途中経過
初戦を勝利で飾った絡繰舞姫は、その後も好調に戦績を上げていった。
まず、やはり身を隠せるというのはやはり利点として大きい。ペットモンスターの召喚と組み合わせると、かなり戦略の幅も広がる。
凩さん相手に使ったカリンの宝石魔法を隠す作戦もそうだし、エリカの転移に合わせて視界を塞げば奇襲の効果が上がる。
鏡花と合わせても、どちらが本体でしょうかクイズができる。
実は頭上のアイコンで見分けがつくのだが、それでも一瞬戸惑ってくれたり完全に間違ってくれたりして中々楽しい作戦だ。反転召喚した時の霽月は、かなりの火力を持った魔法攻撃になるので防御する判断を間違うと結構痛いのだ。
もちろん私一人の場合でも役に立つ。
普通に構えてしまうと双方の視界を塞ぐことになるが、それだけでも若干私に有利な読み合いを強制させられるので意味はあるし、魔法火力も持っているので属性舞を使いやすくなった。対人戦闘では反転召喚の鏡花は重点的に狙われるので、隙が大きいスキルもそれなりに扱える。活躍の機会は結構多めだ。
試合の調子がいい理由は、実は他にもある。
特に気にしていなかったのだが、私のペット編成もかなり対人寄りらしいのだ。
一撃型は一部を除いて扱いに困るし、装備型も直接戦闘に関わる能力は少ない。現状、単純に人数で押すことができる常駐型や召喚型が人気となっている。
モンスター戦とは違って、魔法アタッカーが人気なのが興味深い傾向だ。戦士系のプレイヤーを殺すのに大した火力が必要ないからなのだろう。逆に物理アタッカーはそれほど見られなかった。回避型のプレイヤー対策に入れている人がたまにいるくらいである。
私の編成は召喚型のカリン、常駐型のエリカ、そして一撃型だが特殊仕様の鏡花の3人。相手から見れば倒しても倒しても次がある面倒な編成だ。
その上ペットにばかりかまけていると、私が魔法スキルで手痛いダメージを与えてしまう。ペットに比べると流石に私の方が火力があるので、そのまま戦闘が終わってしまうのもよくある流れだ。
特に召喚型のカリンは時間切れやHP一定以下になると、魔法判定の自爆をしてくれるのでかなり役に立っている。召喚型で再召喚までの時間も他に比べると短いのも大きな利点だ。
爆弾扱いで申し訳ないが一度の戦闘で二回自爆されたら、相手は堪ったものではないだろう。制限時間ギリギリになってしまうが。
そんなこんなで非常に好調な私に、もう一つ嬉しいニュースが飛び込んできた。
それは大会予選最終日の金曜。午後11時を過ぎてそろそろ寝ようかと闘技場を後にした時のこと。
喧騒に紛れて、システムメッセージがゲーム内のメール機能を受信したことを伝えた。私はラストスパートに予選突破を賭けるプレイヤー達の雑踏を抜け、そのメッセージを確認する。どうやら差出人はユリアのようだ。
最近彼女は泥団子と2対2の予選で遊んでいたようだが、何度か装備の調整で顔を合わせたくらいであまり会っていない。もちろん学校では紗愛ちゃんと一緒なのだが、最近は振り付けや演出の相談でここでもいつも一緒だった。やはり少し寂しい。
メッセージの内容は「家に来て」とのこと。現状ユリアに家はないので私の自宅の事なのだろう。
言われなくとも今から帰るつもりだった私は、気持ち足早に市街地を歩く。
いつも何となく見ている素材屋や、感心するような装備が置いてある露店通りを何も見ずに通り抜け、住宅街に足を踏み入れた。
やや乱暴な演出で景色が変わると、そこは自宅のあるいつもの通り。さっきまで溢れていた人は消え、不安になるほどに静かだ。
左右にプレイヤーの家が乱立しているその道を真っ直ぐに歩く。この通りの一番奥が私の家だ。
家の前まで辿り着いた私は、門を潜り、長い前庭を抜け、重厚感のある玄関の扉を開ける。
この家には部屋はいくつもあるが、ユリア達は遠慮して客間以外にあまり入りたがらない。精々食堂や私の自室に私を探しに来るくらいである。
今日もここだろうと扉を開けると、そこには予想通りユリアの姿があった。しばらく彼女の相手をしていたのか、ややげんなりとしたショールの姿のある。
彼女は私の帰宅に気が付くと、すっと立ち上がって挨拶もそこそこに自室へと戻って行く。どうやらショールに用事があったわけではないらしい。
私はショールを見送った後、部屋に残ったユリアに向き直る。その顔は最近稀に見る程に輝いていて、いつになく機嫌がいい事を思わせる。
「ユリア、何か用?」
「ラクス! 来て来て、すごいよ!」
私は彼女に招かれるままにソファに腰を下ろす。どこまで沈むのかやや不安になるソファは、深い位置で柔らかく私のお尻を支えた。
どうやら彼女は、例の動画コンテストのユーザー投票ページを表示しているらしい。その興奮した様子から、何となく呼び出した理由は想像がついた。
おそらく、私達の投稿した動画が初日よりも順位が上がっているのだろう。
しかし、その上昇幅は私の想像をはるかに超えていたのだが。
「ほら、ラクスの、私達の動画人気4位だよ!」
「え? 嘘、どこ?」
ユリアは画面の一点を興奮しながら指し示す。
そこに書かれていたのは投票人気ランキング。一位から三位の下、やや小さい枠の中には確かに私達の動画が載っていた。
第4位、動画のタイトルは天上の大樹に舞う。投稿者の名前はラクスと書かれている。サムネイルも記憶にある場面であり、同名のプレイヤーの動画ではなさそうだ。
「ほー、意外だね。行っても1000位とかだと思ってた」
「凄いよねこれ!」
私はざっと他のランキングの動画を確認していく。この画面は月曜日に見たきり開いていなかったので、私の知っているものとは大きく変わっているようだ。
初日に話題になった然して面白くもないネタ動画がごっそり減って、逆に質の高い動画が票数を集めている。例外もいくつかあるが、それらは何で人気なのかがはっきりとした理由があるものばかりだ。
一位は前に予想した通りあのアイドルの可愛い動画。二位以下を寄せ付けない圧倒的な得票数で堂々の一位。動画の内容はやや地味なのでコメント欄は多少荒れているのが難点か。まぁファンと否定派が同じ場所居たらこうなるよね……。
二位は一位と残念ながら結構な大差を付けられた汀さんのお兄さんの動画。おそらくこの作品の“プレイヤー”に限定すれば人気一位だろう。相手とルールが悪かった。残念。ただ人気投票で結果が出なくとも、普通に運営から賞が取れそうなので、そちらに期待か。
三位はちょっと笑えるストップモーションの動画だ。三位の人は良く知らないが、コメントを見る限りこの人も著名人らしい。思わずくすりと笑えるような内容であり、ゲーム内容を知らない人でも十分に楽しめる。逆に言えばゲーム内容とは全然関係ないのだが、撮影場所が第1エリアばかりなのでおそらく初心者なのだろう。
その次の四位が私達。かなりの順位だと思う。ほぼ無名……とは言い難いかもしれないが、少なくともここまで上がる程だとは思っていなかった。
確か人気投票上位ならゲーム内の景品貰えるんじゃなかったかな。投票終了は明日の零時。つまりもう一時間を切っているので、おそらく順位はここから大きく変動しないはずである。
大会の詳細ページを開いて確認すると、どうやら人気投票上位者には経験値とスキルポイントのスクロールが配られるらしい。
しかし、内容も量も正直微妙だ。序盤ならバランス崩壊クラスのスクロールではあるのだが、流石に職業レベルカンストが見えてきた最近では雀の涙と言った量である。
ページを読む限り、賞品が豪華になるのは第3位以上。ここから逆転は無理そうなのであまり関係ないのだが、ゲーム内通貨や記念トロフィーなどが貰えるようだ。後者が必要かどうかは……人それぞれだろうか。
私が若干気落ちしている隣で、ユリアは動画に寄せられたコメントをじっと読んでいた。その表情は先程とは違って真剣、と言うよりも納得がいっていないような、はっきり言って不満気な顔だ。
「……むぅ、変なコメントばっかり」
「半分以上褒めてると思うけど?」
私はユリアの見ている画面を覗き、そこに書き込まれた言葉を読んでいく。
確かに私達の動画のコメント欄は若干妙なコメントもあるが、正直一位のコメント欄より断然マシである。運営の削除済みばっかりだからね、あそこ……。
ざっと読んだ限りでは普通に褒めている人が8割、性的な揶揄が2割弱、私への非難が数%くらいだろうか。
まぁ大したことは書かれていない。そもそも暴言はNGワードとして弾かれてしまうので、コードに引っかからないスラングばかり。私は掲示板を読むのに勉強したので一応意味こそ知っているが、自分では絶対に使わない言葉ばかり。今一つピンとこないのだ。
批判にあるコメントを詳しく読んでみると、どうやら予想通り投稿者がラクスと言う名前だ、という所からSNSなどで話題になっていたらしい。結局動画の出来とか関係なく有名人が強いランキングなのだと文句を言っている人が大半だった。そうか、私も一応有名人なのか……。
そのコメントを読んでいる時、私はあることを思い出す。
そういえば試合前に驚いたような表情をする人も多かった。服が目立つからなと思ってあまり気にしてこなかったのだが、ここで私の顔見てたんだな。大会について語る掲示板に妙に私の情報が多いと思っていたら、まさかこんな絡繰りがあったとは。
私がそんな他愛のない事を考えている間にも、ユリアは腕を組んで眉間にしわを寄せていた。
「大体さ、何でこれ見てまだネカマ説が消えてないの? そこが一番信じられない。あと自分のエッチな報告を自慢げに書き込む神経も」
「まぁ、見た目に関してはいくらでも変えられるからね。後者は知らないけど、男の人には面白いネタなんじゃない?」
憤った様子でコメントを次々に通報していくユリア。
その言葉に適当に返事をしながら、私は自分でブラウザを開いて掲示板を覗く。
最近ペットや対戦環境の確認くらいしかしていなかったが、どうやら動画コンテストの方も専用の部屋が存在しているらしい。私達の動画いつからこんなに人気になったんだろう……。
動画について語る部屋をパラパラと斜めに読んでいくと、思わず目を疑う様な文字の羅列が表示された。
「ラクスちゃんファンルーム……?」
「え? 何言ってるの?」
「いや、書いてあるから……」
正確には“rksちゃんファンルーム”と書かれているが、そのリンク先を紹介している文章を見る限りおそらく私の話で間違いないのだろう。
私は何か不気味な予感を覚えながらも、そのページをクリックした。数瞬と経たずに掲示板が表示され、最新の書き込みが次々と流れていく。
そこに書かれていたのはやはりと言うか何と言うか、ラクスに対するやや粘ついた熱のあるコメント群だった。
「rksちゃん可愛い、天使、***、****……な、何これ!」
「こんなのあったんだ……知らなかった」
「信じられない! 通報だよ、通報!」
セクハラ紛い……いや、事実として本人に伝わったら完全にセクハラだろうという文言を読み飛ばしながらこのチャットルームの起源を探ると、意外な事実が明らかになった。
「これ、私が映し身の魂売った時のネタ掲示板なんだ」
「え、ここその頃から生きてる部屋ってこと? 掲示板って一定期間書き込まれないと消えるよね?」
「“ネカマだろ”と“本人に会ったよ”が錯綜してた時期だね……」
どうやらここは、この作品で一番“ラクス”という名前で盛り上がった時に立ち上げられた部屋らしい。
初期の書き込みをざっと読むと、ラクスちゃんが超絶可愛い美少女だと自分だけが知っているという態で書き込む冗談の部屋だったらしい。
途中途中で本当に私の事を知っていそうな書き込みもチラホラと見受けられるが、私が取引掲示板に何かを流す度に書き込みが増えていた。これはこれで玩具にされているようであまり気分は良くないが、まぁ実際には幻想でしかないのでまだマシか。
そんな感じでまだまだ平和な場所だったのだが、件の動画の情報が流れてから部屋の様相が一変している。
動画を見た人の私の容姿に関する感想どころか、いつ街中で見かけたなどの情報まで載っているのを確認した瞬間、悪寒を感じて私は画面を閉じた。
ログイン時間から職業詮索とか、あそこまで行くと完全にストーカーだな……。興味を持って詮索しているのが一人じゃない辺りより一層質が悪い。
「通報しとくから!」
「いや、うんまぁ……これは私もそうしようかな……」
気分の悪くなった私はこれからのゲーム生活に若干の不安を覚えながらユリアに別れを告げ、ログアウトのために自室へと戻るのだった。