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リリース半年記念アップデート

「あー、もうリリース半年イベントなんだねー。早い」

「相変わらず情報に疎いな、お前は……」


 日曜日の昼下がり、朝焼けの見える景色に一瞥もしない私達は、応接間で揃ってお茶を楽しんでいた。メンバーはいつもの私とユリア、泥団子、そしてフランの三人。


 ソファーに腰かけながらパクパクとパンケーキを口に運ぶ作業をしているフランの隣で、私はブラウザから公式サイトを開いている。

 今日は天上の木のリリース半年記念、その最後のアップデートが発表される日である。実際のアップデートはリリース半年の前日らしい。


 私は詳細情報が書かれたページを開く前に、興味なさそうにしているユリアに視線を投げる。


「ユリアは何だと思う? アップデート」

「んー……スキルの下方修正?」

「来そうだけど……来そうだけどそういうのじゃなくて……」

「半年を記念してバランス調整します、何て言ったら大荒れだっつーの」


 と言うか、バランス調整は何の前触れもなく来るからね……。私も召喚系全般に下方修正が来ないか戦々恐々している。折角カナタが強くなったのに三日天下では可哀想だ。


 私達はそれぞれ思い思いの予想をし合って笑い合う。

 そして全員の予想が出揃った時点で、私と泥団子は公式サイトのアップデート告知を開いた。


 そのページには大きく派手なフォントで“リリース半年記念イベント!”と書かれている。

 情報量が少ない上の方を飛ばして箇条書きになっている部分までスワイプすると、そこにはこの場の誰も予想していなかった文言が書かれていた。


「転生システム実装……?」

「? 現実からこの世界に?」

「いや、流石にそんな科学力ねーよ。あったら怖いわ」

「ふっ、ふふ……」


 ややピントのボケた質問をするフランに思わず吹き出す。その発想はなかった。

 口角が上がったまま降りてこないが、私は他のアップデート内容もざっと確認して、転生システムの詳細を見る。当然、実際に生まれ変わるわけではない。


 言ってみれば、アバターの再設定ができるシステムである。

 前にも話したが、今までスキルポイントや能力値の振り直しをするにはキャラクターを“再作成”しなければならなかった。この際、今まで獲得した経験値は完全に失われてしまう。アイテムはアカウントの共用インベントリに入れておけば失わずに済むが、それでも結構な損失である。


 今回新しく実装される転生システムは、このアバターの再作成をゲーム内で完結させたようなシステムだ。

 プレイヤーはアバターの種族とすべての職業レベルを1に戻し、スキルポイントや振り分けた能力値を元に戻せる。そして、アバターの姿を変更するのだ。もちろんしなくてもいいのだが。


 それだけだと再作成と変わらないが、レベルを1に戻した際に種族レベルに応じて能力値のボーナスポイントが、職業レベルに応じてスキルポイントが手に入る。

 つまり、限界まで強化したアバターを転生させればさせるほどに際限なく強くなっていくシステムだ。種族レベル100まで上げるには、相当やり込んでいるプレイヤーでもそれこそ半年くらい掛かるので、かなり気の長い話ではあるのだが。


 何だそれだけかと思うかもしれないが、実はそれだけではない。

 このシステム、傭兵にも適用されるのである。

 プレイヤーが作成した傭兵は、プレイヤーのアバターの転生に合わせて種族も職業も同時にレベル1に戻る。この時プレイヤーと同様に、本人の職業レベルに合わせてスキルポイントが貰えるので、ようやくスクロールをコツコツ集める以外の方法で傭兵のスキルをコンプリートすることが可能になったのである。

 手間は甚大だが。


「課金する人増えるだろうね」

「まぁ運営からすると、新規ユーザーはこれから右肩下がりだろうし、一人ひとりもっと金払ってほしいんだろうな」


 このシステムはどう見ても課金を促すシステムだ。泥団子の言う通り、運営としての目論見はそこなのだろう。別に転生自体にお金はかからないが。

 私達プレイヤーは、“経験値効率”を現金で獲得できる。私が初日に買った経験値ボックスは初心者用だが、実は5割くらい高い同じ内容のボックスが常に販売されている。きっとこれを使って育成しろという話なのだ。


 ただそれ以外にも、私としては中々見過ごせない効果も期待できそうだった。


「これ、きっと初心者用の装備に拘る人出て来るよね。今まで使ってた装備が装備制限で使えなくなっちゃうし……」

「あ、そっか! 敏捷性なんてレベル1に落ちたら酷いもんね。これ敏捷性の補正値上げる初心者装備バカ売れするんじゃない?」

「金とアイテムは持ったままだから、本当の初心者からは比較にならない金額を出せるな。つまり……」

「ぼろ儲け?」


 ……という訳だ。皆金勘定得意だね。


 ただ、実際にはどれだけの人が転生システムを使ってみるかは分からない。レベルと能力値の変換効率もこのページには書かれてなくて、実装されるまで分からないからね。

 そのため実際にどれだけの数が売れるのかは大きな疑問が残る。まだまだ一つ目のアバターの育成をしたい人も多いはずだ。


 しかしそれでも、大きな商機であることは間違いない。

 ……別にお金に困っているわけじゃないが、どうも最近こういう所に目敏くなってきている気がする。


「他のアップデートは何かないの?」

「転生に合わせて新しい種族の追加だって」

「え!? そっちの方が大事じゃん!」

「……ああ、ユリアはそうだろうね」


 ユリア、今新しい傭兵作ってる途中だもんね……。

 彼女の傭兵はあの二人に留まらず、私と同様に4人揃えるつもりであるらしい。いや、私の場合はカナタが自作のキャラクターではないので、その分一人多い計算だ。

 あの時一緒にミッションを(こな)したユリアにも、カナタの編成権限がある。

 フルパーティの最後の一人はカナタでいいじゃないかと思うが、おそらく彼女は“そのパーティ”に自分以外の女性が居ることを許容できないのだろう。多分私も入れてもらえないと思う。精々4人の中から傭兵を一人連れてきて、他の面子と5人パーティを揃えるくらいが妥協点である。


 そんな彼女がどうして2人までしか作っていないのかと言えば、単純に容姿が決定していないのである。

 最愛の旦那(三人目)は難産らしく、もうずっと考え込んでいるのだ。先にできた2人が人間だったので、3人目は知的なイケメンエルフにしたいのだとか。エルフだけど泥団子はイケメンじゃないからね。仕方ないね。


 当然新種族にも興味津々で、隣に座っている泥団子のブラウザを覗き込んでいる。体が近すぎてセクハラの警告が出たのか、すぐに顔を顰めて離れたが。


「一つ目は、天人(てんにん)?」

「防御が高くて攻撃は両面低い……見る限り、性能は悪くないよね。タンク限定だけど」

「見た目! 見た目の特徴載ってないの!?」

「ほら、ここにサンプルが載ってる」

「おおー!」


 再び身を乗り出したユリアが金髪を揺らしながら目を輝かせる。

 彼女が気にしている天人の見た目は、白い羽と光の輪っかが付いた人。ファンタジーによくいる天使だが、設定的に別に“御使い”ではない。見た目は鳥人に近いが、おそらく頭の輪が差別点なのだろう。

 色も自由で、白から黒まで自由に変えられるようだ。サンプルにはないが、鳥人の様に赤とか青とかにもできるかもしれない。


 うーん。見た目だけなら鳥人でいい気がするな。私は。

 しかしユリアは結構気に入った様子だ。ノリノリで次の新種族までブランザをスワイプして、笑顔のまま固まった。

 私もその種族の詳細情報を読み込んでいく。まぁ、好みではないだろうね……。


「え、小人……?」

「フェアリーだってさ。身長30㎝、最高2mまで飛行出来て、種族専用装備以外は装備不可。癖が強いって言うかなんて言うか……」

「能力値も攻撃魔力特化で他は軒並み低いな。MPまで下がるのが微妙な感じだが……」

「当たり判定小さいのは有利」

「それだけで判断できるなら、今もドワーフが一番人気の種族になって無きゃおかしいだろ?」


 フェアリーはそんなかなり変な種族である。普通の人間サイズで実装するとエルフと役割被るもんね。仕方ない。

 しかし、普通に魔法使いとしてのキャラクタービルド以外に使い道無いんじゃないのかなこれ。

 いや、専用装備って言う奴の性能次第かな。剣が他と遜色ないくらいの威力が出るとかなら踊り子として強そう。そう考えると何かちょっと興味出て来たな……。


 ちなみにユリアが期待を裏切られたフェアリーの見た目は、虫の翅が生えた小人である。エルフの様に耳が尖っていたりいなかったりする上に、翅も蝶から蜻蛉まで色々あるので、容姿は細かく変更できるようだ。サンプルは可愛い写真だが、正直これが恋愛対象になる人は少数派だろう。


 ユリアはテーブルに突っ伏して、ハーブティーをフランの方に押しやる。

 黙ってフェアリーの性能を読んでいたフランは、そのカップを持って口へと運んだ。ユリアが飲まないからって勝手に人の飲まないの。新しく淹れるから。


「はぁー……流石にこれはないなー」

「まぁまぁ、ユリアの好きそうなイベントもやるみたいだから元気出しなよ」

「イケメンパラダイス?」

「そっちじゃなくて」


 私はティーポッドを傾けながら、アップデートとは別のページを開いて見せた。


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