親切なお金儲け
次の日、私達はウキウキ気分でからカエル山から帰ってきた。
岩屋で改めて大量の鉱石を入手して、サクラギの街で売りさばこうという算段である。
マツメツさんとのやり取りの中で、これらの鉱石がこの街にはあまり出回らないことが判明した。これを使って一儲けしようという魂胆である。
泥団子が調べた限りでは、この街で珍しい鉱石が出回らない理由はいくつかある。
まず初めに、そもそもこの街の近くでは採掘できない種類だ(と思われていた)ということ。
次に、腕のいい鍛冶プレイヤーは既にこの街を去って第2第3エリアまで進出していること。
三つ目、上位の生産者は稼ぐ額が桁違いであること。
最後に、これらの鉱石が未だに需要が供給を上回っているということだ。
第2エリアで鍛冶をしているようなプレイヤーは、これらの鉱石を数十万カペラ、下手をするともう一つ大きい桁で売れる装備に変換してしまう。それを元手に再び採掘量が少ない希少鉱石を高値で買い占める。そうしてどんどん相場が上がる。
そういう循環が起きれば当然、実入りの少ない第1エリアに居るような鍛冶師には、第2エリア以降の素材など手に入らないのである。移動に時間がかかるこの作品で、第2エリアからサクラギの街まで持ってきて安い値段で売るなどというボランティア活動家はいないのだ。
そんな状況下で、初心者鍛冶師にも買えるような値段でそれらの鉱石を売ったら? バカ売れ間違いなしだ。ついでに客が採掘場所を気にするようならカエルの岩屋の情報をそこそこの値段で売ってもいいだろう。
そんな泥団子の言葉にまんまと乗せられ、私とユリアは三人で4時間近くひたすら“鉱床”を殴り続けた。少々張り切り過ぎたかもしれないが、売れ残ったらマツメツさんに追加で渡してもいいし、必要はなくなったが私が鍛冶を勉強するのもいいだろう。
ちなみに、第2エリアの人も参加する“取引掲示板”で競り売りの真似事をすればそれ以上に大儲けだと私は思う。貧乏なサクラギの街で売るより、金持ち相手に商売した方が明らかに効率的である。
しかしそれを泥団子に伝えたところ、ロールプレイの一環としてどうしても情報屋っぽく露店で売りたいと泣きついた。要は他の人に素材を見せて驚かれたりしたいのだろう。
私は、そんなにやりたいならと、素材はすべて二人に任せてきた。
さて、私一人が別行動しているのは、そんな泥団子の思惑に関心がない他にも理由があった。
「……うーん。体が重い」
一旦ログアウトして休憩を取ってから、いつもの公園でマツメツさんから無料で貰った“貴人のサーベル”を振り、唸る。
さっきのカエルの岩屋での戦闘(採掘)でついに、私の盗賊の職業レベルが20を超えた。踊り子への転職が可能になったのだ。
私は地味なエフェクトの転職を終え、こうして再びレベル1に戻った体に何とかして慣れようとしているのである。レベルが低い上のは当然として、踊り子は盗賊に比べて敏捷性の伸びも若干悪い。それでも全体から見れば速い方なのだが。
これ、レベルマックスの人が別の職業育て直したら大変だろうなぁ。他の能力値は数値でしか変わらないからいいにしても、敏捷性だけは辛いだろう。敏捷性が真っ先に伸びる盗賊系ならではの悩みなのかもしれないが。
種族レベルによる能力の上昇があるので最初よりは動けるはずなのだが、正直最初の方がやりやすかった。慣れとは恐ろしいものである。
しかしこれも職業レベルを上げるまでの辛抱だ。私は準備運動のように体を動かすと、駆け足で暗闇の洞窟へと向かうのだった。
***
スリリングなスケルトンとの初戦を制すると、そこからはサクサクレベルが上がっていく。能力が上昇する度に体の動きは速くなっていくが、それに戸惑うということはない。むしろレベル1状態の遅い方が気持ち悪かったので、体の動きが意識に近付いてくる感覚がなかなか心地好い。
レベル1でスケルトンを倒さなければいけない最初だけは苦戦したが、2周目にもなると装備の力もあって簡単に敵が沈む。レベルと能力値が低いのにも関わらず、徐々に戦闘が退屈な“処理”になっていく。
レベルがサクサク上がると言っても経験値ボーナスタイムはついに切れてしまっていた。初期職業に比べて上位職や複合職の成長が遅いこともあって、最初の頃のようにはいかない。
それでも無心で骨を斬り続け、暗闇の洞窟の適正レベルである17レベルまでは到達。前に来た時より殲滅速度は倍近いので、効率はボーナス時とトントンくらいだろう。
特に踊り子の魔法スキルによってゾンビの処理が格段に楽になった。詰まらなくなったとも言うが、そもそも剣だけで戦っても詰まらないので蹴散らした方が得である。
今回で終わりにしようかなと最後の広場に入る。
この広場では5体のスケルトンが一斉に襲い掛かってくる。ここのスケルトンは地味に連携が取れており、自分たちの剣で同士討ちしない距離でこちらを取り囲むように戦うのが取り柄だ。
しかし、結局はそれだけである。囲まれる前に端から倒していけばただのスケルトンでしかない。
ただ、それでは詰まらない。これで最後だし遊ぶとしよう。
私は挑発するように中央のスケルトンの攻撃範囲で錆びた剣を回避し続け、ついにはスケルトン5体に包囲される。
「あーあ、大変。囲まれちゃった」
私は笑みを浮かべながら心にもないことを口にし、更に笑う。
ただただ同士討ちしない距離を保っているだけなので、スケルトンの包囲は甘い。抜けようと思えば抜けられるが、私は大きく動かずに攻撃を避ける。無理そうな剣は弾く。これがちょっと楽しい。
スケルトンは無造作に攻撃を繰り出しているわけではない。しっかりと彼らなりにプレイヤーを狙っている。
故に、攻撃のタイミングさえ見切ることが出来ればその剣の軌道を予測するのは容易い。
私は攻撃を避けた時と弾いた時の骨のリアクションの違いから、少しずつ“全員”攻撃のタイミングを揃えていく。背後の剣も見逃さず、丁寧に少しずつ。
そして全員の剣が同時に私を狙ったその瞬間、私は大きく下へと避け、頭上を5本の剣が通り抜ける。
その瞬間を肌で感じた私は、剣に炎を宿し、飛び上がるように周囲の骨の一切を斬り捨てた。
「これはこれで遊びにはなるかなー」
スケルトンが闇に解けていく中央で、私はサーベルを腰に戻す。
踊り子の攻撃スキル“炎の舞”。自分の周囲に物理と魔法で同時攻撃するスキルである。盗賊の疾風剣にくらべると使いどころは難しいが、魔法属性付きなので魔法に弱い骨やらゾンビやらの殲滅には結構使える。
まぁ回転斬り自体が隙の大きい動作なので、ある程度使いにくいのは仕方がない。慣れていくとしよう。
私は転移陣に乗って外へと出る。外は丁度夕焼けだった。赤い空を横目に、メニューで時刻を確認すると、午後四時。
気が付かなかったが、ユリアからメッセージが届いていた。どうやら二人の商売は大繁盛だったらしい。情報も売れたのでカエルの岩屋の場所もサクラギの街に広がるだろうとのことだった。
この稼ぎ方、効率はいいが如何せん時間がかかる。商人になるつもりはないので、利益を独占せずに広めてしまうのも悪くないだろう。
私は適当に返事をしつつ、サクラギ草原の道を歩く。移動時間短縮のために走ってもいいのだが、何となく気分的に疲れるので移動はゆっくりしたい。やっぱり馬か。馬が欲しいな。
今日はこのままログアウトする予定だ。夕飯のメニューは何だろうかと考えながら、私は赤く染まる空の下平和な草原を一人歩くのだった。