不具合と挑戦
「なるほど……これ対応としてどうなの?」
「一番被害者が少ない方法ではあるな。全プレイヤーが有利になる。そのアドバンテージが低いか高いかの差にしかならん。……今のタイミングなら、騒ぐ奴も少ない」
「よく分からない」
「右に同じく! これって結局どういうこと?」
堅苦しい、そして長い通知内容を読むことを早々に諦めた二人がそんな事を言う。
「えっと、そうだな……」
問題になった不具合の前に、アップデートの話をしなければならないだろう。
今回のアップデート内容は新規職業と各職業の奥義スキルの追加だ。
奥義スキルは前々から話題になっていた通り、職業レベル100になると強力な新しいスキルを覚えられるという話だ。習得にはある特定のアイテムが必要になるらしく、それぞれこの世界のどこかに隠されているらしい。ちなみにキーアイテム扱いで譲渡不可能だ。
しかし、今のところ私達には関係ないだろう。何せあれだけイベントに参加していた3人がまだ職業レベル80にも満たないのだから。
そして新規職業だがこれは今までの職業とは違い、初期から選べるが複合職も上位職も派生しない特別な職業だった。新規職業を今までの方式で採用すると派生先もかなり多めになり、スキルの調整も手間になってしまうので仕方がないかもしれない。
新しい職業の名は“魔物使い”という。
自分の能力値は初期職業並みにしか成長しない代わりに、ペットの能力値を向上させたりすることができる職業らしい。第3エリア未満のペットモンスターがどれも微妙な性能なので、ある意味上級者向けの職業と言えるだろう。
また、プレイヤーや“野生”のモンスターに比べるとペットモンスターは控えめな能力をしている事が多く、好きなペットを活躍させたいのに難しいというプレイヤーにとっても福音となり得る職業だ。
そしてこの職業のスキルツリーに、“ペット編成数増加”というものがある。
これが問題だった。
実装直後と言うこともあり、多くのプレイヤーが魔物使いに転職して育成を始めた。
特に上位陣はSPが余っている人もいる上に、昨日のイベント報酬で多くのSPスクロールが手に入ったはずだ。そのため物凄い勢いで検証は進み、魔物使いのスキルはものの数十分で検証が終わったとさえ言われている。
そんな中で非常に楽しいスキルとして評判だった編成数増加は、常時発動型のスキル。読んで字の如く、装備のアクセサリー枠に二体目のペットモンスターを編成することができる様になる効果がある。
魔物使いのスキルツリーにはこれと同一のスキルがもう一つあり、育成するなら一番最初に最大編成数の3体揃えてから他のスキルを伸ばすのが鉄則と言われる程に評価されたスキルだったのだが、これに一つ不具合が生じてしまった。
何とこのスキル、一度習得すると他の職業にも影響してしまい、魔術師だろうと戦士だろうと3体のペットが編成できるようになっていたのだ。
当然アップデート直後からこのことは話題になり、ゲーム内の雑談掲示板は大騒ぎ。一部不具合ではないかという声もあったが、SPスクロールが飛ぶように売れていき、多くのプレイヤーが魔物使いのスキルツリーを育成し始めた。装備型のペットには“アイテムドロップ率増加”などの効果もあるので、それを目当てにしたプレイヤーも多かった。
しかし、これが残念なことに運営側が想定していない不具合だった。装備の制限を解除するという、今までになかった新しい形式のスキルなのが原因だろう。
運営が修正を発表すると、高い金額を支払ってツリーを育成したプレイヤー達が大爆発。学生の多い夏休みという期間だったこともあってか、運営に何件もの問い合わせが殺到した。
その結果出した運営の対策は、
「全プレイヤーのペット編成の最大値を3にして、件のスキルは削除。魔物使いを育成したプレイヤーには、ポイントと経験値をスクロールとして返還……」
「育成スクロールは今が買い時だろうな。値段が大荒れだ。結局一番損したのはスクロールを高騰した時に買ったプレイヤーで、後は魔物使いの相対評価が落ちて魔物使いやるぞってプレイヤーのやる気が殺がれたくらいか?」
「……結局私達に何か関係あるの? ペット増えただけ?」
「私達はスキルツリー育成してないしスクロールも買う予定ないから、ペットの編成数が3になっただけだね。……ゲームバランス調整でペットに下方修正が来ない限りは、だけど。来たら嫌だなぁ……」
「んー……棚から牡丹餅?」
「結局は不具合だからな。個人的にあんま嬉しくはねぇな……」
特に書かれていないが、“全プレイヤー”を対象にしたということは傭兵はペット編成数1のままなのだろうか。そんなに枠があっても装備系以外は使いこなせないだろうし、そこはまぁいいんだけど。
私はメニューを開いて、とあるボスの、とあるドロップアイテムで埋まっているリストを遠い目で眺める。それにしてもこの状況は……
「これ、またペットの値段上がるよね……。今私大量に“悲恋の面影”の魂出品してるんだけど……」
「……ま、まぁあれじゃね? 悲恋だったら周回しやすいし、今は転移結晶全員持ってるんだから前回ほど上がらねぇって」
「そうだよね……」
ちょっと見たら酷い値段になっていた気もするのだが、多分イベント直後で比較的皆魂持っているだろうし、そこまで吊り上がったりはしないと思う。
レアドロップが一個も市場に流れない程に嫌われていて、尚且つそこそこ人気のあるモンスターだということには目をつぶろう。
***
3人がそれぞれの目的地に向かった後、私はしばらく作業部屋で裁縫を続けていた。
デザイン画を元に触り心地の良い布地を縫い、軽すぎて不安になる金属を彫っていく。元の舞踏服に比べると装飾が細かくて大変だ。多少作業に慣れた今でも時間がかかるラリマールのお菓子の服よりも手が進まない。
いや、実際には進んでいる。細かな作業ばかりで進展が見えないだけなのだ。しかしそれはそれで気が滅入る。
何度目かになるおやつ休憩を終えて、私は大きく息を吐いた。
面倒だし多少簡略化しても……と少し思ったのだが、お父さんに手伝ってもらった物だし、そして何より中途半端に出来てしまったので今更デザインを大きく変えることはできない。
私は諦めて、再び錐のような細い刃物を手に取った。
そして作業開始から4時間。
作業部屋から見える空がいつの間にか暗く染まっているそんな時間に、その衣装はついに完成を迎えた。
「で、出来た……? これ、もう作ってないパーツないよね……?」
「ついに出来たんですね……!」
私はデザイン画と机に並べられた貴金属の装飾品の数々を見比べる。えっと、お腹、腕二組、足が二組と一つ、靴、頭一式……ある? あるよね?
私は途中から補佐をしてくれたシトリンと共に何度も確認していく。
そうして3度目の確認を終えた時、私とシトリンはお互いに顔を見合わせた。
「か、完成です! 早速組み合わせていきましょう!」
「お、終わった……今日中に終わらないかと思ったよ」
満面の笑みで装備確認用に使っている人形を用意するシトリンとは対照的に、私は一気に力が抜けて椅子に体を預ける。
彼女は簡素な人形を私の前に持って来ると、大急ぎでその人形に装備を着せ始めた。それを黙って見ているわけにもいかず、私も間違いやすそうな装飾品を手足に着けていく。
その人形は瞬く間にその全身を煌びやかな衣装で覆われ、最後に大きく改造した月夜の舞姫を持たせられた。ついでとばかりにインベントリから水月も取り出して腰の部分から下げ、明日から私の相棒になるであろうすべての装備が飾られる。
「感動です!」
「ようやく完成したんだ……もう鎖なんて作りたくない……」
私はデザイン画と完成した装備を見比べて不備がないかを確認。そうして上から下まで、表から裏まで確認し終える。自然と気が抜けてもう一度椅子に腰を下ろした。
「これが新しい装備、か。今着てるのと大分印象変わるね」
「早く着てみましょう!」
「その前に“完了”して性能見なきゃ……」
興奮するシトリンを抑えてメニューを開く。完成前に見える性能は数値上の物なので、追加効果がどうなっているのかはまだ分からない。
よく考えれば試作もせずに始めてしまった私も悪いが、これで性能悪かったら許さないからな。誰とは言わないが。
私は少し緊張しながら、装備作成の完了ボタンを軽く押すのだった。
ようやく新しい防具が出来ました。長かったですね。戦闘では幻夜の舞踏服はお役御免となりそうですが、流石にここまで愛用されればサクラギ商会の店主ジロさんも喜んでいる事でしょう。
実はお父さんの設定考えた時から親子で服作れたらいいなとは思ってしました。まさかここまで引っ張ることになるとは思っていませんでしたが。