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ペットの相談

「モンスターの使役、ですか」

「そう。それでこの中から好きなの選んで欲しいんだけど……大丈夫?」


 翌日の朝。ツバキの街の自宅に戻った私は、出迎えてくれた4人にとあるリストを提示した。


 これは昨晩色々と調べて検討した、“シトリン達に配るならこのペット”リストだ。一人につき5種類から8種類のモンスター、その写真と性能のデータも渡してある。

 性能が良いペットはどれも第3エリアのモンスターばかりなので、ある意味全部近場と言える。怨嗟の館に行く時に第3エリアの他の街にも立ち寄ったので移動にかかる手間は大きく減っているのだ。それでも微妙に遠いが。


 私は皆がそれぞれリストを読んでいる間に、ラリマールの作ったショートケーキと、シトリンが試作したグリーンティーを口に運ぶ。最近は満腹度とか全く気にせずに食事をしている。だって美味しいんだもの。

 ショートケーキはフワフワで甘いが、シトリンが栽培した茶葉で作られたらしい緑茶は、何と言うか薬効がありそうな味がした。見た目は緑茶だが香りや味はややえぐく、少なくとも私が現実で飲んでいるようなお茶ではない。

 しかし、ツンと鼻に抜ける薬と草の香りと共にケーキを食べるといつもよりちょっと美味しい気がする。ケーキが完全に口直しの用途だが。


 シトリンもこれが美味しいとは思っていなかったのか勧めては来なかったのだが、私が飲んでみたいとお願いした。せめて一杯くらいは飲み干そう。

 私が二個目のケーキを平らげつつお茶と格闘していると、ショールが一枚の紙を私に返した。どうやら決まったらしい。


「ショールはどれ?」

「あなたが選んだ物ならば何でも、と言いたいところですが、これが一番でしょう」


 彼女がそう言ってこつんと音を立てて指示したのは、第3エリアの上級ダンジョン、神域のモンスターだった。

 まぁ私もあの中から選ぶならこれだと思う。しかし、僅かな望みを掛けて他のモンスターを選んでくれないかなとも思ったのだが、やっぱりここか。


 第3エリアの上級と言えば、職業レベルカンスト勢が立ち往生するような場所である。私達の場合はまず、レベル上げからしないと厳しいだろう。特に完全ソロの傭兵パーティはレベルを上げてもスキルポイントが足りず、スキルの管理で厳しくなりがちだ。


 ショールがここに決めたなら、真剣に選んでいるところ悪いがシトリンのペットも自動的に決まったようなものだ。後で本人に私から確認するとしよう。

 ショールが返した物理的なリストの用紙をシステムの電子メモに戻し、他の3人に視線を戻す。すると丁度、ラリマールと目が合った。


(わたくし)もよろしいかしら。これにしようと思いますわ」

「ふむ……なるほどね。……ちなみにこっちは?」

「……多少惹かれますが、相性という物がありますわ」

「そう? そこまで悪くもないとは思うけど」


 私は完全に見た目だけで選んだモンスターを示したが、ラリマールは戦略上有利になりそうな種類を選ぶ。どうやらその辺りは真剣に選んでくれたらしい。個人的にはこっちでもいいんだけどな。美味しそうで。

 私はラリマールの選んだモンスターが出没するダンジョンの場所を、マップから確認する。確か第3エリアの北西方面だった気がするが……。


 しかし、私が該当する場所を見付ける前にカナタが手を上げた。


「あの、ラクスさん!」

「え? 何かな……?」


 カナタはいつも通り長々と悩むと思っていたが、今回は意外に早い。一応彼女に渡した候補が一番多かったはずなのだが、気に入るやつがなかったのかな。

 しかしどうやら候補から何かが決まったというよりも、別の質問があるらしい。その表情は真剣だ。

 私が居住まいを正すと、彼女はやや(うつむ)き加減でゆっくりと口を開いた。


「あの、私、役に立ってますか?」


 彼女の質問は、そんな唐突なものだったのだが。


「……え? それはもちろん。急にどうしたの?」

「いえ、その……回復魔法は泥団子さんがお上手ですし、攻撃魔法だっていつでもどこでも有効なわけでもないじゃないですか」

「それは……」


 それは、そうだが。

 私は咄嗟に彼女に返す言葉が見つからず、会話が止まる。


 確かに彼女の“性能”は、泥団子とよく似ている。

 使える攻撃魔法は光属性一種類、他の役割と言えば回復とバフだけ。光の召喚獣は強力だが使い所が限られ、回復力や支援の効率は治癒術師どころか祓士にも及ばない。彼女の職業、“光の巫女”はそんな職業だった。


 更に彼女はスキルの習得もやたら遅い。ほぼ同数SP(スキルポイント)スクロールを渡している他のメンバーと比べて3割程度しかスキルの数が増えていないのだ。特に召喚獣は最初の2種類から増える気配すらなかった。

 こちらに関しては私も詳しくは分からない。プレイヤーにはイベントで加入した傭兵のスキルツリーを見る権限がないため、育成は彼女に任せるしか方法がないのだ。


 攻撃方法は初期スキル2つのみ。回復魔力の伸びも悪く、支援職としても今一つ。

 確かにそれを足手まといや役立たずと判断する人が居てもおかしくはない。何より、“彼女自身”がそう思ってしまうのも、“私”は理解できた。


 しかし、彼女の話はそこで終わらなかった。


「だから私、これにしたいんです」

「これって……」


 それは、私が“性能だけ”で選んだモンスター。

 不快にさせるだろうかと悩み、最後まで載せるかどうかを迷った存在だ。


「私も、あなたの役に立ちたいから」



 ***



 私達は第3エリアの北西にあるダンジョン、“幻影図書館”へと馬を走らせた。


 ここは大昔、とある邪神官が自身のすべての知識を詰め込んだ書物を封印したとされる場所だ。その後もその人物のカリスマに惹かれ“後追い”が多発し、今では図書館と呼ばれるに相応(ふさわ)しい程に邪神についての知識が累積している“牢獄”だ。

 元々はツバキの街の前身となった都市が使っていた牢獄で、件の邪神官もここに服役していた人物らしい。


 今はと言えばモンスターで溢れ返り、完全にダンジョンと化してしまっている。第3エリアでの難易度は、中級から上級くらいだろうか。使える属性で大きく難易度が変動するので、ラリマールとカナタ、そして私で全属性を扱えるこのパーティは比較的有利と言えるだろう。

 そして、奥義の実装によって真っ先に目を付けられたダンジョンの一つでもある。まぁ、大抵の人はここにあると思うよね、邪神官の奥義書。事実、実装から数時間で最初に見つかったらしいし。


 そんなこともあって、やや不気味な建物の前は今日もそこそこ人が多かった。

 私は愛馬の望を降りて後ろを振り返る。

 そして、いつもよりもやや表情が硬いカナタに声を掛けた。


「その、カナタ、最後に確認なんだけど、本当にここでいいの?」

「決めたんです。強くなりたいって」

「……そっか。うん。分かった」


 彼女のその力強い目に、私はゆっくりと頷く。どうやら確認は要らなかったようだ。

 自分の力不足を、自分の価値の低さを実感して、それでも向上心を持てるのは、少し羨ましいな。もちろん、彼女が役に立たないなんて考えたことはさっきが初めての経験だったのだが。


 私達は朽ちてしまっている扉を越えて、その牢獄へと足を踏み入れるのだった。


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