真夜中のお勉強
ドンと質素な部屋が揺れる感覚に視線を巡らせると、小さな窓から黄色の光が流れて消える様が見えた。
「花火始まった」
「あ、もうそんな時間ですか。外出てみましょうか」
烏羽さんの言葉に誰からともなく立ち上がって外へ出る。
神社の周辺に生えている背の高い杉の木の間から、綺麗な花火が舞っていた。ここではやや位置が悪いので烏羽さんの案内で手水舎の前まで戻る。
ドンっとやや乾いた火薬の音と、散っていく色取り取りの光が私達の目を奪う。
「おー、花火だ!」
「この花火の音、何だか夏も終わりって感じするよね」
「ここでは毎年この時期ですからね。夏休みもあと一週間かぁ」
「言わないで!」
やや強めの拒絶をした紗愛ちゃんの声を聞きながら、私は打ち上がり炸裂する火の粉を目で追う。この一瞬で消えるために存在している芸術作品。一時でも見逃してしまうのはもったいないだろう。
来週の月曜日には学校が再開する。それでも今年は9月の1日と2日が土日なので、9月の3日からスタートといつもより遅いのだが。
ただ私立高校では、9月もまだまだ真夏日が続く現在の気候に合わせて9月半ばまで夏休みという所もあるし、ティラナの大学では10月までお休みなのだそうだ。そこに比べれば一足先の平常運転となる。
「……学校といえば、紗愛ちゃんは課題終わらせたの? まだ手を付けてないならもう始めないと間に合わないと思うけど」
「うぐ……そうだけど、今言わなくてもいいじゃんか」
「フランは?」
「ばっちり。コツコツやって半分終わった」
「それあんまりバッチリじゃないね……」
まぁ大した量ではないので、集中してやれば一日で終わるだろう。私の場合だけど。これでも学力だけは学年一位なので、フランたちの参考になるかは分からない。
ただフランも、分からないからと言って投げ出さなければ余裕だとは思う。集中力が続かないだけで理解力はあるからね。この前のテスト内容ともかなり被ってるし。
紗愛ちゃんは……最悪の場合でも土日に泣きながらやるだろう。テストの成績が悪くて課題も出さなかったら、本当に進級が危うい。補習で散々言われただろうし大丈夫だとは思う。多分。
「加藤さんは課題終わったんですか?」
「私は、いつ終わったんだったかな。結構前に終わらせたよ」
「すごいですね……私、休み中は気が抜けちゃって……」
「暇だっただけ。他にゲームしかやることがなくてね」
「流石は三分の女」
「もう、それはいいから……っていうか、三時間に言われたくない」
私達は他愛もない事を話しながら、花火を見上げる。
輝きながら消えて行くその光の軌跡を、私は星空と共に見送り続けるのだった。
***
花火を見終えた私は、たこ焼きとお好み焼き、焼きそばなどを買って帰宅した。花火が終わると同時に客がぐっと減ったので、中には早々に店じまいをしているお店もなくはなかったが。
お父さんと、帰って来ていたお母さんにいくつかお土産として渡し、自分は飴細工とチョコバナナを持って自室へと戻る。
そこには一切手が付いていない課題を持った紗愛ちゃんと、半分は片付けたというフランが待っていた。
「教えてもいいけど、今回は時間があるんだからちゃんと自分で解くんだよ?」
「もち! 去年は化学だか数学だか見せてもらったからね! 今年はちゃんとやるよ!」
「どっちもだよ……というか、去年は確か漢文も私が解いたよね……」
高校に入って初の長期休暇は、課題の量を低めに見積もっていた紗愛ちゃんの泣き言に付き合って、彼女の家に泊まり込みで勉強会を開いたことを思い出す。
お母さん曰く休暇中の課題はこれでも昔より随分減っているらしい。お父さんに問題の内容を見せたら渋い顔をされたので本当かどうかは分からないが。
課題をダウンロードしてある学校用のデバイスの電源を入れ、専用のペンで解いていくフラン。そして早速私に質問を繰り返す紗愛ちゃんの相手をしながら、私は私で自分の課題の見直しをしていく。答え合わせをしたら何問か間違えていた部分の解き直しだ。
当然やらなくてもいい作業なのだが、手持無沙汰なので進めようと思う。
硬質なディスプレイに、やや柔らかなペン先がコツコツと当たる音が響く。
私は問題と解答欄を表示する画面と、途中の計算をする電子ペーパーを交互に見ながら問題を解き続けた。
そして作業開始から20分。
「……見直し終わっちゃった」
「はや! え、何? 私がひたすら計算してる間に何で終わってるの?」
「一回解いた問題だからね。と言うかそもそも間違ってる部分そんなになかった」
国語はそもそも全問正解だったし、大きく間違っていたのは英語と数学の数問だけだ。化学の問題も計算間違いだけだったし、そもそもこれから全部やるという紗愛ちゃんに比べて見直す部分が少な過ぎた。
私はぴっぴとデバイスを操作し、課題の内容を確認していく。これで全問正解になったはず。最初の解答は履歴が残るので別にこれで成績が上がるわけではないが。
「……やることなくなっちゃった。寝ていい?」
「何のための勉強会だと思ってるの! 私を助けて! ヘルプミー!」
「そこは手を動かすだけの問題でしょ。自分でやりなさい」
紗愛ちゃんの解いている計算問題と、フランの解いている英単語練習を横目で確認する。多分しばらくは問題なさそうだな。
やることが無くなった私は、暇潰しに天上の木の攻略掲示板を開いた。今後の目標や傭兵のペットでも目星を付けよう。
開いた掲示板は予想通り、魔物使いの例のスキルの不具合の話で持ち切りだ。事実上全プレイヤーの強化に繋がったので、当たり前といえるだろうか。
私は未だに試していない傭兵のペットの編成数だが、予想通り傭兵には適用されなかったようだ。
それと“同一種類”のモンスターをペットに編成することはできないらしい。この仕様はそもそも、自分の持っているペットと同種の魂を使っても二つ目の魂を入手できないという仕様があったので、私は確認するまでもなくそうだろうなとは思っていた。
しかし編成数が3体になったことで同時編成可能になったのではないかと試したプレイヤーも何名か居たようだ。結果は失敗に終わり、風精霊や闇妖精でハーレムを作ろうとしていた男たちが嘆いている。
それが出来たら現段階でも異様に強い、ヒーラーの映し身編隊に手が付けられなくなっちゃうよ。最高レベル帯は“治癒術師+映し身”を2セット入れて回復ゴリ押しが最適解とか言われてるのに。
編成数の上限が解放されたことを大いに喜んでいるのは、装備型のペットを使っていた人たち。
装備型には“アイテムドロップ率増加”や“経験値増加”などの効果を持つモンスターが居るので、レベリングやダンジョン周回の効率が上がると喜んでいる。私もちょっとその辺り欲しい。イベントをサボっていたのでユリア達にレベルで置いて行かれているのだ。
逆に文句が多いのは、魔物使いという職業自体に期待していた人たちと、アクセサリーを作る職人たち。前者の言い分はそれなりに分かるが、後者は半ば言い掛かりに近い。
アクセサリーの装備枠は最大で5ヶ所。ネックレス、イヤリング、指輪、腕輪、その他だ。一部の装備を着けると物理的に干渉してしまって装備できなくなってしまうとは言え、ペットで3枠潰しても2枠余る計算になる。
ペットの所為で商品が全く売れなくなるということは流石にないと思う。そもそも強力なペットが十全に揃うプレイヤーには、消極的な理由で着けるアクセサリーに割く枠は残っていない。皆必要だからと着けている物ばかりなのだ。
必要だったら大抵の人はペットを減らしてでも着けるはずなのである。
私は匿名だからかやや荒れている掲示板の情報から、新しいペットの情報をピックアップしていく。
元々最近はあのイベントで育成も進み、新しい情報は結構出てきていた。その上ペットの編成数が解放されたことで情報を求める人間も増え、“最強編成”なんて物を考察している人もいる程の盛り上がりを見せている。
やはりというか、映し身はまだまだ人気だ。育成しやすいというか、事実上の能力値の割り振りが可能と言うのが大きいのだろう。考察も机上の空論から実体験まで様々だ。
他はボスの一撃型が優秀だという話が多い。常駐型は強いが3枠全部入れると戦いづらいという印象だ。
召喚型はとえば、独自の強みが弱くて話題に上がりづらい。似たような常駐型が居るとそっち育成すればよくね? で話が済んでしまうらしい。
装備型も一部では大人気だが、全体から見ると『あると便利らしいな』程度の印象のようだ。そもそも装備型は種類が少ない上にドロップが狙いにくいモンスターばかりなので、その前提がクリアできるかが大きな課題となっている。
性能面を見ると、攻撃タイプよりも支援タイプが人気となっている。
ペットモンスターは一撃系を除いて攻撃力が今一つになりがちなので、こちらに期待するよりは自分の支援を絶やさない方が便利という判断なのだろう。タンクのプレイヤーは回復やダメージ軽減など、アタッカーは自分の攻撃力を支援してくれるペットが人気のようだ。
時折可愛さ重視で選ぶ獣好きや美少女好き、アンデット好き、無機物好きなどの冗談のような意見も混じるが、その中にもいくつかは参考になる情報がある。こういうプレイヤーほど考察や検証が細かい事が多いというのもあって、個人的には中々面白かった。
私はそうして掲示板を読み進めながらも、紗愛ちゃんやフランの質問に耳を傾ける。こっちは中々順調そうだ。これなら来週には余裕で間に合うだろう。
紗愛ちゃんがこのペースを保ち続けられるのかは別として。
私達三人の夜は更けていくのだった。