天上の大樹に舞う
満点の星空の下。
水面に反射した星空を消してしまわぬように私はそっと、ステージの上へと歩みを進める。
ここは冷静の試練を乗り越えた、カズラの神域、その最奥。
天上の木。
私は動画のコンテストに応募する動画の撮影場所に、この人魚の泉を選んだ。
もちろん他の場所にも絶景と言える場所は色々とあるのだが、“ステージ”状になっている場所はそう多くはない。
フランや泥団子、そして長い事会っていないティラナ達にも景観の優れた場所を選んでもらったのだが、色々な写真を見てもここが一番相応しいように思えた。結局自分が足を運んだ思い出の地に対する贔屓目なのかもしれないけれど。
しかしそれでも、空が見える場所で尚且つステージ。私の初舞台としては勿体ない程の場所だというのは間違いないだろう。
ちなみに一応試練の一族には、最寄りのカズラの村で話をつけてある。もうここであの魚人の男が出て来ることはないと思うが、それでも一応使わせてもらっているのだから必要だろう。ロケーションが決まった時にカナタと一緒にお願いしに行った。
その際、湧き水を止めたり、ステージの照明もちょっと変えさせてもらっている。皆に色々と迷惑をかけたこともあり、動画の完成度を高めるための努力は惜しむつもりはなかった。
他にも振り付けや演出の相談をしたり私とショールの練習があったりで、撮影初日の今日は既に金曜日である。
動画の編集作業もあるし、演出の都合上一日に何度も撮影することもできない。もう一刻の猶予もなかった。
もちろん上手くいかなかった時用の準備はあるが、この撮影チャンスを逃せばもう最高のタイミングは二度とないと思った方がいいだろう。
私は何度も確認したステージの中央で静止し、水面に一切の波紋が起きない様に静かに呼吸を繰り返す。
虫の声も聞こえないこの場所で、私は開始の時を待った。
そして階段の見えない位置でスタンバイしているショールが、演奏開始のカウントダウンを始めた。
***
「出来たよ!」
やや緊張の面持ちでラリマールのお菓子を摘まんでいた私達。その食堂にユリアが扉を蹴飛ばすような勢いで突撃してきた。
彼女はその手には何も持っていないが、それでも私達は彼女が何を“持って来た”のかは即座に理解できた。
私とショールは現在時刻と余裕のない表情のユリアを見て、やや苦い顔をした。
「本当にギリギリですね……」
「確認する時間、ありますよね……!?」
「あっても直せないから一緒な気がするなぁ。あ、シトリンお茶は……」
「それは本当にごめん!」
あの日撮影した映像は一応一通りの確認作業をした後に、ユリアの手に渡っていた。あのままでは投稿できないからだ。
前回撮影したリプレイ動画は、“視点”が固定されていない映像だ。
あれはラクスのアバターなどの立体モデルと、フィールドのエフェクト、そしてショールの音がすべて記録されている、言わば3次元動画である。VRマシンで見るとその場に居るかのように自由に動き回れるので、体験型動画とも呼ばれている代物だ。
もちろんいきなり平面の動画を撮影することも可能だったのだが、こちらの方が結果的にいい動画になると判断したため一度この方法で映像を記録した。
当然今回のコンテストに応募するためには、というか平面の画面で見るには視点の位置を決めなくてはならならない。
あの撮影の場に居なかったユリアには、この後付けのカメラワークをお願いをしていた。多分だが、この辺りに何かと詳しい泥団子にも手伝ってもらったことだろう。一人では流石にやっていないと思う。
私は振り付けと音楽くらいは分かるが、映像作品を作ったことはないし、カメラワークなんて完全に専門外である。審査員はいつも審査員席に居るからね……。
その点、紗愛ちゃんなら自分のカメラで私のダンスを撮ったり、編集して動画にしたりを中学の頃からやっていた。今回は現実とは色々と勝手は違うはずだが、それでも私よりはマシだろう。
そして撮影から丸一日が経過した日曜日の今日。
受付終了まで残り30分というこのギリギリの時間に、彼女は見事間に合わせて見せた。昨日も今日もずっとログインしていなかったので、きっとずっと編集作業だったのだろう。
彼女は扉を開いたまま、メニューから何かを操作している。その表情には余裕がありそうには見えない。もう直す時間はないけど、流石にデータの転送には30分かからないから大丈夫だよ……。
「とりあえずデータ渡すね!」
「あ、うん。ユリアも座って。お疲れ様」
私も外部のメーラーを開いて、最新のメールに添付されているデータをダウンロードする。謎の添付ファイル付き空メールなんて恐ろしい物は普段開かないのだが、今回は事情が事情である。ウイルススキャンにも通していないが、簡易チェックは入っているので問題ないだろう。
何度も言う様に時間的にもう再編集は無理そうなので、私はそのまま添付ファイルを公式サイトの投稿フォームに転送した。ユリアが来るまで冷や冷やしていたけれど、何とか間に合ったね……。
「とりあえず動画はアップロードしたけど……完成品、見る?」
「当然です!」
「ここまで来て見ないなんてあり得ません」
「うぐ……み、見るのか……」
ラリマールとシトリンからチョコレートケーキとハーブティを受け取ったユリアが私の提案に苦い顔をする。
おそらく初めてのことで自信がないのだろう。流石に二日も編集に時間を掛けたなら、変な出来栄えにはなっていないとは思うのだが……。
「じゃあ、再生するね?」
私は公式サイトの参加完了画面を表示するブラウザを閉じ、この場に居る全員に公開設定にして動画を開く。もし出来が良かったら他の皆にも送ろう。
明日になればユーザー投票のための専用ページで閲覧できるんだけれど、一足先にと言うやつだ。
私が応募規定ギリギリである5分間弱のその動画を開くと、食堂の奥にある大きなスクリーンに泉の上に佇む私の姿が投影された。
そのまま数秒カメラだけが動き、私の姿を嘗める様に捉える無音の映像が流れる。
「開始前の間は5秒にしたの?」
「3秒じゃやっぱり早くて……」
最初は3秒間無音にしようと言う予定だったはずだ。そのため演奏開始前五秒と言えばギリギリショールの声が入っている区間だが、どうやら編集で消したらしい。
カメラが完全に体積のない“点”にできることもそうだが、この辺りは現実では実現が難しい要素である。VRの利点と言えるかもしれない。最近では仮想空間内部でドラマ(アニメ?)の撮影をする個人の作家も居るほどだ。
風の音すら響かない水のステージに、優しいアコーディオンの音色が響き、それと同時に画面の私もゆっくりと動き出す。
その情景に、誰かが小さく息を飲んだ。
「……」
やっぱり練習量が足りてないかな。ショールの演奏にもう少し合わせられた気がする。まぁ編集の時間がここまで掛かったことを考えると、現時点での最高の出来とは言えるのだろうけれど。
そう思ったのは私だけではない。自分の演奏に納得がいっていないのか、ショールも微妙な表情である。音は間違えていないはずだが、それでも気になる部分があるのだろう。
画面の中で、音もなくふっと登場人物が増える。
私に瓜二つ、というかこうして見ると見分けが付かない。私の映し身の鏡花だ。
実は今回、鏡花にも撮影に協力してもらった。曲が別れの曲なので、初めから最後まで私一人だと演出として無理がある。いや別に変とまでは行かないのだが、どうしても納得できなかったので、演出と振り付けは二人いる前提になっている。
やる前は不安だったのだが、彼女に踊りを教えるのは意外にもすんなりと上手くいった。おそらくだが映し身は、召喚者の動きを真似るのは得意なのだろう。
元踊り子なので出来るかと思ってエリカにも遊び半分でやらせてみたら、こちらは新しい振り付けを覚えるのが難しいようだった。元々できていた振り付けは綺麗に決まるのだが……。
それでも少しずつできるようにはなっていたが、流石に今回は間に合わなかった。
もし鏡花も出来なかったら、フランか誰かを捕まえなくてはならなかっただろうから大助かりである。フランがこれを覚えられるかはちょっと怪しかったからね……。
それに同じ人物が二人いるというのは、水のステージの神秘的な情景ともマッチしていて悪くない演出だと思う。
私達はそれぞれ真剣な眼差しでスクリーンを見詰める。
そして、コンテスト用にやや短くまとめられた曲は終盤に差し掛かった。
「おおー、思い付きだったけど綺麗にまとまったね」
「これ考えた人天才だよねー。まぁラクスなんだけど」
ユリアと小声でそんな言葉を交わす。
曲が終わり、鏡花が消えて私も動きを止め、水のステージの向こう側からは朝日が燦然と輝く画面で動画は停止した。
この世界の夜明けと日没は現実のものより劇的である。
何と言っても現実の4倍速だからね。空が白んで太陽が顔を出すまでが非常に早い。今回はそれを演出に取り入れた。
星空から始まったステージは、夜明けと共に幕を下ろす。明け方の別れに相応しい演出ではあると思う。別れの曲にはちょっと前向き過ぎるかなとも思うが。
ちなみに正に幻夜の舞踏……なのだが、衣装は新しい方のアルメである。夜中に黒い服だと目立たないんだもん……。
演奏する曲が決まった直後にこんな演出を思いついたが、そこそこ成功しているようで嬉しい限りだ。
何と言ってもこの演出のせいで、本番と同じ設定で練習できたのは一度だけ。
他の練習は場所こそ同じだが、ストップウォッチで日の出までの時間を計測するという方法でしか通し練習を行えなかったのだ。我ながら演者泣かせの演出である。
私は一応動画を巻き戻してリピート再生に設定し、ユリアを振り返る。
「結果は他の作品見てみないと何とも言えないけど、多分今出せる最高の作品ではあると思うな」
「そう?! カメラアングル駄目じゃなかった!?」
「が、頑張ってたと思うよ。少なくとも、見せたい所は映っていたかな……」
不安に駆られて身を乗り出すユリアの勢いに、私は少し仰け反る。
動画の編集には詳しくないのでこれをどうすれば格好良くなるのかは分からないが、それでも舞手として表現したい部分が映っていないということはなかった。個人的には悪くない出来だと思う。
「ラクスさん、綺麗ですね……自分、感動しちゃいました……」
「素晴らしい出来ですわ。これはもう優勝間違いなしですの」
一部、やや過熱しすぎな反応のような気がするが、それでもここに居る全員が高評価。
後は、審査員の受け取り方次第だろう。
私はもう一度ユリアとショールに向き直って、笑みを浮かべた。
「二人共、お疲れ様。いい出来だよね」
「……うん。うん! そうだよね!」
「改善点は色々ありますが、どれも一朝一夕ではどうにもならないでしょう」
私達はしばらくお互いの活躍を称え合うのだった。
タイトル回収です。
コンテストが一段落したら最終回にしようかなと思ったりもしてます。
一応その先も考えてはいますが、毎日投稿したりはしないかもしれません。