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ショールの趣味

 二学期が始まって最初の一週間が過ぎた。

 長期休み明けの勘を取り戻すための、ややスロースタートな授業も元の感覚を取り戻し始めている。そんな金曜日も終わり、今日は何だか久しぶりの様に感じる第2学期最初のお休みである。……休み、二日しかないのか。


 しかし、まだまだ残暑の厳しい外に出る気はまったく起きない。

 むしろ夏休みと違って毎日外に出ているので、たまには外で買い物でも……という気分にすらならない。


 そうすると必然的に家の中で過ごすことになり、当然と言うべきか私は朝からゲーム漬けである。

 午前中のいつもの時間にログインした私は、少しレベル上げついでに体を動かす。その後は、シトリン達の装備の調整だ。この一週間のレベリングで能力値が上がり、装備制限に余裕が出来たので改造で素材を変えていく。

 あまり気にしていなかったが、そろそろユリア達の装備も調整しないといけないかな。


 しかし、結構手間がかかる計算で時間を取ったのだが、装備の調整は思っていた以上に早く終わってしまった。


「……布もあるし、縫物でもやろうかな」


 やる事の無くなった私は、再びの衣装の作成に取り掛かる。

 普通の装備ではない。カリンとエリカ用の物だ。


 あの後色々と調べたのだが、どうやらペットモンスターの着せ替えには色々と条件があるらしい。

 脱げる範囲はモンスターの種類毎に決まっているし、そもそも服を着られないペットも居る。そういうモンスターは送還時に着ていた物を落として帰ってしまうのだとか。


 しかし、幸いなことに人型のモンスターならほぼ無条件で全員が着せ替え出来るそうだ。

 装備のサイズの補正が機能せず、装備を着用したからと言って能力値が向上するわけではないのが気になるが、それでも今この世界で服飾を生業にしている人達に注文が殺到しているのだとか。当然プレイヤー用の物より難しいので、素材の割りに値が張るらしい。手触りや見た目の良い布は装備の補正値が高くて値も張るので、見た目に拘り始めると非常に高い。

 しかしそれでも着せ替え衣装の依頼は後を絶たないらしい。獲得までにそれなりに手間がかかるためか、皆ペットに愛着があるようである。


 私は何種類か服を作って硝子(カリン)幽霊(エリカ)に着せていく。

 どちらも館の奉公人だったので、貴人が着る様なあまり豪奢な服を着たことなどないだろう。いや奉公人ではない私もこんな服着たことないけど。

 服を着せている間、妙にエリカがじっとこちらを見ているのが気になったが、言葉が交わせるわけではないのでとりあえずは放置である。不満そうという表情ではないので大丈夫だとは思う。


 ちなみに残念ながら、鏡花は着せ替えに対応していない。私が着替えると自動で着替えるしね、この子は。


 一人当たり十着近くの衣装を作ったが、最終的にはとある一着に落ち着いた。

 エリカは蝶の装飾をあしらった青と黒のドレス、カリンは色違いの赤と白のドレスだ。別に元の格好が嫌いなわけではないし、これからもたまに気分転換にまた着せ替えて遊ぼうと思う。


 私は作業台の前に置いた椅子に腰かけ、メニューから時計を呼び出す。


「まだ時間あるなぁ……」


 窓から外を見てもシトリンの姿は見えない。

 今は畑仕事ではなく調合部屋の方だろうか。調薬は手伝うと言ってもあまり役に立つ気はしない。手伝いはまた今度だな。


 私は他の傭兵が何をしているのかを確認するために作業部屋を出た。廊下には夜明け前最後の月明かりが差し込んでいる。


 甘い香りに誘われて、私達が最初に見つけたのはラリマール。彼女は調理場でドーナツを揚げていた。

 私達は彼女からいくつかドーナツを貰って、鏡花と分け合う。

 ちなみに残念ながらエリカとカリンは食べ物が食べられない。エリカは幽霊だし、カリンに至っては口と言う空間こそあるが、食道も気管も存在しないので口に物が溜まるだけである。当然唾液も出ない。


 3階のカナタの部屋では、カナタが真面目な顔で恋愛小説に没頭している。どうやらこれも“社会勉強”の一環らしい。

 邪魔するのも悪いので、私達はそっと扉を閉めた。


 シトリンは予想通り調合部屋に居た。

 ツンと鼻を刺すような刺激臭がする部屋で何かを煮ていたので、お疲れさまと声をかけてから退散する。元はあんな臭いんだな、あの薬。実際には胃の中に何も入っていないが、ドーナツ直後だと少々気が滅入る。


 そして最後の一人、ショールは家のどこにもいなかった。


「……出掛けてるのかな?」


 そう思ってメニューを開くと、現在の住人の状況がずらりと表示される。どうやらショールは今、離れの別邸で何かしているらしい。

 あそこはついこの前から戦闘スキルの実験場に変貌しているので、おそらくは訓練か何かをしているのだろう。


 私は綺麗に咲き誇る花畑を横目に、離れへと向かう。

 風が花の香りを運んで、鼻孔をくすぐる。やや香りの強い、生花の匂いだ。

 歩きながらその見事な花壇を見れば、家の購入時とは別の種類の花が咲いていた。この世界の花は余程のことがない限り枯れたりしないので、おそらくはシトリンが好みの花に植え替えているのだと思う。可愛いし綺麗だけど、屋敷の雰囲気にはちょっとそぐわないかな……。


 前庭を抜けた私達は、離れの大きな扉を開ける。

 見た目に反して軽い扉が開くのと同時に、中から静かに音楽が響いている。

 私は邪魔をしない様にそっとホールへの扉を開けて中を覗くと、ショールが楽器を演奏していた。前に弾いたオルガンではない。小柄な彼女が持つと巨大に思えるほどのアコーディオンである。


 曲は私も知っているものだった。

 いや、いつの誰の曲なのかは知らないが、これがどんな曲なのかは知っていた。


 これは明け方の別れの曲である。

 深夜に逢瀬を重ねる恋人たちに明るい、そして悲しい朝がやってくる。シェイクスピアも、ナイチンゲールだヒバリだ何だと言い出しそうな曲なのだそうだ。誰かの演目で聞いた覚えがある。

 このダンスを踊ったのがどこの学校の誰だったのかは思い出せないし、そもそも小学生の時のバレエだったか、中学生の時の現代ダンスだったかすら判然としない。そんな微かな記憶なのだが。


 出来るだけそっと開けたつもりだったが、それでも扉の微かな音に反応して見せたショールがこちらを振り返る。彼女がじっと睨んでいた譜面台には、私には読めない記号の羅列が並んでいる。私が慣れ親しんだ音符ではなく、アコーディオンの鍵盤に対応したアルファベットの譜面だ。


「何か用ですか?」

「いや、ショールは何してるのかなって」

「暇潰しですよ」


 彼女は私に声を掛けながらも、小さな手で器用にアコーディオンのボタンを押している。

 おそらくピアノ鍵盤だと手の大きさが足りないのだろう。タイプライターのような見た目をしたこっちの方が、密集している分多少は弾きやすそうだ。詳しくないけど。


「そのアコーディオン、どこで買ったの?」

「この街の露店で。店主の旅人は作っておいて、まさか売れるとは思っていなかったそうですよ」

「高かったから?」

「手間を考えれば安い方でしょう」

「それは違いない」


 ショールの言葉に私はつい苦笑を溢す。


 アコーディオンはオルガンの仲間で、フリーリードの楽器である。

 つまり、音程の数だけ音源となるリードが内部に設置されている。弦を数本用意すれば十分に音が出る弦楽器や、マウスピースと共鳴する管で音が鳴る管楽器とは訳が違う。

 流石に鍵盤の数の二倍以上弦のあるピアノに比べると優しいだろうか。あっちの方が調律簡単そうなイメージだけど。

 フリーリードの楽器は一枚一枚のリードを削って調律しなければならないのだから、その工程数は推して知るべし。湿気で音が狂ったなんて言ったら、それはもう一大事な楽器なのである。


 それを一から作る手間はあまり考えたくはない。

 現代では趣味用に売られている楽器はそのほとんどが電子楽器に成り代わっているが、その中でも特に致し方ないというのがこの系統だと思う。


 それをこうして完成させた名も知らぬプレイヤーには、同じ木工に携わる者として畏敬の念を抱かざるを得ない。

 私のゴミ装備作成とは比べ物にならない手間隙(てまひま)だろう。もちろん絡繰夜桜を作るのが簡単だったわけではないが。


 私に構わず演奏を続けるショールに、私は一つの提案をする。


「ね、踊っていい?」

「……鍵盤と違って即興で何か弾けるほど上手くありませんよ?」

「私が合わせればいいんでしょ? ……というかそれも鍵盤」

「えっ……」


 本人は謙遜しているが、彼女の指運びは相当なものだ。多分、しばらく練習を重ねていたのだろう。

 私は鏡花達三人を観客に、広いホールの中央まで歩み出るのだった。


今日で連載開始から2ヶ月です。

ここまでほぼ毎日連載が続くとは思っていませんでした。

日別のPV数は上がったり下がったりと忙しいですが、部分別の最新話のユニークアクセス数はほぼ横ばいで嬉しい限りです。ありがとうございます。

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