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倉庫の鍵

 今日は三連休の最終日。

 泥団子から売り上げの三分の一を受け取った私は、何だかんだとあまりできていないサクラギの街の観光をすることにした。今日の午後には装備ができるというマツメツさんのメッセージを受け取ったので、彼をあまり待たせない様にするためもである。


 私のゲーム生活ももう4日目。流石に明日からは学校があるのであまりできなくなるかもしれないが、随分とどっぷりとハマったものだ。最初は付き合いで始めたというのに。


 私は居住区を抜けて噴水広場をバザー方面に曲がる。

 露店には様々な人が集まっていた。装備や素材、薬を売っているお店とお客。昨日泥団子から情報を買った人物なのか、中には鉱石を売っている人もいた。


 驚いたのが、プレイヤーのお店にNPCが買い物に来るという事実である。人格再現プログラムである彼らも、何らかの欲求を持って動いているということなのだろうか? それともそう設定されているだけ? 何かと詳しい泥団子に聞いてみれば分かるかな。


 商業区の中央にはサクラギ商会の店舗がある。この先へと進めば、マツメツさんが居るであろうレンタル鍛冶場へと進む道だ。


 私は猫と魚の看板が目印の商会の扉を開けて、店内を覗く。今日はこの前よりも人が少ない。私は散々使ってもう3本も破壊した採掘用のピッケルを買い、他の消耗品も見て回る。


 敵が出現しにくくなる香水と、逆に敵を出現しやすくする香水、各種状態異常を回復させる薬など、今まで使ったことがなかったがあると便利かもしれないアイテムを買い漁る。


 そうして店の奥までやってくると、空っぽの棚の前で困り顔のおじさんを見つけた。


 頭上のアイコンは紫。紫アイコンのNPCはプレイヤーに頼み事をしてくる役割を持っているらしい。見つけたらラッキーだからとにかく話しかけて悩み事を聞き出せ、とは泥団子の言である。


「あの、すみません。どうかされましたか?」


 おじさんは私の言葉に驚いてこちらを振り返ると、取り繕う様に笑顔を見せた。見た感じは店員さんのようだが、もしかすると店長だろうか。名前は“ジロ”と書かれている。


「あ、ああ、申し訳ない。お客さんに心配してもらうようなことじゃあないんだ。見ての通り商品が届かなくてね。使いに倉庫から出してくるように頼んだんだが、帰ってこないんだよ」

「なるほど……」


 私は空になっている棚を見上げる。この棚、前からあったかな? 前に来た時はすぐに装備のコーナーに向かってしまったため今一つ思い出せない。


 話を聞く限り、この棚に入るアイテムを持って来るか、その“使い”を見付けてくればいいのかな。

 紫アイコンのNPCの悩み事(ミッション)を解決できれば、報酬としてアイテムを入手できる。しかしそもそも出現頻度が少なく、一度誰かが達成してしまうと悩みが“解消”されてしまう。プレイヤー数は数万単位で居るらしいので、こうして出会えるのは本当に運がいい。作品としてはやってもやらなくてもいい、おまけ要素に近いのだろう。


「お手伝いしましょうか?」

「いいのかい? 実はすごく困っていてね。店を離れることもできないし、代わりに行かせる人手もないんだ」

「構いませんよ」


 さて、何をすることになるのやら。いずれにしても街の中を駆け回る羽目にはなりそうだが。


 報酬を期待する私に、ジロさんは腰に付けていた鍵束を差し出す。これはもしかして……防犯意識が低すぎないだろうか。心の中で若干引いていると、彼は顔を近付けて声を潜めた。


「君、結構懐あったかいでしょ? 泥棒なんてしないだろうし、倉庫から商品取って来てくれない?」


 そんなジロさんの言葉と共にシステムメッセージが表示される。どうやらこの商人、所持金で人を判断するようである。

 別に断る理由もないので、私は鍵束を受け取ってシステムメッセージ君のミッション承諾ボタンを押した。


「……分かりました。倉庫は?」

「倉庫の位置は君のマップに書いておいたよ。このメモに書かれている物を持ってきてね」


 メモを受け取りマップを確認する。どうやら5か所の倉庫からそれぞれの品を持って来るのがミッションらしい。地味に制限時間もあるし急がなくてはいけないかな。


 私はジロさんに行ってきますと挨拶をしてから、サクラギの街へと駆け出した。



 ***



「これで全部、と」


 私は台車に、ラベルの張られた木箱を乗せて大きく息を吐く。あとは積み上げた箱を倒さずに商会のジロさんへ届けるだけである。


 それにしても、思っていた以上に面倒なミッションだった。まず、頼まれた商品がインベントリに入らない。その上、頼まれた物がこうして箱に入っているため持って歩けるのは精々三つまで。


 一つ目の倉庫から品物を持ってジロさんに渡した時、こうして台車を借りなければ時間切れで終わっていた可能性が高い。私に箱二つを持って全力疾走できる能力があれば、ギリギリ間に合ったかもしれないが。


 倉庫の位置関係もすさまじく面倒だったが、鍵もなかなかの曲者だった。扉を開ける時間も惜しいのに、どれがどの鍵なのか分からない上に、倉庫の数より一本多かったのだ。


 ゴロゴロと台車を転がす私に、プレイヤーからの視線が刺さる。見られてる……。

 気持ちはわかる。こんなバイトみたいなことをゲーム内でしているのが気になるのは分かる。ミッションは珍しいし。


 私はその居心地の悪さから逃げ出すように街を駆け、ついにはサクラギ商会の店舗までたどり着いた。店内の奥の棚まで台車を押していくと、ジロさんは笑顔で私を迎えてくれる。


「ジロさん、頼まれていた物を持ってきました」

「おお、おお、ありがとうありがとう。助かったよ。これは礼だ。受け取ってくれ」


 ジロさんはそう言って腰の袋から小さな何かを取り出すと、私の手の平にしっかりと握らせる。見れば、直方体の美しい結晶だった。

 名前は“星空の結晶”。星を見上げる水晶が夜空の色に染まったという、珍しい宝石らしい。まぁ珍しい物なら、走った甲斐もあった……かな? 何に使えばいいのか分からないが、ありがたく貰っておくとしよう。


「あ、そういえば」


 私は鍵束を彼に返却する時、ある事を思い出す。


「その倉庫の鍵の六本目、どこの鍵なんですか?」

「ん? これかい?」


 これがなければあんなに焦ることはなかったのに。私はそんな思いから何気なく聞いてみる。

 しかし返ってきたのは予想を超える言葉だった。


「先代の使っていた古い倉庫の鍵だよ。結局どこにあるのかも教えてくれないまま亡くなってね。……そうだ! この鍵を渡すからその倉庫を探して来てくれないかい?」

「えっ?」


 まさかのミッション続行である。システムメッセージ君もピコピコ激しく主張している。

 メッセージを読んだ限り時間制限もないようだし、引き受けるだけ引き受けておけばいいだろうか? 探すかどうかは別として、貰っておいて損は特にないよね?


「分かりました。この街にあるんですよね?」

「倉庫として使っていたのだから、おそらくは店の近くだとは思うよ」


 私は鍵束から外された一本の鍵をジロさんから受け取る。鈍色に輝く精巧な鍵は、他の倉庫の鍵とあまり見た目が変わらない。倉庫自体も似たような見た目だろうか。

 この街一番の商会の秘密倉庫探し、か……。報酬はお宝かな? お宝だといいなぁ。


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