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ラクスの本性

 装備を変えると同時に、いくつかアクセサリーも一緒に外れてしまった。

 完全に予想外だったのだが、どうやら首回りや指の装飾の所為でアクセサリーと判定が被っているらしく、同時に装備できない装備品もあるようだ。これ地味に困るんだけど、流石に今は直すやる気は出ないな……。


 私は一瞬で着替えが終わったことをざっと確認し、映し身を召喚する。自分と全く同じ格好をしているはずなので鏡いらずだ。楽でいいね。

 そして見た目の印象の変化を、多少苦戦しながらも言語化した。


「んー……何かさ、露出減った?」

「減ったというか、目立たなくなりましたね」


 パッと見た印象が、そこまで悪くない。別に幻夜の舞踏服の印象が悪いという話ではないのだが。

 布地が肌の色と同化して、露出が目立たなくなっている。今までは白い肌に黒の服を着ていたのでその反動ということか。


 ただ逆に、着ている“自分”の体を見ると少し緊張する。

 真っ白で服が目立たないのだ。何と言うか、露出度は変わっていないのに黒から白に変わるだけで心許なさが違う。ロングスカートとミニスカートくらい違う。

 これで街に出るのか。ドキドキするなぁ……。


 私は自分の格好を一通り確認し終えると、ついに舞姫を手に体を動かし始める。


 サンダルと言うよりもただの布のような靴で床を踏み締める。システム的には特に裸足でも何も問題ないとは思う。しかしこの靴で洞窟とか行くのか。ちょっと嫌だな。ちなみに全身装備なので靴だけ変えるには装備改造しかない。やや面倒だ。

 私は幾度かジャンプを繰り返し足元の感覚を確かめると、今度はシトリンと少々“じゃれる”。矢がもったいない気もするが、ショールを呼び出すほどの事でもないので練習相手をやってもらおう。


 そうしてしばらく動いて分かったのは、存外この衣装が動きやすいということだった。


 やや難しいかと思っていた舞姫の扱いだが、こちらはすぐに慣れた。

 物理の攻撃判定は骨組みの方が強く、追従しているだけの布の方は弱い。正直物理での使い勝手は落ちたと言っていい。

 その代わり属性舞の攻撃範囲は大きく伸びた。尾を引くように宙を泳ぐベールは、当然真っ直ぐなわけはないので流石に全長の2mまでは伸びないが、事実上特殊な鞭なのでやろうと思えば結構遠くまで攻撃が届く。

 扇を閉じれば空気抵抗が減って遠くまで届き、扇を開けば後ろに尾を引いて攻撃効果が長めに残存する。流石にダメージ量は変わらないと思うがちょっと面白い違いだ。


 肝心の防具、アルメの方だが、幻夜の舞踏服の際に感じていた少しの窮屈さが改善されている。

 特に足回りはパレオ状から二枚に分割された布を腰から下ろしているだけになったので、ハイキックがやりやすい。使うかは分からないが。

 他にも久しくやっていなかった開脚などもストンと落ちる様に行えた。こちらは回避などに多少は活かせるかもしれない。しかしこれ現実で今やったら悶絶するだろうな。部活やってる時は出来たのだが。


 そして一番気になっていた天狗飛びだが……


「おー」

「あー……こういう感じか。本当に宙を()()んだ……」


 何もない場所からしっかりと返って来る足の裏の感覚に、少々不気味さを感じながらも試行を繰り返す。

 感覚としては今までもやっていた壁蹴りのジャンプに近い。ただそれと大きく違うのは、上方向へも難なく跳べるということだろう。ゲーム的な仕様としては、空中に見えない透明な床(当たり判定)が出現してそこに足を掛けられるのだと思う。


 一度使用すると着地するまで連続使用はできず、一瞬判定が出てすぐに消えてしまうのでずっと上に居るなんてことはできない。

 MP消費も中々重く、これを戦闘の主体にするのは難しいだろう。今までの様に敵陣の真ん中に行く時と、何とかして包囲を突破したい時くらいだろうか。


 しかし、遠距離攻撃手段と相応の速度がある職業は皆欲しがるのではないだろうか。ナタネのようなハヤブサなんてエイミング能力さえ何とかなれば、上に逃げながら攻撃出来てかなり強そうな印象だ。

 微妙に近距離に対応できてしまう銃使いのフランや、近距離専門の私には使い道が少ないのがちょっと悲しい。狭い所じゃなくても好きに動き回れるのは助かるけれどね。


「大体分かったかな。後はダメージ系の変動がどうなってるかか……」

「終わりですか?」

「うん、ありがとう。シトリン」

「いえ! ラクスさんのためなら頑張りますよ!」


 やる気があって結構だが、とりあえず今日はこれで終わりだ。私のログイン制限も地味に近い。

 私はシトリンにもう一度礼を言って、ホールから運動場へその役割を変えた大部屋を後にする。そして映し身も私の後に続いて扉を潜り……そのまま庭に出た。


「あれ?」


 てっきり消えてしまうかと思ったのだが、意外にも月明かりの花壇の前で彼女はじっと私を見詰めている。

 普通ペットモンスターは街中に入ると常駐型だろうと召喚型だろうと消えてしまう。街中に入れるには、そもそも一瞬で消える一撃型を街の境界線から使ったりしない限りは不可能だ。


 映し身も分類上は一撃型だが、街の境界を超えると常駐型の様に消えてしまうのが常だった。

 しかしどうやら私が知らなかっただけで、一度家の中で召喚すればそれ以降は制限区域に入っても消えずに追従する仕様があるようだ。もしかすると自宅くらいはペットと一緒に居たいというプレイヤーのための機能なのだろうか。


 しかし、いつも通りあまり細かな制御ができないのでこのまま付き従っているだけだ。


 私は本邸の玄関の扉を開けて、柔らかな光に溢れる廊下を進む。

 そして自分の部屋のベッドに潜り込んで目を閉じた。このまま寝てしまえばログアウトだ。ちょっと“寝落ち”というのも気になっていたし今日は実践しようと思う。


 しかし、私の安眠はすぐに遮られる。

 ベッドが軽く軋み、誰かが掛け布団の中に潜り込んだ。少々おっかなびっくりで目を開けると、私の目の前にはラクスが目を閉じていた。


「……ベッドまで追従するのか、君」

「ベッドまで追従するのか、君」


 オウム返しで言葉を話す映し身の唇と人差し指で抑える。ゲームとは思えない柔らかな感触に思わず胸がドキリと鳴る。

 胸もお尻もちゃんと触れないのに唇はセーフなのか。基準が良く分からないな。口は性的じゃないってこと?


 私は今更ながら、アクセサリー扱いの映し身以外の装備をすべて解除すると、彼女も全キャラクター共通装備の野暮ったいインナーに着替えた。インナーとは名ばかりで、さっきよりも露出度が下がっているのはご愛敬というやつだ。

 インナーは能力値もないただの見た目だけの存在だ。裸装備になった時に本当に裸にならないためだけに存在すると言える。うっかりさんが鎧の耐久値を0にしたりすると装備が強制解除されるので、地味にちゃんと活躍の機会があったりする機能だ。


 私は何となくその恰好が気に入らず、メニューからインナーの変更を行う。確か舞踏服の最初の試作の時に、インナーとして登録した服があったはずだ。


 そして名実ともに下着姿になった私は、興味本位で布団を捲って映し身の体を確認した。


「お、おぉ……ラクス、改めて見るとすごい体してるな……」

「ラクス、改め……」

「言わなくていいよ……」


 思わず零れた言葉に反応した映し身に対し、私は布団を戻してむにっと口を塞いだ。

 そういえば今咄嗟にラクスと呼んでしまったが、この子はラクスじゃないんだよね。本名、本名か……。


「あなたの名前、何か考えなきゃね。何がいいかな」


 映し身、鏡、鏡鳴の社……弄月、霽月、水月……瑞葉……。


「んー……鏡の花で、鏡花(きょうか)にしよっか。あなたはきっと葉っぱじゃなくて綺麗な花だから」


 触れられないけど綺麗に咲いている。

 きっとその名は“私達”に似合いだろう。ラクスの本名にこそふさわしいのかもしれないが、あなたにこの名前を上げようと思う。


 私が鏡花を抱き寄せて目を閉じると、一番近くの誰かがふっとほほ笑むような気配がした。

 温かく柔らかな心地の中で、私は眠りに落ちて行くのだった。


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