試練の成果
「……なるほどね。それで神域巡ってるわけか」
「もう第2エリアの神域は全部やったよ。判明している場所は、だけど」
カズラの神域での事件から数日後。
少し久し振りに会った私とユリアは、私の自宅でこの数日間の話をしていた。
私はこの数日間、実力的に問題ないだろうと思われる神域で試練を受けていた。もちろんエリカとカリンの育成も同時進行だ。
第2エリアで発見された神域は合計4つ。それぞれ冷静の試練、巧手の試練、迅速の試練、修羅の試練が受けられる。
もちろん私は、特に理由もなく試練を受けていたわけではない。
人魚の口付け事件の後、あれを操っていたであろう魚人の彼にやや憤りを覚えながらも自宅に帰って発覚した事実が一つある。いや、実は彼と関係なさそうと分かったことも含めて2つか。
何と、カナタの攻撃スキルが増えていたのだ。それもやや小さな人魚を召喚して攻撃する召喚魔法。
始めたばかりの時は泥団子にゲーマー心理が分かっていないと言われた私だが、ここまで来ると流石に分かる。
試練を突破すればカナタは攻撃スキルが増えるのだ。
その仮説を検証するために第2エリアの他の神域の試練も突破してみると、やはり試練のボスに似た性能の召喚獣を獲得した。
私達はこの数日間、カナタの攻撃手段の獲得のために第2エリアの神域を攻略していたのだ。
もちろん試練について何か話が聞ければという考えもあったが、あの魚人以降誰か試練の監督官が出て来るということもなく、こちらは特に進展していない。
私はそんな事を一通りユリアに話し終え、テーブルに置いてあるシトリンのハーブティーを口に運ぶ。
最初よりもマシになってきたとは言え、それでもややえぐみの強い味が舌を刺激して、思わず眉をひそめた。ユリアも同じ物を飲んでいるが、あっちは味がまともに感じられないので全く気にした様子もない。
私はカップをソーサーに置いてソファーに深く座り直す。
「でも気になることもあるんだよね」
「気になる事?」
「このまま第3エリアの試練も突破したらさ、主要八属性の全部の召喚スキル覚えることになるでしょ? 強すぎない?」
「んー……」
神域は第1エリアに1ヶ所、第2エリアに4ヶ所、第3エリアに3ヶ所ある。
その試練はそれぞれ一つずつの属性に分類されていて、属性攻撃と言われる属性の8種類のボスがいる。シラカバの勇猛の試練は光、カズラの冷静の試練は水といった具合。
実はそれ以外にも特殊な判定の属性は存在しているのだが、武器に属性として付与するどころか、防具に耐性を付けることもできない。スキルの属性攻撃として存在していたり、敵の軽減できない攻撃として使われていたりする程度だ。
そして、この全属性を自在に扱える職業は現在存在しない。
もちろんモンスターには居るので魔物使いは実質全属性使えると言っても過言ではないし、魔術師が扱えないのは光属性だけなので武器の属性付与で無属性スキルを光属性にしてしまえば全属性を扱える。更に全属性の複合スキルなんて物もあったりするが、それはまた別の話である。
大抵のモンスターは弱点属性が一種類、属性耐性が複数種類なので、軽減されにくいが強化もし辛い無属性特化でもない限り、全属性が使えるというのは結構メリットが大きい。
その上、召喚系のスキルも通常の職業では珍しい存在だ。
その名に反して単発系がほとんどである“召喚呪術”系にいくつかあったり、魔術師の上位職の上位スキルとして存在していたりする程度だ。
その上位スキルたちと比べて、カナタの召喚獣は遜色ない働きをする。耐久値も高いし召喚時間も十分だし、何より消費MPの割りに攻撃力が高い。
その分無効にされやすい光属性しか扱えないという重大な欠点があったのだが、最近になってそれが解決し始めていた。
現時点で光、水、雷、炎、風の5種類。魔術師は光属性を扱えないので最初から“光属性の召喚スキル”保持者という唯一の存在だったのだが、今ではもはや破格の性能と言える。
何が言いたいのかと言えば、流石にこれは不公平そうだぞという話である。
そもそもカナタに限らず、この世界の住人は全員唯一無二の存在だ。当然、傭兵として仲間になってくれた“戦闘NPC”も世界に一人だけである。
そのため編成権のある私達が彼女と絶縁でもしない限り、私達以外のプレイヤーがカナタを仲間にすることはできない。
他の試練の一族にも傭兵になる設定のある存在がいたとしても、流石にすべてのプレイヤーに行き渡るほどの人数が居たら不自然だろう。
その人物に、誰もが欲しがる素晴らしい能力があったらどうなるか。
「……なるほど。あんまり考えてなかった」
「ゲームバランスとしておかしいと思わない? もちろん、カナタのお願い事を最初に叶えたのは私達だろうし、そこに問題はないと思うけど、この設定だと後追いが一生掛けても追いつけない要素になっちゃいそうで……」
「神域から外に出る住人の数かぁ……確かに需要と供給が釣り合ってるとは言えないかなぁ」
今後新規職業として光の巫女が追加されるという可能性もなくはない。
この世界の住人が何らかの形で力を貸してくれる時、“兵士”や“騎士”などといったプレイヤーには転職不可能な職業の場合もあるらしい。それに対してプレイヤーにも転職させろと運営に意見している人もいるから、それが聞き入れられる可能性もあるだろう。
しかし、この色々と特殊な仕様の職業をそのまま実装するのかと言われれば、流石にそれはないのではないかと思ってしまう。
そんなことを考えていた私だったが、お茶請けのビスケットを齧っていたユリアがソファに寝転びながらこんなことを言った。
「でもさ、そもそも私達がそれ気にしても仕方なくない?」
「それはまぁ、そうなんだけど……そういえば、ユリアは最近何してたの?」
「ふふん。よくぞ聞いてくれました!」
確かにこれ以上考えても仕方ないのは確かだ。元々そんなことは分かっていたので、私は話題の転換を試みる。
ペット獲得の周回の時から時折フランのレベリングには付き合ったりしていたが、ユリアが特別何かをしているという話は聞いていない。
この自信満々な表情と時期から考えて、もしかすると夏休みの課題を進めていてそれが終わったという話かもしれない。もう8月も最終日だからね。
しかし、彼女は私の予想に反して1枚の写真を呈示した。
「これは?」
その写真にはユリアと共に写る二人の知らない男性の姿。場所はおそらくサクラギの街の酒場だ。
少々品のないデレデレとした笑みを浮かべる彼女の表情から察するに、おそらくは好みの顔のなのだろう。二人共初期装備で、高身長のイケメンだ。何というか、“遊んでそう”な見た目で私の好みではない。そもそも私の好みの男性ってあまりはっきりしていないのだけれど。
私のその短い問いに、ユリアが胸を張って答える。
「私の傭兵!」
「……なるほど」
どうやらサクラギの街で知り合った新人とかではなく、普通に傭兵らしい。ということは、この数日の間に育成を進めていたのだろうか。
そう聞き返せば、彼女は起き上がりながら大きく首を横に振った。
「いや? ずっと見た目に納得がいかなくて悩んでた」
「え? この数日間ずっと?」
「もう候補があり過ぎて! どうにか2人まで絞ったんだけど、そっから好みの顔にするのが難しくてね!」
どうやらキャラクターの見た目の設定に拘っていただけらしい。
そんな彼女の“苦労話”はその後もしばらく続くのだった。
いつも通り投稿できましたが、今後少し更新が不安定になるかもしれません。