下方修正
半年記念の最終アップデートが発表されてから一週間が経過した。
その間私はと言うと、コツコツと第3エリアの神域の試練を突破している。
適正レベルに比べるとやや低いが、フランと泥団子の協力と潤沢な回復リソースで無理矢理突破することができた。
中でもカナタの活躍は凄まじいと言えるだろう。一人で回復、攻撃、防御と何でも熟してしまうほどである。元々光有利のダンジョンでは目覚しい活躍を見せていたが、属性の縛りが無くなって、もう誰にも止められなくなってきている。
私達は砂漠の神域を突破するのに3日、他の神域にそれぞれ2日かけて試練を攻略した。
当然と言うべきか、そんな無理な攻略を続けた私達のレベルは急上昇し、最後の神域を攻略する時には適正レベルにギリギリ足が届いていたほどである。
そんな私の職業レベルは93。そろそろレベルカンストも夢でなくなってきているが、最近は他の職業からスキルポイントを絞っていないのでスキルツリーはまだいくつかスキルが残っている状況だ。
ちなみに種族レベルはまだ67なので、100までは程遠い。こっちは気長にやるしかないだろう。
そして今日、月曜日の放課後に教室でデバイスを操作していた私は、半年のカウントダウンイベントと同時に発表されたアップデート情報を見て愕然とした。
「そんな……」
「予想通り」
隣の汀さんの席に座ったフランが、私の画面を覗き込んでそんな言葉を告げる。
彼女はいつもこういう細かい調整を確認する方ではないのだが、どうやら私が落ち込んでいたから気になったようだ。
「いや、これは予想以上の措置だよ……」
そこに書かれていたのは“一部スキル、ペットシステムの仕様変更について”という見出し。
書いてある内容を要約すると、運営の意図しないバランスになっていたから下方修正するよと言う内容なのだが、その内容が酷い。
たった一点の制限。
しかし私からするとあまりに重い制限だった。
それは、複数召喚の制限。
今までは、常駐型のペットモンスターだろうと召喚魔法だろうと、MPや召喚時間が許す限りは何体でも戦場に送り出すことが出来た。
しかし前回のペット編成数の増加によって、これがゲームバランスを悪くしているという判断が下ったらしい。
タンク系のモンスターを前線に送り出して遠隔攻撃するという戦法が嫌われたのかもしれないし、カナタの召喚獣を同時召喚して高レベルの雑魚を安全に蹴散らしていた私みたいな奴が気に障ったのかもしれない。
とにかく、今まで際限なかったのが、ペットと召喚系は一体までしか同時に召喚できないという制限が追加された。
これが厳しい。
カナタが大幅な弱体化するのは当然として、私個人も鏡花と他の二人を同時に呼び出すことが出来なくなっているはずだ。最近は鏡花と連携しつつ他の二人に援護射撃してもらうという構図が出来上がっているので、その戦法が取れなくなったということになる。
ちなみにフランは早々に装備系のモンスターを取って来ているので影響が少ない。
元々ペットシステム実装時から召喚を得意にしていなかったのもあって、あまりピンと来ていないのだろう。映し身もイベント塔で育成したっきり使っていないようだし。
私から見ると、折角育成したペットモンスターがほぼ無駄になってしまったという状況に近い。
どうしても召喚する枠が一体だけだと映し身選んじゃうもんなぁ。他の二人の獲得と育成が無駄に……いや、魂は気付いたら持ってたし、育成も傭兵のペットと同時だったからそこまで手間になっているとは言い切れないか。
私は映し身よりも面影や硝子細工を優先すべき戦況や作戦を考え、そして諦念のため息を吐いた。
「ちょっと残念なバランス調整だなぁ……」
「皆そんなに気にしない」
「そうかなぁ」
フランの発言に首を傾げる。結構重大だと思うんだけど……。
多分荒れているだろうなと思って掲示板を開くと、そこは予想と違って冷静な反応を示しているプレイヤー達もいた。
反応は半々くらいだろうか。フランと同じく気にしていない人も意外に多い。
反対派の意見は、ペットモンスターを主軸にした今までの戦略が取れなくなること以外にも、常駐型のペットと召喚魔法の同時使用が不可能になったことを嘆いている人もいる。
賛成派は、召喚型のペットが脚光を浴びることを予想してワクワクしている人や、単純に召喚もペットも使っていなそうな人、そして放置狩りの規制に喜ぶ人までいる。最後の人は反対派は全員放置狩りで楽しているプレイヤーじゃないかと疑いまで持っているようだ。
まぁ放置狩りとまでは行かないが、事実私は神域で似たようなことをやっていたので何も言うまい。
私が思っていた以上に、プレイスタイルによってどの程度影響があるかはそれぞれなようだ。ペット枠を装備型や通常のアクセサリーで埋めている人も居るし、召喚系の魔法は習得者も使用者も少ないのだろう。
攻撃手段が召喚魔法オンリーな職業、光の巫女が隠し要素なのもあってか、見れば見るほど私が一番気にしているんじゃないかという印象である。
「私、何のために試練突破したんだ……」
「よしよし」
デバイスを放って机に突っ伏した私の頭をフランが撫でる。
言われてみれば確かに、常駐するペット二体と召喚型のペット一体で編成している人、私以外に滅多に居ないもんなぁ。鏡花との連携の距離が近いことや、他の二体が後方からの火力支援なので分からなかったが、普通は1人で4人分も場所を取ったら邪魔なのだ。
フルパーティが5人なので、もし全員がその戦法を取ったら20人分と言うことになる。
流石にここまで極端だと私にも理解できる話だ。
明らかに多すぎる。もちろん私のパーティメンバーは基本的に傭兵なので、どう頑張ってもそこまで増えることはない……はずだ。
あれ、無いかな? 私が4人、シトリンとラリマールとショールが6人で合計10人……あ、カナタの召喚獣が今9体で、本人とペット合わせて最大21人分場所取るね。多いね。
「でもなぁ……」
私は流石に戦力半減とまでは行かないが、カナタは正直半減以下である。
一体ずつ出せるだけでもマシかな……でも召喚獣ってどちらかと言うと質より数で押すタイプの戦術が得意なスキルなんだけど、そういう作品にしたくないということなのだろうか。
「んー……まぁ神域攻略に間に合ったと思うことにしようかな……」
この調整が一週間前に来て居たら、間違いなく神域の攻略はできなかっただろう。それほどまでにカナタが活躍した戦闘だった。
私はそう区切りをつけて起き上がる。
この制限は決定事項なのでこれ以上考えても仕方ないのだ。その内召喚系が弱すぎるという話で撤回されるかもしれないしね。
「問題はむしろこっちなんだよね」
「出たらいい」
「簡単に言うよね……」
まぁ事実、フランからすると簡単な話なのかもしれないけれど。
今日から動画投稿コンテストの受付が開始された。
来週の日曜日まで公式サイトの投稿フォームから動画を投稿できるようになっている。どうやら早速いくつもの動画がアップロードされているらしく、動画数のカウントは既に四桁を突破していた。
私も出るならそろそろ準備をしないと間に合わないのだが、どうにも踏ん切りが付かない。
私は日に日に足が速くなっている西日を見詰めて、ため息を吐く。
多分、私は迷っているのだ。
私はもうあの頃の熱量も技術も失ってしまっているし、ラクスにとっては初めての経験だ。
結局その日も答えは出ないまま、私は自分の家へと帰宅した。