ダマシアイ
魔法戦士は全距離対応型の職業だが、その遠距離攻撃はすべてMP依存の行動である。
そのためこの試合はどうしても最初は接近戦をせざるを得ない。そもそも対戦相手の凩さんが、私相手に遠距離戦を仕掛けるかどうかはかなり怪しいが。
対して私はと言えばMPがあっても無くても、そもそも近接攻撃手段しか持っていない。遠距離らしい遠距離と言えば、アイテムの投てきくらいである。試合では使えないけれど。
結果両者共に、試合開始と同時に姿勢を低くして接近し合うという、かなり積極的な展開となった。
違うのは、私は背後に面影のエリカを召喚し、凩さんは自分の隣に美しい鎧を召喚して見せたこと。試合開始直後からペットの呼び出しを行うのは、最近まぁまぁ流行っている戦法である。もちろん全員使っているわけではないが。
私は突き出された凩さんの刀を滑るように躱すと、そのまま横を通り抜けて霽月で彼の胴を薙ぐ。
最初の一撃はどうやら私の勝ちのようだが、やはり彼の攻撃は“軽い”。しっかり回避しなければ危ういだろう。MP回収はゆっくりと行うしかなさそうである。
やや浅い踏み込みだった彼はすぐさま反転して、私の足元を刀で払う。
何とか2連続で攻撃を仕掛けたかったところだが、間に合いそうにないので私はそのまま攻撃範囲外まで駆け抜けた。
私は誰も走って追ってこない事を確認すると、少し息を吐いて戦場を広く見渡す。
中央に居るのは刀を構えた凩さんともう一人、彼のペットモンスターである鎧の騎士。その鎧は私が記憶しているモンスターの中にない。プレイヤーメイドの鎧を着た“何か”だ。
私は単純に楽しむための着せ替えしかしないが、どうやら凩さんはペットの素性を隠すために着せ替え機能を使っているらしい。
中々嫌らしい戦い方だが、人型で戦闘に十分使える性能と言えば結構限られる。その上、鎧が腰に下げている拳銃と片手剣という結構特徴的な装備をしていることからも、その正体は推測できた。
あの鎧の名前は、“賞金稼ぎ・J”。とある沈没船に出没するモンスターで、元々は騎士ではなく海賊のような見た目のモンスターだ。
確か、戦士と魔銃使いを混ぜたような性能の常駐型だったかな。攻撃範囲が広いためノックバックに弱いモンスター相手に強いのだとか。それでもどちらかと言えばマイナー寄りのアタッカー系モンスターである。
しかし、モンスター戦とは色々と勝手が違う対人戦では、遠近共に対応できる魔法使いのため中々重宝されているのだとか。悲恋の面影と同じく霊体属性持ちなので物理攻撃にも強い。環境には適していると言えるだろう。
問題は今から育成を始めても予選には間に合わない事だが、どうやら彼は予め対人用に使えるくらいには育成を進めていたらしい。
私は鎧の正体をそう結論付けると、エリカの足止め魔法をやや必死になって避けている凩さんに接近する。
距離の取り方から見るに、私を鎧で足止めして自分は面影を消しに行くという算段だろうか。ペットモンスターでも殴ればMP回収できるしね。
「お前はっ、速過ぎだ!」
「おっと……」
「どんな装備してんだ!」
私の接近に気が付いた彼は、手にした刀を振り向き様に振って見せる。
やや乱暴だが狙いだけは正確なので、私は足を止めざるを得ない。もちろん、多少遅れても敏捷性の差で追いつけると判断したが故だったのだが。
しかし、私が動きを止めた瞬間、予想外の動きをして見せた人影が一つあった。
「えっ」
「!?」
凩さんのペットモンスターであるあの鎧が、エリカに手の平を向けた瞬間に強い光が降り注ぐ。
浄化の光を受けたエリカは苦しむような声を響かせて消えて行った。
こんな攻撃は、私の知る限りでは賞金稼ぎ・Jの行動パターンには存在していない。
ペット化した場合のみの追加スキルという可能性もあるが、そもそも彼は沈没船に現れる亡霊であり、浄化魔法など自力で習得しそうにないのだ。
やられた……!
私は消え行くエリカを見送った後になって、ようやく一つの可能性に思い当たる。やや間の抜けた表情で驚いている凩さんを残して、私はその鎧の頭に斬りかかった。
通常攻撃は、小弱点に当たったことを示す黄色のエフェクトを撒き散らしながら確かな手応えを返した。
「嘗めた真似を……」
「ぼそっと言うな! 怖いだろ!」
本当にこの鎧の中身が賞金稼ぎなら、鎧を着ていようとも霊体として物理攻撃を軽減するはずだ。ペットモンスターは装備が変わっても見た目しか変わらないのだから。
しかし実際には、軽減どころか弱点にヒットまでしている。
つまり、この鎧の中身は私の予想とは全くの別物である。
第3エリアにある神域、樹氷の神域に“神秘の守り人”というモンスターが居た。あれは広域の光属性魔法を使ってきたはずだ。武器も特に持っていなかったように思う。
広域光魔法と言えばエリカ、悲恋の面影対策の最もポピュラーな方法。最初の斬り合いでは勝っていたが、どうやらペットの出し合いで完全に負けていたらしい。
私はその見た目に反して、近距離での攻撃手段を持っていない守り人をさっさと斬り伏せ、後ろから迫る凩さんの刀をひらりと躱した。
「上手くいかねぇな」
「いえ、あの子良い子ですね」
私は心の底からそう発言するが、凩さんは渋い顔で私をじっと見ている。
今回は、完全に相手のペットの動きに救われた形だ。
おそらく凩さんとしてはエリカを自分で対処しつつ、私にあの光魔法で奇襲する算段だったのだろう。
あれを咄嗟に避けるのは中々難しいし、味方のノックバックが発生しないタイプの魔法でもあるので無理矢理当てる手段はいくらでもある。
しかし、予想外に守り人がエリカを優先的に攻撃してしまったため、偽装が露呈してしまった。守り人と凩さんとの距離が開いていたのもあって、私は即座に倒すのが難しそうだと一旦放置を決めたペットを、優先的に倒すことが出来た。
おそらく属性相性が良い相手を優先的に攻撃する思考だったのだろう。停止命令しっかり出しておかないから……いや、直立不動では怪しまれるという判断だったのだろうか。
それにしても“鎧のデザイン”の一部に武器を組む込むとか、いったいどうやって考え付くんだこの人。しかも偽装を見抜かせておいてもう一度騙す偽装になっている辺りかなり質が悪い。
しかし結局作戦は失敗しているのでこれで状況は振り出し、いや少々私が有利か。私は一撃入れているし、さっきの守り人を倒したことで少量だがMPを獲得できた。
対して凩さんはまだ誰にも一撃も入れていないし、悠長に立ち止まっても居ないのでMPは未だに少量のはずだ。
魔法戦士も、踊り子と同じでMPがあって初めて自由に動けるようになる職業なのでこの差は大きい。
そろそろ、使いどころだろうか。
私は、左手に持っていた新しい装備を操作しつつ軽く振る。
すると黒い円柱状だったその棒は大きく開き、その美しい花弁を見せつけた。
これは“絡繰舞姫”と名付けた、私の新しい装備である。
今までの絡繰夜桜と大きく違うのは、これが絹傘だということだろう。夜桜は木材を檜扇のように円形状に並べた傘だったが、今回はしっかり傘の骨組みに絹布を張り付けて作った唐傘である。
材料は月夜の舞姫とほぼ同じにしてあるので、数値上も魔法攻撃特化と呼べる性能だ。若干追加効果の質が下がってしまったが、それでも十分に許容範囲内。
つまりこれは、夜桜の身を隠す効果と、舞姫の魔法攻撃力を両立させた武器なのである。
当然、これの使い方など知る由もない凩さんは緊張の面持ちだ。
彼は私が木工製品を作るのが得意なのは知っているだろうし、ただの虚仮威しだとは思うまい。慎重になってくれた方が助かるので、こちらとしてはそのまま縮こまっていて欲しい。
私は傘を前方に突き出しながら、背後にカリンを召喚する。
そして身を隠しながら凩さんに急接近すると、視界が塞がれることを嫌った彼は私の思惑通りに後ろに跳んだ。
私はそれを見てから、そのやや軽い日傘を上に掲げる。
その直後、私のすぐ脇を高速の弾丸が通り過ぎ、凩さんの顔面に迫った。
「ぐっ……」
避け切れなかった彼は、大きくよろけながらも体勢を整えているが、少し遅い。
私は剣の舞・迅疾を使って霽月で深い傷を負わせながら、彼の後ろに回り込む。戦士系の中では物理耐久が低い魔法戦士は、これだけでも大きくHPが減った。
そして傘布を彼の顔にひっかける様にして視界を塞ぐと、おちょくる様に彼の背後から霽月で何度も突き刺す。その間もカリンの宝石魔法は次々と彼に着弾して大きくHPを削っていった。
しかしそんな遊びは長くは続かない。
左手で傘を止めつつ方向転換に成功した彼は、私に向かって刀を振り下ろす。傘で腕の振りが制限されているためか、その太刀筋は幾分か甘い。
元よりそう長く続けるつもりがなかった私は、傘から一旦手を放して距離を取った。
別に武器を捨てて降参しますという話ではない。もう勝てる算段が付いたからだ。
召喚時間の差し迫ったカリンは、遠距離攻撃から一転して凩さんに急接近すると、刃状に変形した腕で彼の背中を思い切り突き刺す。
見た目に反して重量のある斬撃に彼の動きが止まった瞬間、カリンは聞くに堪えない絶叫を撒き散らし、爆散した。
ガラスの砕ける音と彼女の残響が、アリーナに広がっていく。
当然至近距離に居た凩さんは無事ではなく、HPが0になって地に倒れた。
戦士系の中では魔法耐性が高い魔法戦士とて、流石に自爆攻撃はそう何度も受けたいとは思わないだろう。
私は霽月を腰に戻し、爆風で舞い上がった絡繰舞姫を受け止めた。
そして、その使い勝手に少しだけ笑みを深めるのだった。