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友達

 ラクスの自室に戻った私は、ぼうっと天井を見上げていた。

 一人で寝るには少し広すぎるベッドは、微かに甘い香りがしている。最近はラリマールのお菓子を食べてから寝ているので、おそらくはそのせいなのだろう。


「はぁ……」


 私は寝返りを打って壁に向く。シックな色合いの木材が、ぼんやりと私の姿を反射していた。


 どうすれば良かったのだろうか。

 半ば答えが決まっている、曖昧な問いを自問する。


 答えは簡単だ。

 踊ればいい。動画コンテストに参加すれば、紗愛ちゃんもショールも喜ぶだろう。

 しかし、そうと分かっていても踏ん切りがつかなかった。

 友達の喜ぶ顔が見たいと思いながら、私は一人でステージに上るのがどうしようもなく怖いのだ。


 ソラがそこにいないのが怖い。

 真剣になって否定されるのが怖い。

 一人で結果を受け止めるのが怖い。


 私にとってダンスとは、ソラとの思い出その物だ。

 ソラと一緒に頑張ったことで、ソラが居なければ始まらなかったことで、そしてソラと同時に(みずは)が失ったこと。

 それをもう一度、一人でずかずかと踏み荒らして楽しむ勇気なんて私にはなかった。


 でも、そうして欲しいと願う人が居る。

 その人達の事を、私は好きなのだと思う。ソラと比べてどうかなんて話じゃなくて、彼女らも大切な友達だ。それは間違いない。


 それでも踊ることに抵抗があるのは、私に勇気がないだけなのかもしれない。

 私が一人で踊ったところで、何かが変わるわけではない。当然、思い出が消えてなくなるわけでもない。

 しかし、それでも……。


 それからどれだけの時間が経っただろうか。

 静まり返った夜の部屋に、ノックの音が転がり込む。

 私はしばらくじっと横たわっていたが、二度三度とノックは続き、やがて痺れを切らしたのか小さく音を立てて扉が開いた。


「ラクス、入るよ」

「……ユリア?」


 予想外の声に扉の方を振り向くと、そこには銀の鎧を身に纏った姫騎士の姿があった。彼女の後ろには、やや俯き気味のショールの姿も見える。


 流石に不貞寝を続けるのは難しそうなので、一応起き上がって彼女たちを待つ。

 ユリアは私を見て小さく微笑むと臆せずに進み出て、そして私の隣に腰を下ろした。柔らかなベッドが沈み、彼女は私にピッタリと寄り添う。


「聞いたよ。ごめんね。私が変な事言っちゃったから」

「……別に」


 別に。別に何だと言うのか。

 自分でも分からない拒絶の言葉が口を衝いて零れる。

 そんな私に彼女は苦笑を見せた。


「昔みたいだね、その態度。中学の頃は、いくら話しかけてもそんな反応だった」


 そういえば、そうだったかもしれない。

 リハビリが一段落して学校に復帰した直後。報道関係者と医者以外で私に話しかける人間は、紗愛ちゃんくらいだった。


 ファンレターまでくれた彼女の姿を見る度に、ソラとの思い出が鮮明に蘇って苦しかったのを覚えている。色々と不自由していた私に親切で色々な事をしてくれたが、そのどれもが鬱陶しくて苦手だった。

 憐れまれているという事実も、その同情に頼らなければ生きていけなくなった自分自身も、悔しくて惨めで……あの頃は毎日心が苦しかった。

 誰も、紗愛ちゃんでさえもその惨めさを理解してくれなくて、私はただただ態度の悪い人間に見えていたことだろう。折角の好意を不満そうな顔で受け取る嫌な奴と。


 それでもソラさえ居てくれれば、この生活にも耐えられたのかもしれない。毎日そんな事を考えていた。


「あの頃はね、とにかく必死だったんだ、私」

「え?」


 彼女の予想外の言葉に耳を疑う。

 私の反応に、ユリアはやや苦い笑みを浮かべながらも言葉を続けた。


「憧れの人が困ってるから助けなきゃって、相手の事なんて何にも考えずに手を差し伸べてた。払いのけられても何度でも。

 今なら分かるよ。きっとあの頃は、私に助けて欲しくなんてなかったんだよね」

「……そう、だね。あの頃は、ううん。今でもソラに助けて欲しいって思う」


 それは気持ちの問題で、実際に困っていたのはもっと物理的な問題だったのだけれど。

 だから別に紗愛ちゃんが間違っていたわけではない。

 彼女がやらなければ、きっと他の誰かが嫌な思いをしながら私を手伝わなければならなかっただろうから。それがたまたま、私の事を考えてくれる人が身近に居たというだけの話で。


「最近、よく昔の話をするようになったよね。青柳さんの話も。私すごく嬉しくて、だから……また、大切な事を間違えちゃう」

「……」

「きっと、簡単には割り切れない大切な事なんだよね。それなのに軽々しく頼んで、本当にごめんなさい」


 どうして、どうしてそんなことを言うのか。

 悪いのは私のはずなのに。いつまでも思い出にしがみ付いて生きている、情けない私の所為なのに。


 私は彼女の謝罪にどうしても何かが言いたくなって、急かされる様に自分の感情を吐露する。


「違う、違うよ。いつまでも怖がりな私が悪いの」

「どうして?」

「……真剣にやったことが人から評価されるのが怖い。それを一人で受け止めるのが怖い。ステージに立つのが怖い。……今まで、二人でやってきた事だったから」

「そっか……」


 私はもう諦めた。

 いや、ずっと前から諦めていた。

 それなのに、ここでなら、ラクスならもう一度踊れると気が付いて、少しだけ昔の夢を思い出してしまった。


「楽しく踊るだけじゃ駄目。でも真剣に取り組むのも怖い……ねぇ、私はどうしたらいいの?」


 私の左手を優しく握っていたユリアに縋りつく。

 ユリアは目を閉じてじっと私の話を聞いていたが、急に立ち上がって胸を張った。


「うん。じゃあ、私も踊るよ!」

「え?」

「ラクスは踊りたいけど、一人じゃ嫌なんだよね? なら私も踊る。いや、踊りじゃなくてもいい。何でも協力するって言ったでしょ?」

「それは……」

「とにかく、もうステージの上で一人になんて絶対にさせないよ」


 紗愛ちゃんは私の両手を取ってそうはっきりと宣言した。


 一人にさせない。

 たったそれだけの言葉が、すっと胸に入って来て私の心を震わせる。


「あの、ラクスさん。私も、あなた一人に責任を負わせる気なんてありません」

「ショール……」

「だから、その……勇気を出してください。あなたはそんなところで俯いていていい人ではありません」


 じっと私達の話を聞いていたショールも、座っている私に目線を合わせてそうはっきりと言い聞かせた。


 そうか……私、ずっと勘違いをしていたんだ。

 ソラが居ないからって、私が一人で全部やる必要なんてなかった。

 私には仲間がいる。頼りになるとか、信頼できるとか、そういうことじゃなくて、きっと私と一緒に喜んだり悲しんだりしてくれる友達が。


 それはどんなに心強くて、そして喜ばしい事なのだろう。


 さっきまで泣いていた星空は、徐々に朝日に塗りつぶされている。

 しかし、私は知っている。

 また夜は来て星空は顔を見せるし、これから来る太陽も青空もきっと私に優しいのだと。


「ありがとう、二人共……少し、お願いしてもいいかな。コンテストのためにやって欲しい事があるの」


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