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試練の突破と謎

「準備完了です!」


 シトリンの叫びに近い声が響き、そして、辺りは光に包まれた。


 眩い光が消えて行くと、まず私の立ち位置が変わっている事に気が付いた。

 さっきまで攻撃を避けるために走り回っていたのに、丁度絡繰夜桜が壊れた場所に立っている。

 他のパーティメンバー、そして何より各々のペットモンスター達も、さっきの大雨がまるで“なかったこと”になったかのように元通りになっていた。


「せ、成功です!」


 シトリンのその声に答える様に、大きな時計は光り輝きながら高らかに鐘の音を響かせている。


 これは奇跡の歯車のスキル“時戻し”。

 スキル発動時から、スキルの終了時までの間に味方にあった出来事を、すべてなかったことにしてしまうという強力な技だ。

 その効果は絶大で、HP、状態異常、スキル、戦闘不能状態などだけではなく、装備の耐久値や果ては経験値まで巻き戻してしまう正に奇跡。システムの都合上なのか、流石に復活受付時間が超過し、安全地帯に転移してしまったプレイヤーを復活させることはできないが、それ以外はすべて巻き戻ると言っても過言ではない。


 こんなに強力なスキルが初期状態から使えていいのかと思ってしまうほどだが、そもそも奇跡の歯車は敵モンスターとして出てきた時から“この技しか”使えない。今後成長しても一切新しいスキルが獲得できないのではないかと言われている。

 この強力なスキルはペットシステム実装時から話題となり、そしてペット編成数の増加で再加熱……されなかった。


 この奇跡の歯車には重大な欠点が二つある。

 それは発動時間の長さと、奇跡の歯車自体の耐久力だ。

 開始から終了までに受けたダメージをなかったことにするスキルなので、発動している時間が長い事は別に悪い事ばかりではない。それだけ多くのダメージを軽減することができるのだから。

 しかし、歯車自体の耐久力が低いなら別である。

 ペットモンスターはヒーラーによる単体回復魔法や回復薬の効果を受け付けない。回復できるのは範囲魔法と魔物使いの回復スキルのみである。逆に魔物使いはプレイヤーや傭兵を回復できないが。

 その上基本的にペットの耐久力は低い。歯車も耐久力が他と比べて別段高いわけではないので、スキルの終了までに攻撃に晒されて消えてしまうことが多いのである。

 私達はシトリンとカナタの範囲回復魔法を重ね掛けして無理矢理守ったが、おそらくどちらか片方が無ければ呆気なく消えてしまっていただろう。


 そんなこんなで、奇跡の歯車はとても扱えるような代物ではないと言われている。

 無理に使ったり時折上手くいったりすることがあっても、他のモンスターと比べて利点が大きいとは限らないのである。今はモンスターヒールがある魔物使いならば扱えるかもしれないが、それでも微妙な所である。


 ではなぜこのモンスターをシトリンのペットにしたかと言えば、このパーティに十分に連携が取れるヒーラーが二人も居る上に、矢面に立つ私がHPの回復をあまり必要としないからである。

 単体回復は受け付けなくとも範囲回復なら無理矢理回復させられるし、それが二回重ね掛けできれば十分に使えると考えた。それにこのスキルには戦闘不能になったペットモンスターと召喚獣の回復という他に類を見ない効果まである。これはペットや召喚獣の比率の大きい私達にとって都合が良かった。


「よし、突撃っ!」

「反撃開始ですわ!」


 ほぼ完全状態まで回復した私達は、一人だけダメージの蓄積している人魚に向かって攻撃を繰り返す。

 奇跡の歯車のスキルの性能は群を抜いているが、再使用時間は一撃型の中でも特別に長い。そのためこの戦闘で二度使うことはできないだろう。


 しかし、それでも今回は問題はない。

 あの大雨は一回の戦闘で一度しか使ってこないので、後はやや攻撃が強くなった人魚を皆で蛸殴りにするだけである。


 私の目の前ではショールの砂の巨人が盾になって攻撃を防いでくれている。私と鏡花は存分に使わせて貰うとしよう。

 人魚に狙われた私達は、即座に巨人の影に隠れる。攻撃範囲はフィールド全体だが、狙いを付けているのは人魚本人なので、彼女の視界から隠れるのは結構有効なようだ。


 私達が隠れている間にも、シトリンとショールの矢、エリカとカリン、ラリマール達の魔法が人魚に殺到する。

 元々適正レベルを大きく超えている私達の攻撃は、人魚に痛烈なダメージを与え、ついには人魚が倒れ、泡になって消えて行くのだった。


「終わったー!」

「試練達成です! 初ですね!」

「あ、そういえばそうだね」


 強敵の撃破に盛り上がる私達。

 戦闘が終わり、召喚時間の無くなった光の狼と鳥、そして召喚型の仲間が帰って行く。それを見送りながら、私とカナタはハイタッチを交わした。


 本来ならば魔法耐性を上げた装備で完全に対策して倒すようなボスなのだが、結局水耐性も魔法耐性も無いままに回復で乗り切ってしまった。属性耐性装備って売れるから在庫残っていないんだよね。やっぱり普段使い用に全員全属性分を持っておくべきだろうか。

 他にも削りダメージがないので盾を持って来るのも対策として有効だった。ここの魔法は防御を貫通しないので、傘の様に頭に掲げればいいだけだからね。私が対策として持って来ていた絡繰夜桜は、敢え無く途中で壊れてしまったのだけれども。

 ちなみにラリマールも私と同じで打たれ弱いので対策必須だったのだが、彼女にはレベルの高さと回復薬で頑張ってもらう算段だった。こちらも再使用の時間の関係で間に合わなかったのだが。


 兎にも角にも、カナタもショール達も今回が初の試練達成と言うことになる。

 第1エリアではユリアを除く5人で神域の試練は突破したから、あの時まだ私達は出会っていなかった。随分昔のことの様に感じるが、それでもまだ半年も経っていない。


「あ、記念写真撮ろうよ」

「折角綺麗な場所ですからね!」


 私達はさっきまで人魚の居たステージ中央で集まり、カメラ機能のエフェクトに向かって手を振る。


「ショールさん、もっと笑ってください!」

「え……笑ってますけど……」

「え? もしかしてあなた、それが限界ですの……?」


 そうして何枚か綺麗な景色をバックにシステムから記念写真を撮っていると、写真に六人目の人影が写った。

 私は怪訝に思いながらもよく見ると、どこからともなく現れた男性が後ろからじっとこちらを見詰めていた。


「誰っ?」


 私が驚いて後ろを振り向くと、そこには眼鏡をかけた魚人の男が立っている。

 魚人。この世界で(一応)数が多い人類種に数えられている種族の一つだ。少なくとも世界観的にホムンクルスよりは多いと思う。鱗で覆われた体に尻尾が生えているその姿は、魚と言うよりも龍に近い。


 見た目は賛否あるので言及しないが、性能的に微妙でプレイヤーのアバターとしてはダントツで人気のない種族である。敏捷性とMPが下がって、上がるの魔法耐性じゃなぁ……あ、動き回らなくてもいいここのボス戦では強いかも。いや、強いかな……?


 この世界の住人としても、水辺に近い場所に数人いるかなと言う程度。こちらでもあまり見かけない種族だ。


 このタイミングでここに姿を現したということは、おそらくは試練の管理者なのだろう。人が出てきたという話は聞いたことがなかったが、カナタが居るから気になって出てきたというところか。

 それを察してか、カナタが彼の前に歩み出た。


「あの、何か御用でしょうか」

「……ふむ。いや、何かあるわけではないのだ。ただ珍しい術を使うなと思っただけだ」


 幻想的な景色の中にやや低めの声が響き、男はカナタをじっと見つめる。絵だけ見ればロマンチックだが、できればもっと早く、写真撮影より前に声をかけて欲しかった。

 彼のアイコンは緑。普通のこの世界の住人で、紫アイコンでもないので何か私達に頼みごとがあるわけでもないのだろう。

 事実、しばらくカナタを観察した後、彼は首を傾げながらも踵を返した。


「あの、一つ聞いてもいいでしょうか。試練の監督官さん」

「何だ?」


 私はその背中を呼び止める。

 彼は振り返ることもなく、しかし足だけは止めて聞き返した。どうやら質問に答える気はあるようだ。


「あなたはなぜ、ここに来る者へ試練を与えているのですか?」


 彼が試練の一族の末裔で、こうして役割を(こな)している以上、カナタのお婆さんの様に何かを知っている可能性は低くない。

 そう思っての質問だったのだが、それを聞いた彼は振り返ることなく足を進めた。


「正直なところ、俺も知らん。もう何代も“掟だから”と従っているだけだ」

「……そうですか」


 彼の言葉を聞いた私の口から零れたそんな言葉は、小さく水面に消えて行く。

 そんな私の様子に何か感じるところがあったのか、彼は再び足を止めた。


「しかし、神域の試練は他にもある。シラカバの一族なら何か知っているかもな。あそこなら何か残っている……かもしれん」

「え? シラカバのって……お祖母ちゃんが?」

「何? 知り合いか?」


 カナタの言葉に彼が振り返る。

 何度も足を止めて忙しい人だな……というか普通に話くらいこっちを見て聞いて欲しい物だ。あれかな。慣れ合いは嫌いだとか言っちゃうタイプかな。


 私がやや失礼なことを考えている間もカナタと彼の会話は続く。


「あ、私がその一族の一人で……」

「なるほど。あの狼はそういうことか……。さっきの質問だが、お前が知らんなら、他の誰も知らない可能性は高い。歴史上、サクラギの周辺が一番安全だったからな。文献でも残っているかと思ったんだが……」

「文献……もしかして、砂漠の神域に残っていたり……」


 確かに、あの砂漠の神域何かありそうだよね。あそこだけ人工物だし。

 いや、ここの神域もそれに近いと言えば近いけれど、明らかに規模が違う。大樹に照明を取り付けるのと、大樹自体を神殿で覆うのでは同じとは言えないだろう。


 私達は一応彼に礼と別れを告げると、彼は軽く笑って消えて行った。どうやら転移したらしい。あれ、カナタの時歩いて森を抜けた気がするんだけど、ここの人は自由に転移できるのか。


 それを見送った私達も、そろそろ帰ろうかという話になる。私は帰郷の欠片を取り出した。


 その瞬間、ざばっと水が激しく波打つ音が響いて、再び人魚が姿を見せる。


 私が剣を抜く間もなく彼女はカナタに迫ると、驚いて動かない彼女に軽く口付けをするのだった。


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