大会の話
「えーっと……最強王者決定戦?」
「そ。運営主催のPvPイベントがあるんだって」
私がユリアに見せたのは、大会のルールや優勝賞品が載っているページ。
実は今までもプレイヤー主催のPvPの大会はあったし、結構な規模の大会が行われていて優勝者や準優勝者が一躍有名人になったりしている。
それの更に規模の大きな、そして優勝賞品が高額な大会が、運営の主催で執り行われることになったのだ。
ユリアはじっとそのページの内容を読み、そしてテーブルを叩いて立ち上がった。
「んー……なるほど! 私と一緒に出たいって話だね!」
「え? 違うけど……」
「違うの!?」
「ユリアPvP好きだったでしょ?」
「違うよー……」
私の予想は外れていたのか、ユリアは落ちる様にソファに体を預けた。どうやら別に好きではなかったらしい。昔ナタネと一緒に結構遊んだはずなのだが。
この大会にはいくつかの試合形式がある。
まず1対1の試合には、レベル制限50の中級者用、レベル制限15の初心者用、そして上級者用の無制限の大会がある。
レベル制限は一定以下のレベルだと参加できないという訳ではなく、試合中のレベルが下がるシステムである。ちなみに使用できるスキルにも制限があり、レベル制限15なら下級限定、50なら中級以下のスキルしか使用できないらしい。
当然レベルが下がると能力値が下がり、装備制限に引っかかって自由に装備も選べなくなる。装備制限に関しては高級素材で実験した結果、色々と抜け道があるのは分かったが、それでも補正値の高い装備は装備できない。
まぁいきなり下がった敏捷性で十全に動けるのかは甚だ疑問ではあるので、普通に限界値近くのレベルのプレイヤーの方が有利そうではある。
個人的には興味深い大会だ。PvPには覚えもあるし、予選くらいは出てみたい。
「私達が出るなら無制限かな。種族レベルは足りてないけど、職業レベルは頑張れば大会までに90行けそうだし」
「私もやりたい」
「お前ら、ホントそういうとこ似てるよな……」
大会への意欲を示した私とフランを前に、泥団子が微妙な表情をする。半分、いや、半分以上支援職である彼には1対1はやや不利なルールだから仕方ないかな。
そんなことを考えながらページをスクロールする。
「泥団子なら2対2か5対5がいんじゃないかな。カジキさんとか連れて出てみれば?」
「いや、そもそもPvPの良さが分からん。エネミー戦の方が楽でいいだろ」
「え……」
「……?」
「二人して信じられない物を見る目で見るんじゃない!」
どうやらそもそも、彼には戦闘の楽しさが伝わっていないらしい。悲しい事だね。あの、ひりつくような緊張感がいいんじゃないか。
フランはPvP未体験のはずだけれど、そもそもこの作品を始めるきっかけは私の戦闘動画である。その辺りの感性は、言われてみれば確かに私に近いのかもしれない。
出ると決まれば、やることは多い。この第3エリア、いや第2エリアの上級ですでに十分な耐久値を下回っている事が判明した、絡繰夜桜の改良も必要である。前回は金属部分をマツメツさんに手伝ってもらったが、今は自分で金属加工ができるので色々試したいことが満載だ。
私の腕力のステータスも伸びて装備重量にも空きが出来てきたことだし、あの時から考えてはいたが実現不可能だった様々なアイディアも今なら可能である。
「無差別1on1の優勝賞品は一千万カペラと記念トロフィー、記念の称号かー。賞金高いね。この家二軒買える?」
「流石に一軒しか買えないよ……。まぁそもそも、私達から優勝者出すのは無理だと思うなぁ」
「優勝したい」
「フラン、自分が1対1それなりに弱い性能だって気付いている……?」
フランはやる気に満ち溢れているが、それは少々難しい。
魔銃使いが、と言うより銃がシステム的に1対1に向いていない。
どうしても連射性能の低さが足を引っ張る。先制攻撃で勝負が決まる私のような紙装甲ばかりではないのだから。
多分だが、ユリアと組んで2対2に挑んだ方が勝率がいいだろう。
魔銃使いは物理と魔法の両面の火力が高く、攻撃も当てやすいので対人のダメージは期待できる。特に、フランの腕前ならユリアの相手をしている前衛や、魔法を使う後衛の弱点部位を撃ち抜くなど造作もないだろう。
やや苦手そうなのはハヤブサに代表される高速射手系だろうか。弓の方がリーチに分があるので、速度とリーチの差を押し付けられると結構辛そうだ。
私が大会のための準備の算段を練っていると、そのままブラウザを操作していたユリアが控えめに私を窺う。
「ねぇ、ラクス」
「ん?」
「……こっちは出ないの?」
彼女はそう言って、私にとある画面を見せた。
そこにはリリース半年記念の動画投稿コンテストの開催と書かれている。
体感型の映像記録ではなく、平面の画面に写すための動画を公式サイトの投稿フォームからアップロードしてその出来栄えを競うコンテスト。サンプルにはこの世界の絶景の映像が流れている。
コンテストの優秀作品は、この作品の公式の広告に使われるという文言まで記載されている、ある種“本気”のコンテストである。
一応やる事だけは把握はしていたが、思っていたよりも大きなコンテストのようだ。
大賞に選ばれると、何と現金と最新のVRマシンが貰えるらしい。ゲームの賞品がゲーム機なんて……と少し思ってしまったが、最新機種のハイエンドモデルでゲームをプレイしている人はそんなにいるはずがない。私とフランがおかしいのだ。結構な参加者が景品目的で競うことになるだろう。eスポーツ……ではないか。どちらかと言うと普通に写真コンテストか。
運営の審査だけではなく、プレイヤーからの投票もある。投票数が多いとちょっとした景品がもらえるようだ。まぁ、プレイヤー投票は有名人が票を集めて終わりだろう。私は名前だけは売れているけれど、人気があるとか有名人かと問われれば疑問が残る。
この景品はユリアが欲しそうなのは分かるが、何の目的でこれを私に見せたのだろうか。
「これに出ろってどういうこと?」
私はユリアの言葉が今一つ伝わらず、首を傾げる。絶景と言えばあのカズラの神域の人魚のステージくらいしかパッと思いつかない。しかし神域のような人気スポットではテーマが被る事間違いなしである。
ユリアは私の反応をじっと見つめていたが、しばらくすると意を決した様に口を開く。
「これ、踊らないの?」
「あ……」
私はユリアの、紗愛ちゃんの真剣な目線を受けて、ようやく彼女の意図に思い至った。
記載されている注意事項には、動画を投稿する際に出演しているプレイヤーに確認を取る事や、公序良俗に反しない事などが書かれている。違反が発覚した場合は受賞を取り消すそうだ。
また、NPCやモンスターなどの撮影はほぼ無制限。性的な映像やあまりに暴力的な映像だと前記の規定に違反するので限度はあるが。
これは何も、絶景の写真を良いカメラアングルから撮って来るだけのコンテストではないのだ。
プレイヤーがパフォーマンスをして悪いとはどこにも書かれていない。
そうか。私ここでなら、人前で踊れて、それが評価されるのか。
気楽に踊るのとは違う、審査員の“受け”を狙った真剣な表現。それは私がずっと忘れていたもので、ラクスにとって初めてのものだった。
「……」
「その、できる事は手伝うよ。私、あんまり役に立たないかもだけど……」
遠慮気味にそう言って俯くユリアを見て、私は少し躊躇う。
気が進まないなら断ればいい。しかし、きっと紗愛ちゃんは楽しみにしている。
踊りたいなら踊ればいい。しかし、きっと私は大切なあの情熱を忘れてしまっている。
……答えは出ない。
「その……少し、考えさせて」
結局、深い沈黙の後にそんな言葉を呟くのが精いっぱいだった。
ユリアはそんな私に優し気に微笑んで首を横に振った。
「ううん。こっちこそごめんね。余計な事言っちゃって……」
「……」
答えは出ない。
果たして今の“私”は、踊ってもいいのだろうか。
時折、朝とか深夜とかに急に一時間だけPV数が伸びることがあって疑問だったのですが、よくよく考えてみればこの作品を一人の方が一から最新話まで読んでもらえるとそれだけで137PVも伸びるのですよね。何も不思議じゃなかった……。