の兆候を見てから走れば十分に逃れられる技でもある。まぁ、今回はもう間に合わないだろうけれど。
私は交差させた刃で動けない彼の首を一閃すると、その直後に紫の落雷が彼を貫く。私の通常攻撃などとは比べ物にならないエリカの魔法が、彼のHPを大きく削った。
彼女はあれでも第3エリアのボスモンスター。育成さえ完了してしまえば火力もそこそこなのだ。
私は内心で感謝の言葉を告げつつ彼女を送還し、同時に鏡花を反転召喚で呼び出す。場所は私のすぐ隣。彼の攻撃範囲内だが、まだ拘束中なので呼び出すだけなら何とかなる。
そこでようやく拘束を振り払った彼は彼女をぎろりと睨み、そして大剣を大きく振りかざした。
そのまま振り回せば、鏡花と私を同時に斬り伏せられる。私は避けられても鏡花を守ることはできない……という魂胆だろう。
判断としては最善だと思うが、それでもまだ甘い。私はダンスを教えていて気が付いたとある仕様を利用する。
「真似して!」
「!?」
私は彼の胴体にぶつかる程に急接近し、彼の右腕を飛び越える様に体を持ち上げた。
途中でそれを阻むように細剣が突き出されたが、右手に集中していたためか簡単に払える速度だ。同じ双剣使いとしての感想だが、両手で同時に攻撃と言うのは攻撃する前から意識していなければ、精度はそこまで高くならない。特に私達のような“型”を使わない喧嘩殺法の剣士ほどそういう傾向が強い。
武道の型というのは……まぁ何でもいいか。
当然私は至近距離過ぎて大剣が当たらない距離だが、それでも高さだけは十分な跳躍を彼女に見せると、一瞬遅れて鏡花が私を同じ動きで追従する。
鏡花は腕と同じ高さにある大剣を易々と跳び越えると、華麗な着地を決めた。
「はいっ!」
「なんだ!?」
私と鏡花は、男の前後に向かい合わせになる様に着地する。そして絡繰舞姫を展開すると、その両肩を挟むようにして彼の顔を塞いた。
彼は突然視界が塞がって驚いたようだが、すぐに武器を振り回し始めた。しかしその反撃を物ともせずに、彼の体を4本の霽月が深く傷付けていく。
甘い反撃を躱し、私は鏡花と回転するように位置を変えながら攻撃を繰り返す。このくらい狙いが甘い攻撃を避けるだけなら鏡花でも容易いのだ。どこに居るのかもよく分かっていないのだろう。
それから数秒も経たずに傘は振り払われて彼の視界は元に戻ったが、もう既に私と鏡花を完全に見失っている。
鏡花の攻撃は魔法判定なのでガリガリとHPを削っているが、同時に攻撃している私と完全にエフェクトが同じなので判断材料が頭上のアイコンしかないのだ。どちらが本体だか分かるかな?
私達は彼の左右に分かれて攻撃しているので、確認するにはどちらかに背を向けねばならない。
つまり……
「クイズかよ!」
彼はその状況を一瞬で状況を判断すると、勢い良く左に向き直った。さて、確率は二分の一だが果たして……、
彼の左に居たのは、鏡花だった。
「当たりだ!」
「残念、外れ」
そんな相反する言葉がアリーナに響き、彼は素早く鏡花を追い、私は一歩後ろに下がった。
振り向くのとほぼ同時に振り下ろされた大剣を鏡花は辛うじて避けたが、彼の続く細剣を受けて消えて行く。
彼としては先に映し身の排除をしたかったらしいが、焦っているのか完全に対応を間違えている。映し身より“本体の方が火力が出る”なんてかなりの常識だろうに。
まぁ属性舞を一撃くらいは耐えられるという判断で、出が速い魔法攻撃役を先に潰したくなるのも分からなくはないが。
さっきの蛸殴りで十分に溜まったMPと、相手の残りHPを計算して使うスキルを決定する。久しぶりに使うスキルだが、ここで勝負を決めるにはこれしかない。
私は真剣な表情で振り返る彼を前にして、今更観客に挨拶するように軽く礼をして見せた。
それと同時にアリーナが闇に包まれ、私は一人スポットライトの中に佇む。
「これはっ……!」
「このマイナースキル知ってるなんて凄いですね」
闇の中で表情を変える彼を前に、私は一人笑みを深める。
これは踊り子属性舞の高位スキル“宵闇の一人舞台”。
踊り子の中ではトップクラスに癖も性能も強いスキルではあるのだが、その仕様故にパーティプレイ推奨のこの作品では、日の目を見る機会が少ないマイナースキルである。
習得した時はカナタの試練だったか。あの時はまさかここまで使いにくいとは思わなかった。
その効果は範囲内の敵に対して闇属性の継続ダメージ。当然、魔法判定で使用者の攻撃魔力に応じてダメージ量が上がる。
そして何を隠そう月夜の舞姫も絡繰舞姫も、共に全属性攻撃強化と闇属性強化が両方ついている優れモノである。
予選ではMPの関係で使っていなかったのだが、実は私の中で最も火力の高い単発スキルはこれだ。これを超えるには、剣の舞をMPの許す限り連鎖させるしかない。
私は今までずっと密着していた彼から更に距離を取り、左手で傘を差す。強いスポットライトが遮られて、絹を抜けた淡い光が舞台の主役を優しく照らした。
相手の残りHPは三割五分といった所。宵闇の一人舞台の効果範囲は非常に広いので、この闘技場の半分以上が範囲内だ。
その上効果範囲は私を中心に多少動くので、この付かず離れずの距離を維持していれば後は勝手に相手が息絶えて終了となるだろう。流石に端まで逃げられると範囲外だが、逃げる背中を斬るなと言う方が難しい。
それを覆す手段は、私の追撃を掻い潜ってフィールドの隅まで全力で逃げ出すか、もしくは……
「一撃入れればいい!」
「ふふっ」
今までで一番の気迫を持って突撃する彼を見て、私は心の底から笑う。
観客の視線なんて比べ物にならない“目”だ。非常に、何と言うか、イイ感じ。
このスキルの一番手っ取り早い終了条件は、とにかく何でもいいから“ダメージを与える”事。予め毒なんかにかかっていると、即座にスキルが終了してかなり悲しい事になる。
試合では防御削りがあるので、攻撃を当てる場所は武器でも何でもいい。当然今まで何度かやっている様に体に掠っただけでもいい。とにかく当てさえすれば彼は生き延びられる。
刻々と命の時間が過ぎ行く中で、彼は懸命に剣を振るった。
私はそれを踊るように躱して見せる。
時折甘い攻撃を見ると、閉じた傘で突いておちょくる。見た目に反して物理攻撃力はないに等しいが、霽月で斬ったら早く死んでしまうので少々勿体ないだろう。
彼の攻撃は鋭く、私をどうしても殺したいという気概が溢れている。
私は攻撃を見やすく避けやすい位置を維持しているが、それは向こうから見てもこの試合でようやくやって来た適正距離だ。もう一歩距離を取れば安全かもしれないが、それでも私はその位置から離れる事を良しとしなかった。
鋭い刃が私のすぐ横を通る度に、得も言われぬ感動が体中を駆け巡る。
そして彼の命が尽きようとする正にその瞬間、彼は右手の大剣を捨てて凄まじい速度の突きを私の眼前に伸ばした。
「食らえぇぇえっ!!」
「はははっ!」
私はその最期の剣戟を狂喜と共に受け入れ、今まで回避に徹していた体を一気に前に押し出す。
彼の最期の刃が、私の頬を掠めて闇が晴れる。
「……お見事ですね」
「……」
私は深々と突き刺さった霽月を彼の胴から乱暴に引き抜くと、息もしなくなった肉塊が支えを失って前のめりに倒れた。
「本当に、悪くなかったですよ。機会があればまたヤりましょうね?」
私は閉じていた傘を開いて、元に戻った明るさの朝日を遮る。
割れんばかりの拍手と歓声を一身に受けながら、私はさっきまでの興奮を思い出しては笑みを深めるのだった。