彼女たちの力
一度ダンジョンを抜けた私達は、パーティを二つに分断した。
片方は私とラリマールのチーム、もう片方はシトリンとショール、カナタのチームだ。
私達が全員で戦闘に参加すると、過剰戦力になってペットが活躍しない。かと言ってペット任せにできるほどに育つのも待っていられない。
ならば、私達の適正まで戦力を低下させればいいじゃないかという作戦である。
一応育成対象は3:3に丁度良く分かれているし、ペットを含めてパーティのバランスも考えられた編成だ。回復役が向こうに二人共行ってしまったが、私達自身は苦戦するような相手でもないので特に問題ないだろう。
この作戦を開始して数十分が経過したが、シトリン達からも特に連絡がない。おそらくはそこまで大きな問題は起きていないのだろう。
育成も最高の効率とは言えないが、私が適度に手を抜けばそれなりに戦えるようになってきていた。
そして今、私は斧で木材を集めながらとても重要な事を考えている。
「ショーコ、カスミ、キリコ……何にしよう」
名前である。
新しく仲間になった面影と硝子細工に新しい名前を付けようとしているのだ。システム的にはペットにプレイヤーが付ける名前と言う概念はないし、複数のモンスターを同時に仲間にできないという仕様なので種族名で呼んでも基本的には問題がない。
しかし、“悲恋の面影”も“絶叫する硝子細工”も絶妙に名前が長い。映し身なんて四文字だよ、見習って。
鏡花は奇跡的にいい名前が見つかったので使っているが、そもそも今回の彼女らは設定的には元人間だ。何と言うか、今更名付けると言ってもピンとこないのである。
「んー……あ、そういえば……」
読むのが面倒でシステムの電子メモにコピーした書物の中に、あの館の名簿があったような気がする。謎解きにでも使うのかと思って結局使わなかったものだ。
私は再び始まった戦闘をラリマールと鏡花に任せて、メニューからメモ機能を呼び出す。
「あ、これ……」
ざっと見た使用人の名簿の中に、一つ見覚えのある名前があった。
文通の内容にあった名前だ。カナタに教えてもらったが、これは花の名前なのだそうだ。
「エリカ……か」
おそらくこれが面影の本名なのだろう。
しかし、流石にその他大勢だった硝子細工の名前を探せと言われてもやや難しい。それでも名簿をじっと眺めていると、とある名前が目に留まった。
カリン。この名前の者が、この前見た日記の日付の日にあの館に来たことになっている。
おそらくはエリカが里帰りすることになった大きな理由の、一日だけ身代わりとなった奉公人なのだろう。
今まさに虫と戦っている彼女と、カリンという少女には特に何の関係もないのかもしれない。
それでも何となく、私はその名前を使わせてもらうことに決めたのだった。
***
このダンジョンには御多分に漏れず3種類のモンスターが生息している。
一体目はさっきも倒した“宝玉虫”。とにかく数で押してくる敵だ。飛行するモンスターの中では動きが遅い方で、耐久力も平凡クラス、攻撃も単純な突進と噛み付きだけだ。
しかし、とにかく数が多い。ペットに任せっぱなしだと1体倒したら3体の援軍が来るなんて茶飯事である。
経験値も耐久力の割りに低く、倒してもあまり旨味がない。しかしそれでいて放っておくと際限なく増え、気付けば囲まれている面倒な敵でもあった。
次に、“秘匿の守り人”。草木が人の形をしたような見た目をしていて、木陰や草むらに隠れて奇襲してくる敵だ。
攻撃方法も多彩で、木のナイフで斬りかかって来たり、鋭く尖った枝を投げたり、忍者のような動きでこちらを翻弄してくる。ペットに敵の動きの先を読むような思考はないので、任せっぱなしだと結構時間がかかってしまう。
最後は“砦蜂”。人間ほどもあるような大きな蜂だ。現実的に考えると中々恐ろしげな見た目をしているが、腹の部分は巨大なドーム型の蜂の巣で埋まっており、毒針を使うどころか自分で攻撃することすらしない。
しかし、拳大ほどもある手下を無限に巣から出撃させるという恐ろしい行動をする。更にはその蜂たちを支援魔法で強化、自分には防御バフと継続回復を付けてひたすら持久戦の戦法を取る。
炎や水が弱点属性だが、防御を上げられるとそれすらまともにダメージが入らず、こちらは無限に出て来る子供の攻撃と毒でじわじわと苦しむことになる。
そんなモンスターが大量に出て来るこの神域は、第2エリアの総仕上げとして相応しい難易度である。
しかし、流石に第3エリアの神域でふらふらと魂を集めていた私達にとってはそれでもややぬるかった。まぁこれで厳しいと感じるような難易度だったらそれはそれで問題なのだが。
私は子分の蜂を一匹一匹丁寧に斬り飛ばしながら、戦闘の行方を見守っている。
エリカの面影が黒い手を呼び出して守り人の動きを止め、その首元に刃を何度も突き立てる。そんなやや猟奇的な攻撃を受けた守り人が消えて行った。
その後ろではカリンが砦蜂の巣に赤い宝石を射出している。
炎の魔力を受けた巣は黒い煙を吐き出しながら炎上する。どうやら防御魔法が解けた瞬間に攻撃したらしい。
思っていた以上の火力を発揮した魔法に感心していると、女王蜂が状態異常の回復魔法を使用した。どうやらバフよりも優先的に自分の傷を回復させる思考をしているらしい。
そうしている間に虚実境界の魔法が組み上がり、熱風を撒き散らしながら地面から炎が吹き上がる。
防御魔法の無くなった蜂は、堪らず溶岩に飲まれて消えて行った。
寄って来ていた玉虫は、ラリマールと鏡花、そして手の空いたエリカが順次倒して行っている。そちらももうそろそろ一段落するだろう。
私は親が消えたことで散っていく子供たちを見送り、メニューを開く。
少しずつだがエリカ達も育って来たし、そろそろ合流してもいい時間だろう。
私はメッセージ機能でシトリンに作戦の終了を通知し、自分たちも入口へと踵を返すのだった。
ダンジョンへ再度突入した私達は、全員での連携を練り直しながらジャングルを最短ルートで突き進む。
ダンジョン内部には基本的にモンスター以外は居ないので、虫の羽音以外は何も聞こえない。普通ならば鳥や獣の声が絶えず聞こえても良さそうな場所なのだが。それを意識すると急に不気味に思えてくるから不思議である。
私達は群がる玉虫や面倒な蜂を殴り倒しつつ、道なき道を進む。木材は十分な量が集まったので本当に移動と戦闘だけだ。
そうして進むことしばらく。
私達は大きな沼地へとやって来ていた。
その沼地の中央には、周囲の木から見て三倍はあろうかと言う高さの大木がどっしりと根を張っている。
前回はこの広い場所に足を踏み入れた時点で狼に……カナタに攻撃されたのだが、今回は違う。
私は指の間に入り込む泥の感触を楽しみながら沼地を進む。今の私は半分裸足のような格好なので気にならないが、もしかして皆靴に泥がしみ込んだりとかしてないかな。
もしもここで戦うことになっていたらと考えると、少々面倒そうだ。泥は思っているよりも泥濘むし、それ以上に滑る。ここで水棲のモンスターとでも戦いになったら苦戦は必至だろう。実際にはそうでないので問題ないのだが。
沼地を抜けて大樹の下へやってくると、樹皮の上を僅かながら水が流れていることが確認できる。理屈は分からないがこの沼地、いやジャングル全体の水をこの大樹が出しているのだろう。流石はご神木。
シラカバの神域にあったあの大樹に比べると些か低いその木には、ご丁寧に階段が設置されている。
神様の木に登るのはやや問題がありそうなものだが、私はその清らかな水の流れる階段を一歩踏み締めた。
「えっ、ここ上がるんですか?」
「試練はこの先……先って言うか、上なんだって。不思議だよね」
驚いたように私を見上げたカナタに手招きし、私達はずんずんと進んでいくのだった。