素材を求めて
現在時刻は日曜日の午後9時。
そろそろイベントのラストスパートという時間に、私はイベントと全く関係のない“怨嗟の館”をひたすらに周回していた。
巨大で豪奢、しかし明らかに古びたその洋館は、呪われている。
正面の大きな門を通り、枯れた花々が侘しい庭を抜け、巨大な屋敷に足を踏み入れると広いロビーがある。そのロビーの階段を上って3階の一番大きな部屋が目的地だ。
私はダンジョンに入る度にかかっている鍵を開錠して扉を開ける。
そこにはいつかと同じように悲恋の面影が、こちらをじっと見つめていた。
私は相手の動きに構わずに、新たな愛刀“水月”を構えて猛進する。
シトリンとショールは部屋の左右に散り、カナタは光の召喚獣達を呼び出していた。
水月は水晶で作った光属性の剣だ。
依頼の槍とは違い、氷よりも光を中心に調整したので光属性付与の追加効果を持っている。踊り子は光属性の攻撃を持っていないので使い勝手は悪くないと思う。まだこのダンジョンでしか使っていないのではっきりとは言えないが。
その上膨大な研究結果から導き出された最適な、そして高級な素材の柄や装飾によって、舞姫にも付いている属性攻撃強化やMP消費軽減、弱点属性強化など有用な追加効果を同時に持っている。
能力値補正は弄月に比べると物理攻撃力が若干落ちてしまったが、全体的に見れば十分に強化されたと言っていい範疇だろう。
このダンジョンのモンスターが光属性に弱いのもあって、剣の舞系の無属性スキルを使うと本当にサクサク斬れる。気持ちがいい。
魔法攻撃を織り交ぜつつ、私達は攻撃を繰り返す。ボスのHPが半分ほど減ったタイミングで、元は絢爛豪華であったことを思わせる汚い寝室が闇に包まれた。
私とカナタの召喚獣がピタリと動きを止め、悲恋の面影の動きを目で追った。少々私達は休憩だ。
替わりにシトリンとショールの立ち位置を確認したラリマールが、入り口の場所から声を張り上げる。
「準備はよろしくて?」
「構いません」
「いつでも合わせます!」
「では、3、2……」
ラリマールの声に返事をした二人が、それぞれ弓を構える。
そしてカントダウンと同時に、面影に雷撃が放たれた。
この闇の範囲攻撃の最中、悲恋の面影は回避ばかりする。時折思い出したかのように反撃することもあるが、こちらから一切攻撃をしないとかではない限りレアケースだ。
当然、その雷も面影の残像を乱すばかりで、本体を捉えることはなかった。
しかし雷撃から一瞬遅れて、面影の左右に立っていた二人が同時に矢を放った。
矢は一直線に闇の中を飛び、見事出現したばかりの面影に直撃する。
傷口を押さえる様に蹲る面影に私達はありったけの攻撃を加えると、少女は悲痛な絶叫と共に影に解けていった。いじめの様で少々可哀想だが、今はとにかく討伐速度優先である。
私達はその光景に喜びもせずに急いで転移陣に乗って、入り口へと戻る。
そして再び鉄の門の奥へと足を踏み入れるのだった。
私が悲恋の面影戦で考えた作戦は、とにかく転移先に射撃を当てる事だけを考えたものだ。
フランのおかげで転移に法則性があることは分かったが、このメンバーではあのフランの射撃のような真似は難しい。少なくとも百発百中とは行かないだろう。
そこで利用しようと考えたのは、遠距離攻撃に反応した際には必ず左右に転移するという性質だ。
遠距離攻撃を避けた後は左右どちらに動くか分からない上に、移動距離も区々で狙うのはフランですら容易ではないのだが、遠距離攻撃役が三人居れば誰だってできる非常に簡単な方法を思いついてしまったのだ。
まず、面影を中心にして丁字になる様に遠距離攻撃役を配置する。そして手前側の陽動役が攻撃し、面影の左右への転移を強制する。そして左右に配置された本命の二人がとにかく真っ直ぐに直線軌道の攻撃を行えば、自然と面影の転移先に攻撃が当たるという寸法だ。
実は見えない間も当たり判定だけは転移先にあるので、陽動の直後にとにかく真っ直ぐに撃てばそれで当たるのだ。私が暇なのが難点だが、非常にお手軽に早く片付く我ながらいい作戦だ。
元庭園を踏み荒らす不届き物を排除するために出てきたモンスターをスキルで軽く捻りつつ、私達はこの屋敷の主の部屋へとひたすらに駆けた。
昨日は移動で時間が潰れてしまったのでまだ9時間しか周回していないが、一周平均3分で終わるので既に200周弱は回っている計算である。確認する時間も惜しいとレアドロップの通知を切っているので数は分からないが、明日には十分な量が集まると思う。
私は最早聞き慣れた叫びを聞きながら、再び屋敷の入り口へと戻るのだった。
***
あの世界のダンジョンには、時折物語が付随しているものがある。
代表的なのは神域だろうか。カナタがそうだったように、あの世界の住人が大きく関与している場所や、あの石像の女性がそうだったように、既に亡くなっている人が関係している場所もある。
怨霊の住まう屋敷、怨嗟の館は後者の物語がある場所だ。
出現するモンスターはすべてあの屋敷の関係者の“面影”と呼んでも過言ではない。
屋敷や庭を巡回する鎧、“忍従の鎧”は屋敷の警備をしていた騎士の物。
メイド服を着た等身大のガラスの人形、“絶叫する硝子細工”は使用人の姿。
そしてただ漠然と人の形をした霊体、“黄泉の道連れ”はあの屋敷で亡くなった人の魂だと言われている。
それぞれ地味に耐久が高かったり、遠距離型の魔法使いだったり、HP全損時に自爆したりと面倒な敵ばかりなのだが、そう聞くと何だかそのまま放置するのも気分が悪くて、私は立ちはだかったモンスターはすべて斬り伏せた。せめてこれで楽になってくれればいいのだが。
そして、塔で出会った時から気になっていた不思議な名前の“悲恋の面影”もまた、この屋敷の関係者の一人である。
彼女はどうやらこの屋敷の主に奉公に来ていた少女だったらしい。故郷に恋人を残してきた彼女は、屋敷の主に見初められ夜な夜な寝室で舞を踊っていたそうだ。
……と言うことはつまりこの幻夜の舞踏服、そういうことに使われていたと考えてまず間違いない。ちょっと早く次の服作りたくなってきた。
彼女はそんな日々を恋人との文通で耐えていたそうだが、別の奉公人が来て余裕が出来たある日。一日だけ里帰りを許されたらしい。
彼女は大いに喜び恋人の家へと向かったが、そこで見たのは別の女と逢瀬を楽しむ恋人の姿だった……。
ここまでが彼女の物と思しき日記から推測される物語だ。
この続きは館の主の日記に記されていた。
結局、彼女は里帰りしたことを彼に告げることなく屋敷へと戻り、数年後に流行り病で亡くなったそうだ。
この日記には他にも色々と書かれている。
実は浮気相手の女性を恋人に宛がったのはその主であり、彼は自分の恋人がどういった仕事で帰ってこられないのかをその女性から色々と聞かされていたらしい。
それでも気付かない振りをしながら文通を続ける辺り凄いとは思うが、結局は言い寄ってきたその新しい女性を振り解くことなく逢瀬を重ねたようだ。
悲恋と一言で言い表すには少々ドロドロし過ぎている話に、日記を読んだカナタと二人で微妙な顔をした。そもそもこれ日記に書いて楽しい内容なのかな。
……楽しかったんだろうなぁ。何せこの館の主、他にも色々あくどい事をしていてあらゆる人物から恨みを買っているが、自分は天寿を全うし満足そうに死んでいる。
それを表しているのか、この主らしき幽霊はこの屋敷にはいないのだ。
比較的新しそうな報告書には、黄泉の道連れがこの屋敷で死んだ人達らしいと書かれていたので、おそらく人殺しもしている本当の悪人だ。おそらくは今頃は地獄で極卒と仲良くしている事だろう。
周回し始めの頃は忍従の鎧の苦悶の声や、絶叫する硝子細工の砕ける叫びに精神をすり減らしていたのだが、流石にもう10時間居たので多少慣れてしまった。
私はシャワーで嫌な汗と感情を洗い流して、お風呂にゆったりと浸かるのだった。