舞踏服の性能
「あ、そうか名前……」
完了ボタンを押すと、装備の名前決定画面が表示される。量産品は適当に名前を付けていたが、流石にこれから愛用することになるであろうこの装備にはしっかりと名前を付けたい。
私は今一度その舞踏服をじっと見つめた。
幻夜の舞踏服の後継となるその装備は、やはりビキニタイプのベリーダンス衣装だった。
色は純白。幻夜の舞踏服が漆黒だったので、見た目の印象がかなり変わっている。その白い生地に、金の装飾が取り付けられている。絢爛にして優美。そんな印象を与える服だった。
最初は金属部分を金糸で刺繍しようとも思ったのだが、流石に手間な上に、若干仕上がりが不安だったので削った金属をそのままトップスにくっつけている。
他にも腰や足、そして耳や腕などにもベリーチェーンやアクセサリーが華やかに輝いていた。煌びやかに光を反射し着用者の体を鮮明に彩るその装飾は、私が散々苦しみながら彫った物だ。
細い鎖が上手く曲げて作れず、全部一つの塊から彫ったので想像以上に辛かった。製作時間のほとんどがここである。
そんな服の上から、合計で7枚の薄絹がふわりと包み込んでいる。
頭に一枚、二の腕から中指で留まる袖として二枚、下半身の前後ろに一枚ずつ、そして最後に月下の舞姫に二枚。
現在進行形で秘密兵器として活躍中の舞姫には、大きな改造を施してあった。
ファンベールという物を知っているだろうか。私は寡聞にして知らなかったのだが、国外の一部地域で一昔前に流行した踊りの小道具の一種らしい。お父さんは何度か見たことがあるそうだが、私はネットでいくつかの動画を漁ってようやく知った。
やや大きめの扇子の骨組みに長い絹を取り付けた物で、布は骨組みの長さを優に超え2m近い長さがある。当然それで扇げば柔らかで軽い絹布は本体からやや遅れて宙を舞い、さながら優雅に泳ぐ金魚のようだ。
舞姫はそのベールに改造させてもらった。数値上の性能はそこまで変わっていないが、なぜか耐久値がやや伸びている。振った感覚もかなり違うので、使用感もかなり変わるだろう。リーチが伸びるであろう半面、気になるのは布が邪魔で視界を塞いでしまうことだろうか。
全体的に一見上品にすら見える服に仕上がってはいるが、実際にこれを着て歩いている人を見た時に上品だと思うかは別である。
「名前何にしよう。んー……白夜、シルキー、夢見の鳥、アメノウズメ……」
「名前……そういえば、ラクスさんって本名は何と仰るんですか?」
「新雪……え? 本名?」
シトリンからの意外な質問に戸惑う。本名って“あの本名”のこと?
私が戸惑っていると、シトリンは不思議そうに言葉を続けた。
「ラクスって、踊り子としての通り名なんですよね?」
「あ、あぁ……えっと、そうなるのかな……?」
考えてみれば確かにこの踊り子としての名前なのだから、少し違うかもしれないが芸名や源氏名に近いのかもしれない。
しかし急に本名と言われても中々に困る。まぁ由来としては……
「名前……フルネームは、ラクス・シャルキーって事になるのかな……?」
「なるのかなって……」
「多分アルメとかラクスとかその辺だとは思う。とりあえず私は自分で自分の名前をラクスだと思ってはいるけど、本名かと聞かれると困るというか……」
あ、この服の名前アルメでいいんじゃないかな。
咄嗟に思いついたにしてはちょっと気に入った。アルメは日本風に言ってみれば芸者や花魁の事である。由来はともかく言葉の響きが可愛い。これに決定。
本名が分からない私にちょっと複雑な表情をしているシトリンを置いて、名前を決定して今度こそ作成の完了ボタンを押す。
そして表示された性能を見て、私は思わず目元を抑えた。
「覚悟はしてたけど、性能ビックリするなこれ……」
私が普通に作った服の1割以下の防御力しかない。初期装備に毛が生えたような性能しかなかった幻夜の舞踏服に比べても明らかに弱い。魔法耐性は多少高いが、物理耐性は初期装備にすら劣るビックリ装備だ。
それに合わせて装備制限もかなり低いので、防御系のステータスの弱い踊り子にも優しい仕様になっている。
さて、問題の追加効果だが、これがちょっと眩暈がするくらいに大量にある。
月下の舞姫は強力な効果がいくつも付随していたが、あれは魔性の絹布の素材としての性質だ。
このアルメには、魔性の絹布よりも手に入りやすいが集めるのが大変な常夜のクロス、そして現在入手手段が判明していない流星の欠片 i が使われている。そしてこのどれもが数値上の能力補正値を落として特殊な追加効果を付与する性質を持つ素材だ。
何が言いたいのかと言えば、舞姫の数倍追加効果の数が多い。流石に3倍までは届かないが、2倍は優に超えている。
その効果もかなり有用な物が多い。無いよりマシ、くらいの効果もなくはないが、あるとないとで大きく性質が変わる様な追加効果が半分以上だ。
いくつか見てみると、攻撃が掠った時のダメージ量を大きく減らす“紙一重”と“九死一生”、被ダメージが大きく増える代わりに与ダメージが増加する“虎穴”、遠距離攻撃の標的になっている時に敏捷性にバフがかかる“脱兎”、MP消費量が減る“叡智の技巧者”等々……“○○強化”のような汎用系だけでなく、性能の高い特殊な追加効果もてんこ盛りだ。
珍しい、というか私が初めて見る効果もいくつか含まれている。
まず、私がダメージを負った際に自分だけでなく味方のMPを増加させる“被虐の嬌声”、MPを消費して空中を蹴れるという“天狗飛び”、そして極めつけは自分が復活できなかった時に最後に攻撃した人物にダメージを返す“亡霊の呪い”。
最後の追加効果を詳しく見ると、どうやらHPが0になる直前に受けたダメージと失ったHPの差、そしてその被ダメージによって受け取るはずだったMPの量で反撃の威力が変わるようだ。
強力な攻撃を瀕死状態で受ければ受けるほどに強力になる自動反撃。一撃が重くて最大HPが低い魔術師系の敵に圧倒的に有利だろう。耐久が極めて低い私には打って付けと言える。そう簡単に死ぬ気はないし、死んで転移するのが確定なのでシステム上自分にメリットがないのは癪だが。
全体的に見て評価を下すならば、この性能は明らかに異常だ。
数字だけ見れば初心者すら買わないような性能なのに、追加効果は酷いの一言。防具とは名ばかりの、攻撃と回避に特化した、最早着る武器である。
正直、ここまでピーキーな性能にするつもりはなかったのだが……。
「……とりあえず着るか。今より弱いのか強いのか分からないけれど……」
「あ、お供します!」
敏捷性の補正値も変わったので、体に馴染ませる必要があるし、天狗飛びは少し興味がある。場合によっては回避にも奇襲にも使えるだろう。
メニューから装備を回収すると、私は作業部屋から、そして家から出て庭を横目に進む。
夜空にはきれいな星々が瞬き、庭の花々はその星に手を振る様に揺れていた。風の穏やかな、静かな夜だ。この世界は毎日こうだが。
私達は庭を抜けて別館に足を踏み入れる。あまり使ってこなかった……というか現在全く使っていない場所だが、一応ここも自宅の一部である。
別館の中央の大きな扉を開けると、そこは広いパーティー会場のような大広間だ。
私とシトリンはざっと家具を片付け、目一杯広く場所を取った。
「えーっと……戦闘制限解除でいいのか」
そしてやや高い音が響く寄せ木張りの床を数回踏み鳴らし、メニューから住居の設定を変更する。
見た目は何も変わっていないが、これで今ここは通常フィールドと同じようにスキルや装備が使える場所になった。
街中では使用が制限されているので、基本的にスキルや武器は使えない。おそらくは嫌がらせ防止のためなのだろう。ダメージはなくともノックバックはするからね。
そして私は装備変更画面から、全身装備を一式呼び出した。