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 夏休みが終わってから数日の時が流れた。

 一学期と特に代わり映えのない日常が過ぎていく。学校に行って特に悩むこともない授業を受け、フランや紗愛ちゃんと寄り道し、家に帰れば課題とゲーム。


 楽しくはあるけれど、それでも何と言うか“刺激”が足りない。

 課題も長期休暇の物に比べると退屈と言っていいような物だし、授業だって予習で既に勉強済みの内容の解説でしかない。雑貨屋に寄っても、特に欲しいと思う様な品物はなかった。


 ゲームも最近は第3エリアの神域へ挑戦するためにひたすらレベリングの毎日である。一応飽きない様に様々なダンジョンへ足を向けているのだが、それでも冒険し過ぎれば全滅して効率が落ちる。私は限界ギリギリの斬り合いがしたいのだ。


 ゲーム内の他の出来事と言えば、この前第4エリアへの最初の到達者が現れたという噂が流れた。しかし、詳細は分からずじまいである。おそらく到達者が口を(つぐ)んでいるのだろう。

 色々と聞かれるだろうし、一々応える義理もない。そんな気持ちは分かるが、それでも知りたい側から見れば少々不満のある態度である。


「……暇だなぁ」

「暇だなぁ」


 私が装備の修理を完了してそんなことを呟くと、近くに居た鏡花がオウム返しに真似をする。自宅内で消えない仕様が判明して以降、彼女らには暇を見ては家の中で好きにさせているのだけれど、やはりペットモンスターは基本的に追従しかしない。

 私は作業台から彼女らを振り返ると、カリンの姿が目に留まった。こうして3人、いや私を含めて4人が並ぶと一人だけその恰好の異様さが際立つ。


「……カリン、服ボロボロだね」

「……」


 私の言葉に何も反応を示さないカリン。会話できるようなシステムにはなっていないということなのだろう。

 私はそのガラスの瞳を覗き込んで、しばし考え込む。

 このメイド服、所々擦り切れたり穴が空いたりしているし、泥や固まった血(のような汚れ)で汚れてはいるが、生地自体は上等そうだ。仕立ても綺麗だし、直したら意外に可愛いかも。


「よし、私が一着新しく仕立ててあげようじゃないか」

「……」


 レベル上げに行くには少々時間的に遅く、それでいて現実に戻ってもやる事もない。私は倉庫に余っている布をかき集め、目測で裁断していく。システムの補助があるし態々型紙を作るのも面倒なので、こっちの方が圧倒的に早いのだ。サイズ間違っても特に問題ないしね。


 私は裁断を終えた布地を次々に染色液に浸し、色を付けていく。シックな色合いに染まった布を乾燥機に入れてしばし待つ。

 乾燥機のタイマーがなるのと同時に取り出し、私はしっかり色の付いた布を広げた。色は適当につけてしまったが、まぁ悪くはないだろう。


 滑らかな生地に裁縫針を通していくと、ロングワンピースが形になる。後はフリルも付いていない簡素なエプロンを適当に作ってメイド服の出来上がりである。

 ……現実でもこのくらい簡単に服作れたらいいのに。


 私はその出来栄えに頷くと、後ろで微動だにせず待っているカリンを振り返った。

 そしてある問題点に気が付いた。


「……カリン、その服脱げる……?」


 そもそもペットモンスターはプレイヤーの装備扱いだ。装備の装備を変えるというのはシステム的に可能なのだろうか。

 今更の疑問にやや不安になりつつも、私はカリンの服の裾に手をかけ、ゆっくりと持ち上げる。


 次第にその“艶のある肌”が露になる。

 足、太もも、お腹、胸……そしてついに、古びたメイド服は(なび)くこともない髪の毛をやや苦戦しながらも通り抜け、カリンは一糸(まと)わぬ体を外気に晒した。


「おぉ……脱げるんだ、これ……」

「……」


 透明な瞳で私を見詰めるカリンを前に、チラリとその体を確認する。

 同じ館で働いていたはずのエリカに比べると、成熟した大人の体だ。あの館の主が好みそうな肉欲をそそる体形ではあるが、それでも流石にその透き通った体が性的かと言われると疑問である。ちなみに局部はない。


 私はカリンに両手を上げさせ、新しいメイド服を着せていく。

 やはり硬すぎる髪の毛に苦戦したが、彼女自身に動いてもらうと人間であるかのように動くので、自分で髪の毛を上げてもらうことでクリアした。

 そうして何とか袖を通し、裾を一番下まで下ろす。


「……うーん。何か、変だね?」


 私はカリンがメイド服を着用できている事を確認し、一度少し離れて全体を見る。

 服装が小奇麗(こぎれい)になってホラー感が減ったが、その分本当に美しい硝子細工のように見える。まぁこれがポンとその辺に置いてあったら、精巧過ぎて確実に設置者の趣味を疑ってしまうが。


 しかし、何というべきか……


「胸の形が変」

「……」


 カリンはそこそこ大きな胸をしているが、それを支える下着を着けていない。不要だというのも分かるのだが、支えられていない胸は大きく下に、そして左右にズレている。

 今まではボロボロの服を着ていたので分からなかったが、新しい服を着ると目立つ。胸の位置がおかしい。


 しかし、胸と言ってもその素材は硝子だ。直せないかと正面から両手で胸を持ち上げてみるが、酷く硬い感触が手を押し返すばかりである。


「んー……一度気になったら、もう気になって仕方ないな……」

「……」


 この硬すぎる胸を動かせと言っても、無理な物は無理だ。筋肉は入っていないし、揺れもしない。

 流石に諦めるかと思った時、ある事を思い出す。


 そういえば髪の毛はカリン自身の手で上げさせたら髪の毛の様に曲がった。それと同じ理屈で胸の位置を調節できないだろうか。


 私は姿見の前にカリンを立たせ、後ろからその冷たい両手を優しく掴む。

 そして透明な手を動かし、その胸にそっと添えると、今までピクリとも動かなかった胸がぐにゃりと形を変えた。


「おお! 柔らかい! この世界で初めて胸触ったかも……」


 ちょっと感動。直接触れていないが、何と言うか見た目が動いているだけでちょっと感動する。もしかして鏡花やエリカも同じように胸を触ることができるのだろうか。気になるが、今はとりあえず目の前のこれから片付けよう。


 私は彼女の両手を動かして、納得のいく位置まで胸を上げさせる。

 指の形に歪んでしまうので少々手間取ったが、そちらは何度も服の上から撫でつけることで形を整えた。カリンは時折何かに反応しているのか身を捩っていたが、そんな事より見た目の調整である。

 姿見の中のカリンが納得のいく胸に仕上がると私は大きく頷いて、私はカリン用の下着の作成に取り掛かる。


 やっていて気が付いてしまったのだが、これ自分の体が胸に当たる度に形が変わる。気休めでもいいからベストなポジションを分かりやすくするためにブラジャーは必要だろう。


 元々無駄な装備に対して凝り性を発揮する私は、カリン用のランジェリーを作っていく。

 何となく胸を触って興が乗ったのか、普段私が着用するような地味で着用のしやすさだけを追求したような下着ではない。どうせ見えても問題ないのでシースルー素材で、レースをふんだんに使用する。


 そうして刺繍まで施したその下着をカリンに着せて、私はもう一度満足気に頷いた。

 見えないけど。


「これでバッチリ……なんだけどさ。これ消えたら装備だけ残して行ったりしないよね……?」


 現在は家の中の特殊仕様によって召喚時間が無限に延長されているが、召喚型の絶叫する硝子細工は、通常フィールドでは一定時間で消えてしまう定めを持っている。そうでなくとも、規定値以上のダメージを受ければどんなペットモンスターでも消えてしまう。

 召喚する度にこうして着せ替えが必要だとちょっと問題があるのだが……。


 私は姿見の前でじっとしているカリンを後ろから覗き込む。

 あ、これ透明な首元から見下ろすとバッチリ下着見えるな。しかも上下。あんまり性的には感じないけど、これレーティング的に大丈夫かな。……いや、全裸が大丈夫なんだから下着姿もオッケーなんだろう。


 私はやや不安になりながらも、カリンを一度送還して再召喚する。

 すると、真新しい衣服に身を包んだ彼女が闇の中から姿を現した。装備はそのまま引き継がれるようだ。これなら大丈夫そうかな。


 一安心した私は4人で自室へと戻り、全員で寝るには少々手狭になってきたベッドに寝転ぶ。

 人肌と言うにはやや冷たい二人分の体温に身震いしつつ、私はゆっくりと目を閉じるのだった。


「おやすみ」


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