食事と出会い
食事。
生命維持に必要な栄養素を摂取すること。現実では生きるために必要な事であり、それと同時に娯楽でもある。
しかしこの作品の中ではどうだろうか。
口に物を詰め込めば増える満腹度、全体的に味の薄い料理、そして何よりいくら食べても満たされないお腹……。
正直に言おう。
私はこの作品に食事という要素は不要だったと考えてしまう。
なぜそんなことを言うのかと言えば、『満腹度減ったしお金もある。ちょっと高そうなお店に入ってみようかな?』なんて考えたことを、悔いている真っ只中だからである。
「もう要らない……」
サクラギの街の商業区の中央にある食事処、“花咲く翁”。落ち着いた、やや和風なこの店は、店員も客もNPC。私以外のプレイヤーの姿は見当たらなかった。
そこで私は、食べても食べても減らない料理に泣きそうになっている。
目の前には大きなテーブル。その上には大皿に盛られた団子や、スープ、卵焼きなどがそれぞれ十人分くらいはありそうなほど並んでいる。おすすめメニューにあった“翁の自慢 満腹フルコース”である。
ようやく一皿食べ終えた私は、胃に何かが入っている感覚すらないのにも拘らず、手に持ったフォークが止まっていた。
「全体的に味付けが薄い……ほんのり甘いけど沢山は要らない……」
それでも何とか気力を振り絞り、鍋ごと持って来たんじゃないのかと思うような大きさの卵焼きを切り分けて口に運ぶ。ふわりと甘い香りが口の中に広がり、柔らかな食感が口一杯に広がる。美味しい。美味しいのだが。
飲み下した瞬間に、卵焼きはどこかへと消えてしまった。
「……この、食べてるのに食べた気がしないのさえなければ……。いや、お腹が膨れたら、それはそれでこんなに食べきれないんだけど」
残すことも考えたのだが、ゲーム内のNPCの店とは言え失礼だろう。私はそんな良心から席を立てずにいる。
やや不作法だが、システムから動画サイトを立ち上げて無心で手を動かす。お腹にはたまらないので気分転換しながら食べれば何とかなるかもしれない。
それにしても本当に量が多い。“満腹”という名前に釣られて注文したが、立食会みたいなパーティ用……いや、もしかすると5人パーティの満腹度を0から100にするために必要な量なのかもしれない。
一皿目で既に100だったことは覚えているので大体計算は合う。
私は来季のアニメの告知映像や主演と監督のインタビュー映像を見ながら無言で手を動かす。見入るとつい手が止まってしまうのが難点だが、もしかしてこれアニメ見る時何か摘まんじゃう癖があっても太らないという画期的な手法ではないだろうか。
私はそんな益体もないことを考えながら二皿目を完食した。
そんな時である。来客を告げるドアベルが鳴る。丁度動画が途切れたところだった私が何気なく確認すると、青アイコン。プレイヤーだ。
その二人組は店内を見回すと、中央に近い席に座り店員に注文を……
「あの!」
する直前で私の声が遮った。
話しかけた理由は当然、
「食べるの手伝ってくれませんか?」
***
私は巨大な絵皿の三皿目を、件の二人はそれぞれ一皿をフォークでつついている。
「すみません、変なお願いしちゃって」
「大丈夫大丈夫。タダご飯なら嬉しいくらい。……というか、私達がこのフルコースを“二個分”注文する前に止めてくれてむしろありがとう……」
そう言って蒸した鳥をパクつくのは“なたね”さん。黒い髪をポニーテルにした黒ずくめの女の人。多分人間。ショートローブ……というか生地の薄いパーカーに白いブラウス、ネクタイ、チェックのミニスカート。
一見快活そうだが、話してみると結構落ち着いた人であることが分かる。もしかすると見た目よりずっと年上なのかもしれない。
「感謝感謝」
その隣で蒸しパンを千切っているのはロリータファッションの少女“ティラナ”さん。おそらく身長を最低に設定してから体のバランスを整えるように作ったアバターであろう、その腰には鳥人であることを示す羽が生えていた。今まで鳥人とすれ違うとこくらいしかなかったが改めて見ると綺麗な羽だ。ちなみに飛べはしない。
羽の色に合わせた深い紅のドレスが似合ってはいるが、その恰好で動きやすさはどうなのだろうか? 鳥人は確か、物理系の能力を犠牲に敏捷性を上げる成長をするはずなのだが。
「お二人はどうしてこのお店に入ったのですか?」
無心で皿の上の物を口に運びながら、会話が停滞しない様に何とか話題を振る。一通り自己紹介は終えた。後は何を話そうかな。スケルトン何体倒したかとか?
やはり共通の話題と言えば天上の木の話だろう。しかし私は世間話ができるほどこの世界に詳しくない。
「お、私達? まぁその……」
ナタネさんは私の言葉に戸惑った様子を見せ、チラリと隣を窺う。もしかすると私、言いづらいこと聞いてしまったかな。
しかし、その視線を受けたティラナさんは特に気にした様子もなく蒸しパンを食べ続けていた。
「別に彼女に聞かれて困る事はない」
赤い羽をパタパタ動かしながらパンを食べるティラナさん。ユリアのような獣人の耳と尻尾もそうだが、獣人と鳥人の“こういう部分”は良く動く。今更キャラを作り直すつもりはないが、心理状態を反映するように動くらしいこれ、結構かわいいのだ。特に獣人は見た目人気もあり、能力補正も悪くないので人口が多い。
「まぁ、それもそうだね。私達はね、このお店の秘密を調査しているんだよ。正確にはお店の裏にある謎の入り口なんだけど」
ティラナさんの言葉を受けて頷いたナタネさんは、ちょっと声を潜めながらそんな話をする。
「謎の入り口?」
「そうそう。元々はサクラギの街にある不自然な建物を探してたんだけど、このお店の裏の路地に謎の地下への扉を発見してね。お腹も減ってたし、何かヒントでもないかなと思って入ったんだ」
彼女が言うには、二人は天上の木を同時期に始めたプレイヤーらしく、始めた直後からあまりに広いこの世界にすっかり魅了されてしまったらしい。偶然出会い意気投合した二人は、この世界を片っ端から堪能することを決意。
手始めとして、この街の建物に隠し部屋がないか調べて回っているようだ。
「このゲーム、プレイヤーが好きに入れる建物あまりないから、商業区から探してる」
「実は他のお店とかにも、いくつか謎の間取りをもう見つけてるんだ。けど、どれも肝心の入る方法が分からないんだよねー……」
「へぇ……」
お店に謎の空間か。バックヤードや居住スペースの他に用途不明の謎空間があるというのは興味深い。彼、女らは、他にも色々とマップのメモ機能に書き込んでいるらしく、見せてくれたマップにはピンが大量に刺さっていた。
二人は特にあそこが怪しいだとか、いやこっちの方が入れる確率が高いだとか言い合う。ティラナさんは無口そうな見た目に反して楽しい話題では結構饒舌に話すタイプのようだ。そんな二人の姿がどこか、今はいない友人二人と重なって、微笑ましく思えた。
ふと、二人に話してもよさそうな話題があったことを思い出す。食事の衝撃が重すぎて忘れていた。ちなみに話している間も、料理はずっと食べ続けている。現実と違ってコツを掴めば喋りながら食べるのも簡単である。
「もしかしてサクラギ商会の倉庫……なんて知っていたりしませんか?」
「倉庫? あー、何かいくつかあるよね」
「見つけたのは5ヶ所」
ティラナさんが教えてくれた場所と、自分のマップに示されている位置を見比べる。しかし当然というか、5カ所すべての倉庫が合致してしまう。そう簡単にはいかないようだ。
「なら、所有者不明の古い倉庫とか……」
「うーん……あったかなぁ」
「倉庫を民家と見間違えてる可能性は否定できないから「ありません」とは断言できない。それより、あなたの話は……」
彼女はそこで言葉を区切ると、蒸しパンを口に運ぶ動作を止めて私を見詰める。
「6カ所目の倉庫がある。……その事を確信しているように聞こえる」
それだけ告げると再び蒸しパンを食べる作業に戻っていった。別に隠していたわけではないのだが、どうやら情報を出し惜しみしながら探っているように思われたらしい。
……というか、それに気付いていてズバリと言い当てた探偵のような、かなり芝居がかった口調だ。きっと、露店を開いた昨日の泥団子も、“こういうこと”をしたかったんだろうな。何というか呆れるというか微笑ましいというか。
私はインベントリからあの鍵を取り出してテーブルに置く。ちなみにこの作品は他人から物を盗むことはできない。譲渡というシステムを介さなければ所有権が移動しないのだ。
「サクラギ商会のジロさんから預かった物です。先代の古い倉庫の鍵だとか」
「場所が分からなくなって鍵だけ残ったってことかぁ。うーん……っていうか、ジロって誰だっけ?」
「商会長」
「「あ、そうだったの?」」
「何であなたまで知らないの!」
ティラナさんの言葉に周囲の客の目が向くが、すぐに子供のしたことだと思われたのか視線は散っていった。
言われてみればジロさんとは自己紹介もしていなかったな。自分の近くのキャラクターは頭上に名前が表示されるので全く気にならなかったが。
私達はそれから、あそこが怪しいだとかそれっぽい建物はなかっただとか、ああでもないこうでもないとまだ見ぬお宝の在処について語り合うのだった。