納品と管理
その日の午後八時。
現実では既に夜の帳が下りている時刻だが、この世界では真昼間である。
そろそろ深夜帯にプレイするプレイヤーもログインして来るそんな時間に、私は自宅の鍛冶場で一対の双剣を研いでいた。
大きな砥石にその氷の様に透明な刀身を押し付け、一心に磨く。納得のいく剣にするにはここが重要……な気がする。凩さんの刀みたいに適当でいい奴は適当に作るんだけどね。
そういえば、彼の槍にもそれほど時間を掛けなかったな。
後ろで槍の素振りをしているカジキさんと、それを見守る泥団子の姿をチラリと確認する。槍の使用感の確認にはまだまだかかりそうだ。
私はまったく同じように研ぎ澄まされた二本の剣の出来栄えに一応の納得をすると、柄の作成に取り掛かる。
とりあえずで作ってみた霽月と違い、今回の剣は目指すべき目標がある。
そのために使っている素材は、まさに今最終調整中の依頼品にも使った銀嶺の光だ。その水晶の刀身に攻撃魔力と物理攻撃力を上げる装飾や柄を準備して、弄月の後継にしようと考えたのである。
高級素材はまだまだあるし、柄を二つ作るくらいなら存分に素材を使える。
ただ、デザインすら決まっていない防具でどれくらい使うことになるのか分からないので、あっちに使う予定の3つの素材は使わない。流星の欠片とかちょっと気になるのだが、能力補正値が下がるのはいただけない。
私は持ち易さと美しさを兼ね揃えた金色の柄を無心で彫っていく。モチーフは、あの花だ。ちなみにあのハーバリウムはまだ私の机の上を彩っている。紗愛ちゃんの指輪も一緒だ。付けてると無くしそうで怖いので、少々気後れするがあまり身に付けない様にしている。
想像と違う出来栄えに、何度かデザインを最初から直しながらも納得のいくデザインに纏まりかけたその時、背後から急に声を掛けられた。
「あの、持ち手の変更をお願いしたいのですが」
「え、えぇ。分かりました」
正直もうちょっと待っていて欲しいという気持ちもあるが、こっちを先に仕上げなければ結局どこにも行けないので渋々槍を受け取る。
私は彼の話を聞きながら、槍に滑り止め用の加工を施してく。その度にツルツルしていた槍の表面は曇りガラスの様に白く濁っていく。透明感のあった前の方が綺麗な気もするが、この辺は好みだろうか。
他にも握り易く細かな突起をつけ足したりして改造を施す。槍は柄が長いので持ち手の調整は大変だ。
穂先の手前から石突の直前までしっかりと手を加えて、彼に再び返した。
「何かあれば声かけてください」
「ええ、助かります。いやぁ、最初は美人な女のアバターで驚いたけど、普通の人で良かったです」
彼は槍を受け取りながら、笑みを浮かべてそんなことを口にする。早々に自分の柄の彫刻に戻っていた私は、その言葉に若干の違和感を覚えながらも作業を続けた。
カジキさんは何度か槍を振りながら、満足そうに手元を確認していた。
そして、軽い雑談のような口調で言葉を続ける。
「異性のアバターでプレイするのってどんな気分なんですか? それもそんな美人の……」
「え?」
「あ?」
私は手を止めて顔を上げる。今彼、異性のアバターって言った?
驚いて振り返ると、同じように何を言っているのか分からないといった表情で固まる泥団子が立っていた。
唯一動いているのは当の本人、カジキさんだけである。……この状況、ファロさんの装備の時に似ているな。
私は彼が何か勘違いしているということをようやく飲み込み、真実を告げた。
「あの、カジキさん……?」
「え、何です?」
「私、女ですよ?」
きょとんとした表情で私の顔を見る彼を、私は真顔で見返す。少しの間彼もまた固まっていたが、それでも何とか私の言葉を理解できたのか急にオドオドと動き出す。
「……いや、いやいや、だって……え?」
「私は現実でも女です」
「その恰好で!?」
「普通に服着ますよ……」
何か混乱しているらしいカジキさんを泥団子に任せて、私は作業に戻る。お友達の事は任せたぞ。
後ろからは何か慌てたような話し声が聞こえてきた。
「いや、何でそんな勘違いしてんだ?」
「え、だって、ネットで散々ネカマだって……それにお前の中学の友達なんだろ!?」
「俺に女友達が居て悪いのか!?」
泥団子、一義君は中学の時からそこそこモテてた印象なんだけどな。紗愛ちゃんと居る時が一番楽しそうだからみんな遠慮して近付かなかっただけで。
しかしどうやらカジキさんの高校の男子からはそんな印象は全くないらしく、一緒にゲームをする女友達が居ることすら驚愕の事実らしい。さっさと紗愛ちゃんと付き合わないからそういうことになるんだよ。
「じゃ、じゃあユリアさんもリアルの女性……?」
「あれは幼馴染」
「はぁ!? 何それ!?」
その後も何か衝撃の事実の判明や言い合いが続いたが、私が柄を作り終える頃にはそれも一段落し、落ち着いた様子のカジキさんが私を待っていた。
柄と透明の刀身を組み合わせて一応剣の形になった所で、作業を止めて彼を振り返る。
「えっと、そうとは知らず申し訳ありません……」
「誤解が解ければそれで充分です」
「本当に? 殴らない?」
「なぐ……え? 何で?」
急に飛び出した暴力発言に目を白黒させていると、泥団子がため息混じりに補足説明をする。
「こいつ中学の時、同じ部活の女子に告白してぶん殴られたんだとよ」
「それ以来、女子が怖くて……その、あれは陸上部でそこそこ顔も良かった自分に己惚れていた自分も悪かったのですが……」
「え、陸上部……?」
ど、どっかで聞いた話のような……。私は泥団子を小さく手招きする。
首を傾げながらも私のそばに寄ってきた彼の耳元で彼の出身校を聞くと、どうやら市内の中学校らしい。泥団子と同じ高校なんだから当然と言えば当然かもしれないが。
「あの、カジキさん。その人どんな人だったんですか?」
「え? フランは……あ、本名じゃないんだけど……」
「フラン!?」
「ん? 一義……じゃない泥団子、フランを知って……るわけないか」
彼は泥団子の反応に首を傾げながらも、その“フラン”についての話をしていく。
クールで不愛想、興味のない事は全くやらない癖に物覚えは良くて、テスト前にちょっと勉強しただけでいい点を取る陸上馬鹿。手足が長くて顔も良く、一度でいいから……という話までして私が女だということを思い出したのか、将又ゲームシステムからセクハラの警告が来たのか言葉を止める。
一回でいいから何だ。あんまり変なことは言わない様に。
それを聞くと、今度は泥団子が私に耳打ちをする。
「なぁ、あのフランってもしかして……」
「こっちのフランは市内出身で元陸上部。高校一年で同じ部活の先輩にしつこく言い寄られて殴ってる。陸上はその時辞めたみたいだけど」
「……完全に同一人物じゃねぇか。いや、確かにあいつなら殴るかもしれんな……」
そもそも人気のない場所で一対一で会っている時にしつこく言い寄られたら普通は怖いと思うのだが、それを平気でぶん殴るフランはちょっと格好いいとすら思うよ私。
ただ、その感性は男子の泥団子には通じなかったのか、微妙な表情をしている。
「これ、どうすればいいんだ?」
「どうするって……隠す以外に平穏が得られる方法があると思う?」
「だよなぁ……」
私達は一つの共通の秘密を胸に、その“仕事”を終えるのだった。