初試合
やや懐かしい闘技場に転移した私を待っていたのは、飾り気のない鈍色の鎧で身を包んだ大柄な戦士。
彼の手にした武器は身の丈もある様な大型の剣である。PvPでは相性差が強く出る武器だが、どうなることやら。
私は水月を抜き、対戦相手の様子を窺う。私が軽く会釈をすれば、彼もまたそれを返した。
対戦相手の名前は“ギア”と書かれている。見た目は重戦士だが、もちろん同じく戦士の上級職である侍の可能性もあるし、あの鎧が見た目ほど重くないなら複合職と言う線もあるだろう。
戦士系の中でも比較的可能性が低そうなのが、射手との複合職であるバトルマスターくらいかな。バトルマスターなら剣か鎧を軽量化して、遠距離に対応するための長弓を持つだろう。PvPでもそれが主流なのかは分からないが。
私のそんな観察を急かすように、試合開始のカウントダウンが開始される。
とにかく最初は情報が少ないので、相手がどんなスキルで動くのかが未知数だ。
最初は様子見から入ろうかな。私の場合は一発で踊り子に見えるだろうから、ちょっと不利か。スキルの使いどころは見極めねばならないだろう。まぁそもそも踊り子の属性スキルは、隙が大きくて使いどころに困るので基本戦術に大きな変化はないのだが。
とりあえず様子見をするための最初の行動を決めると同時に、試合開始のアナウンスが闘技場に響いた。
「オラァッ!!」
「……」
試合開始の合図と共に、私は一歩後ろに下がる。
対して対戦相手の男は剣を脇構えに下ろし、凄まじい速度で前進した。
その速度は優に回避型の私を超えるほどであり、距離がグンと近付いてその大きな剣が横に振り抜かれる。
別に相手の敏捷性が私を勝っていたわけではない。
これはアルメに付いている天狗飛びと同じく、装備の移動系追加効果“瞬歩”。
その効果を物凄く簡単に説明すれば、戦闘開始の最初の一歩が速くなるというものだ。MP消費もなく地面を滑る様な速度で敵に接近するので、タンクを中心に好まれている。PvPに於いては奇襲として非常に有効そうである。
しかし私が一歩後ろに下がっていたことで距離の目測が狂ったのか、その大剣は私の眼前を抜けていく。
どうやら私の水月を見て、リーチの差を活かした戦闘がしたかったらしい。もう20㎝深く踏み込んでいれば、私に届いたかもしれないのに。それでも剣の振りが速くなっているわけではないので当たらなかったとは思うが。
いきなり大きく空振りをしてがら空きになった彼の体に、私は水月を突き出す。そして大剣とは彼の体を挟んで逆側に駆け抜けた。
如何にこの作品の中で人間が馬鹿げた運動能力を持っているとはいえ、身の丈程もある剣を自在に扱うことはできない。慣性に従った剣は大きく私から離れる様に流れて行っている。
彼は完全に剣を振り切っているので、少なくともこの一秒は大剣での攻撃はないだろう。両足は剣を振るために踏ん張っているし格闘技が来る可能性も限りなく低い。ここは普通に反撃しても大丈夫。
私は水月でその鈍色の鎧に傷を刻んでいく。
じりじりと減っていく相手のHPを見て、私は内心ため息を吐いた。見た目通り、物理耐久は高いな。これは時間がかかりそうである。
かと言って戦士系の弱点である魔法攻撃は使うことはできなかった。この試合では試合開始時のMPが0に設定されているため、最初は通常攻撃の応酬をするしかないのだ。
MPを溜めるための行動は主に3種類。
まず前衛が一番使うのは、攻撃を当てること。
相手に与えたダメージ量に応じてMPを回収できる。実はモンスター戦だと敵の種類に応じて回収率が変わったりするが、今は関係のない事だ。
次によく使われるのが、その場でじっとしている事。
戦闘外でのMP回復手段として重宝される他、魔法職が戦闘中でもあまり動かない理由の一つでもある。
そして最後の手段が……
「くそっ、今の当たってんだろ!」
男の剣が、私目掛けて振り下ろされる。
最初の一太刀が外れて焦っているのか、その剣筋はやや雑と言っていい程だ。
この程度で慌てるなと言いたいが、おそらく読み合いが要求されるPvPはあまりやってこなかったのだろう。武器も作戦があるという訳ではなく、モンスター戦で使っている物の流用らしい。初心者狩りの様でやや気が引けるのだが、別に手加減して私に良いことは何もないので全力でやらせてもらおう。
私はその剣を水月で受けるわけでもなく、完全に避けるわけでもなく、ギリギリ当たっていた。
当然意図的な行動で、別に相手の剣が速過ぎるという訳ではない。
MPを回収する最後の手段、それはダメージを負うことである。
受けたダメージ量によって回収できるMPが変化する他、実は回収できる最低値も決まっているので、非常に軽いダメージなら受けた方が圧倒的に得なのだ。
私の装備、アルメや舞姫には直撃しなかったが当たり判定には掠った場合のダメージを軽減する効果が複数付いている。
元々掠ったダメージは直撃よりも圧倒的にダメージ量が低いので、それの軽減の軽減の……ともなれば、ほとんど無効のような物である。
男もその仕様は知っているとは思うのだが、どうやら僅かに減ってから一向に減っている様子のないHPにストレスが溜まってきているらしい。実際には“当たっている”のに、それに気が付いていない。
私は一方的な展開に若干の申し訳なさを感じながら、反撃ができるタイミングで大きく飛び退いて鏡花を召喚する。
流石に映し身の強さは知っているのか、男は深追いせずに小さく切っ先で牽制する戦い方に変わった。PvPならこっちの方が厄介と言える。まぁ、これをやるなら槍の方が良いとは思うけれども。
私は大剣を潜り抜ける様に接近すると、男は慌てて剣を振り下ろす。この距離で牽制の突きは出せまい。
十分量のMPが溜まった私は、その最短距離で近づく剣を背面跳びで避け、ジャンプの勢いを乗せた水月を彼の顔面に叩き込む。
兜に水晶の刃がぶつかる硬質な音と共に黄色のエフェクトが散って、弱点に攻撃が当たった男がよろけた。
しかし流石は前衛と言ったところか、男はしっかりと私の姿を目で追っている。
MPが溜まったので出来れば目線から抜けたかったのだが、顔への攻撃程度で視線を外したりはしないようだ。痛くはないとは言え、前衛でも顔にダメージを食らうと目をつぶってしまう人も多い。おそらくモンスター戦では結構な実力者なのだろう。
私が着地せずに天狗飛びで大きく距離を取ると、男はよろけながらも私の予想外の動きをしかと見極めている。天狗飛びが珍しい効果である上に、踊り子は大きく動くスキルをいくつも持っているのでそれへの警戒の意味もあるのだろう。
まぁ、判断としては大間違いなのだが。
男の後ろから鏡花が迫る。
そしてその凶刃を脳天目掛けて振り下ろした。
映し身はどれだけ成長しても召喚者の能力値の8割程度の性能しか出せない。そのため私本人でも大したダメージが与えらない私の映し身は、それ以下の火力しかないはず。
もしかすると、彼はそんな慢心をしていたのかもしれない。
「嘘だろっ?!」
男のHPが一気に4割近く減少する。
彼は驚きながらもスキルを発動して回転斬りを行ったが、鏡花はあっさりとそれを躱していた。
さっきから反応こそ良いが、狙いが雑だなこの人。武器も似ているし、PvP始め立ての頃のユリアに近い。うーむ、マッチングの性質上仕方ないとは言え、初心者狩りで本当に申し訳ない。フレンドマッチで三桁くらいPvPやってるんだ。ごめんよ。
今回呼び出した鏡花は見た目こそ私のままだが、映し身のスキル“反転召喚”を使用している。
反転召喚は物理と魔法の攻撃力と耐性を、反転した能力値で召喚するスキルだ。攻撃も物理と魔法の判定が反転しているので、物理判定の属性魔法なんて代物を扱えるようになる。
しかしこのスキルの最も有用な点は、通常攻撃の魔法判定化である。
硬いモンスターは大抵魔法攻撃に弱いので、反転召喚を使うと面白い程ザクザク斬れる。それでいてMPを消費するどころか回収できてしまう。私も自分で使いたい。
当然、魔法攻撃に弱い戦士系が多く参加しているPvPに於いても非常に優秀であることが予想される。まだ大会の予選は始まったばかりなので所謂“対戦環境”は分からないが、少なくとも映し身の反転召喚ができるとできないとは組める戦略の幅が全く違ってくるはずだ。
私よりも鏡花を先に倒すことに決めたのか、男は“祈りの石像”を召喚して鏡花に向き直る。
祈りの石像は召喚者が受けたダメージを肩代わりするペットモンスターだ。やはりこの男、元々パーティではタンクの役割なのだろう。
私はその背後に迫って、回転斬りを上に躱すと静水の舞を使って男に鈍化効果を与える。
後は鏡花と一緒にザクザク斬って試合終了である。タンクとダメージ軽減効果は強い組合せだが、結局はヒーラーが居る前提の持久戦で効果を発揮する戦術。回復効果が著しく減る上に、ソロで戦わなくてはいけないこの形式の試合では微妙と言わざるを得ない。
おそらくは属性舞を警戒して魔法攻撃を見てから召喚するという算段だったのだろうが、反撃が決まらないならば最初から召喚していた方がマシだっただろう。
もちろんこれを本人に伝える手段はもう残されていないのだが。
こうして私は、大会の初戦を白星で飾ったのだった。
10万PV達成しました。
実は昨日から今か今かと気にしていたのですが、結局達成は今朝だったようです。
ありがとうございます。