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面影を追って

「せい!」


 羅刹さんの正拳突きが雷撃を纏ってゴーレムを爆砕する。踊り子の属性舞も大概だが、魔法判定の近接スキルは派手な物が多い。

 私はその閃光に少し目を細めながら、彼女の横を抜けていくモンスターを斬り付ける。敵意が私に向いたら即座に羅刹さんに擦り付けた。

 彼女は攻撃を()なすのが上手く、バフ込みならば数値上も比較的丈夫なので4体くらいまでなら問題ないだろう。


 私は立ちはだかるモンスターを壁を蹴って飛び越して、敵陣の中央に躍り出る。そこでは既に映し身が戦っているが、私はその隣で“幻惑の舞”を発動した。

 属性舞に比べるとやや緩やかな動きだが、今までのスキルの中で最も“舞”と言う名に相応しいと思う。そして、スキルが終了した瞬間に私を中心にモンスター達が好き放題に暴れ出した。


 しかしその攻撃の先には誰一人居なかった。

 幻惑の舞は自分を中心にした円形の範囲内の敵に幻を見せる妨害スキルだ。同時に防御低下も付与するので、密集している相手には非常に有効なスキルである。

 欠点はと言えば、攻撃判定がなく効果の発動も舞の終了時なので、こうして敵陣の真ん中で援護もなく使うと潰されやすい事。今回こうして何の問題もなく出来たのは、映し身と羅刹さんのおかげなのだ。


 急に攻撃が雑になったモンスター達に、巨大な氷の矢や弾丸が殺到する。

 私も負けじと映し身と共に弄月を振るった。


 その後は特に問題もなく戦闘は終了した。

 私は細かな反省点を頭の中で確認しながらも、一息ついている羅刹さんの前で頷いて見せた。


「ここまでできればこの辺りなら十分でしょう。このまま登って行けば今の動きにも慣れてもっと戦えると思います」

「余があれだけ活躍したのだ。当然だな!」


 いつも通りふんぞり返っている羅刹さんの後ろで、後衛3人は作戦を話し合っている。後ろは後ろで頑張って連携してくれ。


 今回私が皆と立てた作戦はこうだ。

 まず、先頭に出るのは羅刹さん一人だけ。半ば孤立しているような立ち位置で全員を守ってもらう。

 これは彼女の戦闘技術の高さを評価したポジションだ。バフも絶やさずに使い続け、全力で一対多の戦闘を(こな)してもらう。その代わり連携や面倒なことは全部他のメンバーにお任せだ。


 私はその横を通り抜けるモンスターを羅刹さんに押し付け、敵の弱体化を狙う。

 私の役割から考えれば攻撃は二の次だが、ペットの映し身はあまり高度な作戦を指示できない。彼女は好きにさせている。

 あれはもう仕方ない。むしろあれじゃないとゼロ距離連携できないし。


 そして前衛から中衛に下がった凩さんだが、彼には詠唱魔法を使ってもらっていた。魔法戦士の魔法は攻撃ばかりなので、火力支援の役割だ。

 下手にタンクをしてもらうよりも、こちらの方が圧倒的に有用だという判断である。咄嗟の判断力に優れているし、もしも私がへまをして後衛にモンスターが迫った時には近接で時間を稼いでもらうことになっている。


 唯一フランだけはいつも通り自由に撃たせている。羅刹さんのピンチを救うために、やや余力を残しておいて欲しいとは伝えてあるが、今日はノリノリなのでどこまで聞き入れてくれるかは微妙な所だ。


 そして苦労人ファロさんはといえば、羅刹さんの回復に専念してもらっている。どうしても被ダメージが羅刹さんに集中する戦い方なので、回復だけとはいえ責任重大である。


 それぞれの役割をまとめると、足止め、妨害、敵意の管理は私。盾役は羅刹さん。攻撃はフランと凩さん。回復がファロさんだ。

 明らかに羅刹さんに頼る戦法なのだが、こればっかりは仕方ない気がする。

 彼女の連携と、凩さんの戦いがもっと上手ければ戦略の幅が広がるのだが、プレイヤースキルは一朝一夕にはどうにもならないのだ。特に彼女らは第3エリアまでこの戦い方で来てしまったプレイヤーなので、癖はそうそう抜けないだろう。


「いたぞ、やるぞ!」

「気を付けて」


 敵を発見した羅刹さんが、真っ先に駆け出してトカゲを殴る。今回の敵は二体なので、連携も敵意の管理もあまり気にすることはないだろう。

 映し身の後を追いながら、彼女の背を見る。


 殴り飛ばされたトカゲはすぐに体勢を整えて羅刹さんに跳びかかっているが、彼女はトカゲではなくゴーレムに回し蹴りをお見舞いしていた。いつもならばとりあえずトカゲを優先して倒して、もう一体は私に任せる場面だ。

 しかし、彼女は自分の後ろに向かうゴーレムの敵意を自分に向けさせた。


 もしや、戦い方を意図的に変えているのだろうか。

 当然トカゲの噛み付きからは逃れられず、HPが少し減る。しかし事前に使っていた防御の強化と、ファロさんの手厚い回復ですぐに立て直している。


 私は映し身と一緒にゴーレムに弄月を叩き付けた。羅刹さんに向かって大きく腕を振り上げているゴーレムは、背中ががら空きなので遠慮なく存分に。

 四本の剣が硬い水晶の体に傷を付けていく。ゴーレム系にしては珍しく白ではなくて青エフェクトなので、物理も結構通りやすい。半面魔法にも強いので個人的にはむしろ硬めに感じてしまうが。


 そこに凩さんの雷撃が直撃し、ゴーレムを消し飛ばす。

 羅刹さんの方を見やれば、フランの援護もあって早々に方が付いたようだ。


「やっぱり、数が少なければ楽な相手ですね」

「レベル差から考えれば当然の範囲だがな! もっと上に行けるぞ」


 私は弄月の耐久値を確認し、装備を霽月に変更する。最近装備が増えて耐久値の管理をサボり気味だ。何とかしなければいけないな。

 弄月に比べてやや細長いその刀身はずっしりと重い。少々慣れない感覚だ。


「次の階段を上れば、ボス部屋ですね。このまま行きますか?」

「うむ! ……と言いたいところだが、お前の装備はそれでいいのか?」

「これが弱い訳ではないので、特に問題ありませんね」

「そうか。他の3人が良ければ進むか」


 私達はその後もサクサクと敵を倒して進み、ついに上の階への階段を見付けた。



 ***



 このイベント塔のボスは、10の倍数の階層に出現する。

 この階は70階。ここのボスは……というか、すべての階層のボスは複数種類居て、部屋に入った瞬間にランダムで抽選される。

 当然ボスのポイントは無限湧きのモンスターよりも大きいので、当たりとか外れとか色々言われたりしている。大抵は耐久値が高い方が外れだ。時間当たりのポイント数を競うイベントなので仕方がないとも言えるが。


 そして70階に足を踏み入れた私達の目の前に現れたのは、一人の美しい少女だった。

 名前を“悲恋の面影”という。


 もちろんここにこうして現れたからには、ただの女の子という訳ではない。彼女は全身が僅かに透けている。いわゆる霊体と言われる類のモンスターだ。物理に強くて魔法に弱いのがお決まりである。

 私は折角準備した霽月をインベントリに仕舞い込むと、腰に下げたままだった舞姫を手にして勢い良く開いた。


 私達がそれぞれ得物を構えるのと同時に、面影の少女はストンとその上着を脱いだ。

 ……話には聞いていたが、そっくりだな。

 彼女は惜しげもなく肌を晒して、(うれ)いを帯びた視線をこちらに向ける。ぞっとするような美しさだが、個人的に気になっているのはそこではない。

 彼女の着ている服は、黒いベリーダンス風の衣装。薄絹や宝飾品の数々は、彼女のやや幼さを残す姿態を更に艶やかに、蠱惑的に飾っている。


 どう見ても、私の幻夜の舞踏服とそっくりだ。


 これはあのサクラギの街の古い倉庫からコレクションのように飾られていた物だし、“元の所有者”が居てもおかしくはない。彼女がそれだ、と言うことなのだろうか。


「……何と言うか、あれだな。これが()()()として人気なのを思うと、プレイヤーの業の深さを感じるな」

「何だコガラシ、女は嫌いか? 余は結構好みだぞ! 今は第2に居た雑魚しか持っていない故、殊更欲しいまである」

「幼すぎる。好みじゃないな」


 ボスの動きから視線をそらさずに、羅刹さんと凩さんが軽口を叩き合う。

 そんな折に彼女が一歩前に踏み出すと、世界が一瞬にして漆黒に染まった。部屋にあった柱や壁が消え、世界に彼女と私達だけが取り残されたような光景だ。


 私はそれを確認するや否や猛然と走り出す。

 どうやら最悪なパターンから始まってしまったらしい。


 回復のために一旦消していた映し身を再度召喚して、彼女の体に舞姫を振り下ろす。

 それに反応して見せた彼女は、舞うような動作でふっと消える。私が視線を巡らせれば、数m先に悠然と立っていた。


 誘う様な、それでいて触れれば消えてしまう様な美しい相貌(そうぼう)目掛けて銃弾が飛ぶが、彼女は持っていた剣でその弾丸を受け流した。聞いていた通りとんでもないな。あんなのプレイヤーは絶対真似できない。


 私は徐々に減っているHPを確認しながら、懸命に彼女の姿を追った。


 この悲恋の面影だが、塔70階のボス戦に於ける“大外れ枠”である。

 面影が出るから多少無理でも71~80階周回した方が効率いいとまで言われる程の嫌われ者だ。中には可愛いから許すとか言い出すプレイヤーも居るが、彼らだって積極的に戦いたいとは思わないだろう。

 周回中に面影が出たらさっさと転移してしまった方が効率がいいというのが定説で、最初のイベント2日目には第2エリアで(くすぶ)っているような高レベルプレイヤーがまったく相手をしなくなった程に面倒臭い。

 私達も帰ろうかとも一瞬思ったのだが、別に効率よく周回しているわけではないのでこのまま相手をしようとは思う。


 最も嫌われているのはこの周囲を暗くする特殊行動。

 これは踊り子の上位属性舞、宵闇の一人舞台によく似ている。範囲内の敵に継続して闇属性のダメージを与え続ける技だ。解除方法は本体を攻撃すること。

 ただ、効果範囲は部屋全体に広がっていて逃れられないし、ボス本体の回避性能がとんでもない。パーティ編成によっては効果時間まで回復で粘るしかないと言われる程である。


 他の対策と言っても超広域の浄化魔法をぶっ放す以外には、とにかく当たるようにお祈りしながら魔法や矢を撃ちまくるとか、敏捷性が高い人が突撃するとかしかない。

 足止め系の呪術を完全に無効にしてしまうこともあり、第3エリアクソボス100選にも選ばれた実力者だ。……ちなみに、第3エリアのボスは全員キツいということをネタにした冗談企画だというのは内緒である。

 浄化魔法を専門にする祓士が大活躍する数少ない場所なので、泥団子さえいれば楽勝なはずなのだが、今いるのは闇属性の邪神官のみである。


 私は消える面影をひたすらに追い続ける。幸いこの範囲攻撃中はあっちから攻撃してくる頻度が下がるので、もう懸命に攻撃だけを考えて突っ込む。


「もう! 当たれってば!」

「ラクス、分かった!」


 フランの声に振り返ろうとした瞬間、目の前で面影が薄くなる。寒気がするほどに美しいその双眸(そうぼう)と目が合った瞬間、私は飛び退くようにその場から逃げ出す。

 次の瞬間、悲鳴のような聞くに堪えない音が響いて私のいた場所に紫色の雷が突き刺さった。


 私は自分が無事な事を確認し、今度は背後を振り返らずに聞き返した。


「フラン、何!?」

「避け方! パターンがある!」


 攻撃後の隙を狙ったフランの弾丸は、ぼやけていく面影の残像を乱すだけだ。

 今までの避け方にパターン……?


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