面影への未練
「ぬぅ……余の見せ場だと思ったのだが、完全にフランとラクスに奪われた……」
「お二人共、凄いです……あ、でした? 違う、凄かったです!」
「あれは見事だったな。リプレイ残していいか?」
私とフランは3人からの称賛の言葉を受け取りながら、お互いの動きを認め合う。
羅刹さんの大技のタイミングが完璧だったとか、凩さんも地味だが牽制として有効だったとか、ファロさんは……目立っていなかったが、しっかりと羅刹さんのフォローをしていた。悲恋の面影は妨害系呪術が無効化されるので、邪神官との相性が悪かった。仕方ないね。
私達はとりあえず安全地帯の71階に上がって、メニューから色々と確認作業に入る。
道中でもちょっと使ってきたし、私は舞姫の耐久値が少々心配だ。残っている武器は霽月だけなので、魔法攻撃を抜いた戦いを強いられることになる。
他のメンバーもそれぞれ消耗品などがなくなっていることだろう。
今日はここで抜けさせて欲しいと口にしようとした瞬間、システムメッセージが立ち上がった。内容を読めばフランからの譲渡申請と書かれている。
どうやら今回も素材系を全部私に押し付ける気満々らしい。一応道中で拾ったはずの消費アイテムの類は入っていないので、分別自体はされているのは少し安心か。ざっくりし過ぎだが。
「フラン、要らないのは分かるんだけど、本当に全部私に渡すの?」
「面倒見てもらってるお礼?」
「それは語弊がある……フランも鍛冶とか、やらないね」
やってみたらという言葉を言い切る前に、不満そうな顔を見て諦める。装備作りはやってみると楽しいのだが、フランは興味ない事すると寝るからね……。
譲渡申請を許可し、一応自分のインベントリを整頓する。まだまだ空きがあり不用品を捨てるような段階ではないのだが、たまに確認だけはしておこう。またあんなことになったら困るし。
そうして整頓したリストの上に、見慣れないアイテムがある事に気が付いた。新規入手を示す表示があるので、おそらくは先程のボス戦でのドロップだろう。
「ん……? 常夜のクロス……?」
「あ、布のレアドロップですね……! おめでとうございます! 服作るんですか?」
「そう、ですね。使えれば、ですけど」
若干興奮気味に私のインベントリを覗き込むファロさんを前に、私は件のアイテムを取り出す。第3エリアのボスのレアドロップアイテムなら、十分に最高級の範疇に入る様な素材のはずだ。しかも布。私も少しワクワクしてきた。
ふわりと手の上に落ちたそれは、向こう側が透けて見える滑らかな布だ。あの彼女のドロップアイテムと言うことは、これももしや幻夜の舞踏服の素材なのだろうか。
しかし、そのアイテムは手の平に収まる程度の大きさだった。
「……これで何を作れと?」
「お、思ってた三倍くらい小さい……」
興味本位で取引掲示板を見てみると、すでに取引が終了した過去の出品ばかりが出て来る。イベント中にもか関わらず、現在取引されている品物は一点もないようだ。流石は大外れ枠のレアドロップ……。
私は装備の耐久値的に一度帰りたい旨を告げ、今日はここで解散となった。全員いつも固定で組んでいるメンバーが居るらしく、おそらくだが二度とこんな変なパーティを組むこともないのだろう。
私達はそれぞれ別れを挨拶を済ませ、ツバキの街に帰還するのだった。
***
服の売れ残りのバニースーツに身を包んだ私は、食堂でラリマールのカステラを頬張りながら目の前のマネキンを彩っている幻夜の舞踏服と、手元に出した素材を見比べる。
手元にある素材は、精錬し異様に軽いインゴットになった流星の欠片 i と魔性の絹布、そしてさっき入手した常夜のクロスだ。
これらはそれぞれ、金属装飾部分と、メインの布地部分、そしてヴェールやパレオのシースルー素材として私が同一の物だと睨んでいる素材である。
「全部揃った……とは言い難いかなぁ……」
「まさかとは思いますけど、その布集める気ですか……?」
「そのまさかと言ったら?」
「お付き合いはしますけど……」
私と同じく幸せそうにカステラを食べていたシトリンが、いつまでも唸っている私に遠慮がちに聞いてくる。どうやらこれが強敵のレアドロップだということを知っているらしい。さっきフランと話していたのはこのことだろうか。
うーん……ボスのレアドロップはフルパーティでやった時、多めに見積もっても7%前後。傾国のレアドロップ率上昇入れて10%だとして、ダンジョン一周にかかるのは大急ぎで1時間……いや頑張れば40分くらいで行けるだろうか。
とりあえず10枚集めるのに4,000分だから、67時間? 一日10時間だから、一週間かかる計算なのか……それにそもそも10枚で足りるかは怪しいしなぁ……。
いや、一周にかかる時間をざっくり見積もり過ぎだろうか。私は彼女が“本来出現するダンジョン”を知らない。小さい場所ならモブとの戦闘を無視して全速力で駆け抜ければ数分というところもあるし、ボス戦も低防御で周回しやすい……しやすいかなぁ。
「とにかく下調べしてからだな……」
ボスは光属性が弱点なので泥団子が手伝ってくれればいいのだが、生活習慣が合わないので一日十時間付きっ切りは無理なはずだ。
私はいつもの攻略サイトでボスの名前を検索にかけた。粒の大きいザラメの砂糖を口の中で転がしながら出てきたページを読み進める。
どうやら悲恋の面影は本来“怨嗟の館”という第3エリア南のダンジョンのボスらしい。天上への塔には期間限定の出張出演だ。
その館は広いが、一度入れば鍵が手に入るので二回目からはボス部屋に直行できる珍しいダンジョンだそうだ。そのためペット目的で周回していたプレイヤーも多かったのだとか。
ちなみにボスのペットモンスターの中では珍しい常駐型のモンスターらしい。私は映し身に慣れてしまったので今更変える気はないが、傭兵のペットもそろそろ考えなければならないので要らないとは言い切り難い。相性悪そうではあるが。
「うーん……」
見た限り、周回に必要なのは完全にボスとの戦闘だけだ。効率化できれば物の数分で一周できるだろう。
効率化できれば、だが。
私は依頼を受けて以来完全に諦めてしまっているが、ユリアと泥団子、そしてフランは意外にイベントへの参加率が高い。それぞれ目標があるようだし、私の装備のためにあまり煩わせるのも良くないだろう。
しかし、フランか泥団子が居れば圧倒的に楽になるのも確かだ。あの闇の範囲攻撃を解消するのに、泥団子の広域浄化魔法とフランの射撃は非常に有効に思える。
対して私の戦力では、範囲魔法は呪術師のラリマールが、遠距離攻撃はショールとシトリン、そしてカナタが持っていた。
しかし射撃組はフランほどの腕はないし、ラリマールもカナタも祓士ほど有効には思えない。特にカナタは光属性持ちだが範囲攻撃らしい範囲攻撃を持っていない。ラリマールも転移の範囲を覆う様な広範囲の魔法を持っていなかったはずだ。
「いや、待てよ……?」
そういえば、あの敵の避け方のパターンって遠距離の時少し変わったような……?
「これ、いけるんじゃないかな……?」
パチリと戦略が音を立てて組み合わさる。
私達、このダンジョンの周回本当に数分で片付けられるのでは……?