塔での苦戦
私と映し身が扇風機のようなエリをした二足歩行のトカゲを斬り裂く。名前は確か、風トカゲとかそんな奴。イベントの塔のモンスターは種類が多いのであまり詳しく覚えてない。
イベント中の育成により、映し身は非常によく育ってきている。今ではゼロ距離でお互いの動きを読み合いながら連携できるほどだ。通常召喚時のステータスも私の8割くらいは出る様になってきたので、この辺りの敵が相手ならば十分に強い。
もちろん、ゼロ距離連携は範囲攻撃である属性舞をある程度抑えながら使わなければならないので、あらゆる場合で最適解とも限らない。
しかし、何と言えばいいのか。
体のすぐ近くを、味方の物とは言え刃が鋭く迫るというのは良いものだ。ゾクゾクする。
私達は次の敵、クリスタルゴーレムに交替で旋風の舞を当てていく。旋風の舞は下方向にがら空き(敵への攻撃判定はある)なので、そこに潜り込むことで味方からのノックバックを回避できる。炎の舞や月影の舞ではこうはいかない。戦い方が変わった今、非常に頼れるスキルとなっていた。
物理だけではなく魔法にも強いゴーレムは、その身を斬り刻む風の猛威に耐えながら両腕を振り上げる。
しかしその直後に銃声が響き、その水晶の体を三発の弾丸が貫いた。すべて弱点であるコアを、隊列の後ろから正確に狙い打っている。
私達はモンスターの群れの後方に居た援軍を片付け終えると、元の戦場へと駆け戻った。フランがこちらを援護するということは、あちらは大丈夫なのだろうか。
羅刹さんが燃え盛る拳でトカゲを殴ると、小さな爆発が生じてモンスターが怯む。彼女はその隙を見逃すことなく連撃を続けていく。
しかし、その脇を素早い影が通り抜ける。彼女は悔し気にその影を目で追った。
「出るぞ!」
「あ、た、頼んだぞ!」
凩さんが、相手をしていたゴーレムから離れてその小さな影を追った。
羅刹さんの隣を抜けたのは、自爆ゴブリン第2号。火薬をしこたま詰め込んだ樽を背負って突撃する嫌なゴブリンである。ちなみに樽に火がついてから走っている間は泣いている。可哀想。
ところでこの作品、自傷ダメージが基本的にない。この自爆ゴブリンも例外ではなく、爆発した後はしばらくダウンした後に逃走してしまうとんでもない敵である。嫌われるのも仕方ない。
逃走してしまうと経験値もアイテムも落とさないので、完全なやられ損だ。
私の援護でスキルを使ったフランは装填中、羅刹さんはトカゲの足止めをしている。頼みは凩さんとファロさんだけだ。
私は床を蹴って眼前に迫るゴーレムを斬り付ける。援護に行くか数を減らすか一瞬悩んだ私は、そのまま映し身と共にゴーレムの硬い体を削っていく。
こういう敵を見る度に思うのは、あの彫刻刀なら一発で倒せそうという実現不可能な仮説である。
後衛を爆発に巻き込もうと狙うゴブリンに、凩さんは刀を振り下ろした。
しかしその姿勢は何と言うべきか、あまり格好良くない。あれだけ筋肉質の体をしていて、刀の振り方には力が入っていないので、もうちょっとしたギャグに近い。
しかし流石に第3エリアのプレイヤーと言うこともあり、狙いだけは正確でゴブリンの頭を的確に捉えた。
弱点を攻撃されたゴブリンは大きくよろけるが、その拍子に後ろに倒れる。
あ、あれ不味い。
私はゴーレムの股下を通り抜けて一歩でも早く前に進む。
ゴブリンの樽が床に接触した瞬間、轟音が鳴り響き、熱風が廊下を埋め尽くす。白い光の直後に煙が充満し、私は記憶を頼りに爆心地へと飛び込んだ。
爆発の影響を確認するよりも早く、気絶しているゴブリンの首に弄月を突き立ててHPを削り切る。
その後は私とフラン、そして羅刹さんで残敵を掃討しその戦いは終了となった。
現在は塔の62階。
レベル的に言えばまだまだ上に登れるはずなのだが、私達は思うように前に進めていなかった。
私はざっと周囲の確認をしてから隊列に戻ると、前進を止めさせる。
「流石にすぐには連携が上手くいきませんね」
「うむ。余にも分かるぞ。このパーティの戦果の大半がラクスとフランに集まっておる。余とコガラシも攻撃職なのにだ」
「やること多くて楽しい」
「フランはそうだろうね。いや、私もちょっとそうなんだけど……」
深刻そうな表情で足を止めた羅刹さんの言葉に全員が頷く。
この臨時パーティ、まったく連携が取れていないのだ。全員が個別で動くのはまだいいが、それでも自分の役割すら曖昧なままなので微妙にそれぞれの役に立っていない。
問題点は色々思い付くが、知り合ったばかりと言うこともあり私はそれを指摘するか迷っていた。別に今日塔をあまり進まなくてはいけない理由もないし、空気悪くするのも良くないし。
そんな私の考えを知ってか知らずか、連携が足りないという話題で真っ先に頭を下げたのは、ファロさんに回復されている凩さんだった。
「すまん。俺がしっかりしていれば……」
「む……ま、まぁ、余ももうちょっと頑張っても良いぞ。本気出しちゃおっかなー」
自分の発言を気にしてしまったと思ったのか、羅刹さんがそれに殊勝な反応を示す。個人的には、頑張るとか頑張らないとかそういう問題じゃない気がするのだが……。
「ラクス、何か言いたそう」
「え?」
私の表情がちょっと不満そうに見えたのか、フランがじっとこちらを見ていた。いや、言いたいことはあるけど言いたくないというか……。
しかし、その発言に全員の視線が集まる。
「頼む、どこが悪いか指摘してくれないか。可能な限り直す」
「頑張るといった手前、余も忠言ならば耳を貸そう」
「……本当に聞きたいですか?」
「……そんなに酷いのか?」
「う、む……ほどほどに、優しくな?」
「じゃあ言いますけれど……」
私も、いつも組んでいるメンバーはほぼ固定なのでパーティプレイに詳しいわけではない。そのため合っているのかは分からないと告げてから、話を始めた。
まず、さっきの戦闘でも若干ミスの目立った凩さんから。
本人も自分が足を引っ張っているという自覚があるのか、少し落ち込んでいる様子だ。
しかし、私が思うに彼の問題点は一つだけだ。
「凩さんは壁役の経験が足りないだけです。普段攻撃くらいしかしていないのでは?」
「……そうだな。あまり経験がない。こうして野良で組むのも初めてだ」
もっと体を張るように動けば、多少は良くなるはずだ。後衛に突進してくる相手には、敵意を向けさせる以上にまず足を止めさせるのが基本だし、自爆ゴブリンへの対応も経験が薄かったが故のミスと言えるだろう。
逆に連携は一番上手く、声を掛けたり余った敵の注意を引いたり、逆にちょっかいを掛けて散らしたりを自発的に行っている。今はボロボロだが、固定で組んでいる間は結構強いんだろうなと思わせる動きである。
あまり格好の良くない攻撃の仕方も、あれはあれでいい。格好は悪いが、システム的な面から言えばああいう当てることに特化した振り方でも何の問題もないのだ。格好は悪いが。
体重が乗っていないとノックバックは際限なく弱くなるが、ダメージ量は上下する限界値が決まっている。もちろんほとんどの人は上振れを狙うのでそれなりの動きを模索するが、速かったり小さかったりするモンスター相手にはそんなこと言っていられない。
“とにかく当てる”というのは動きとして悪くないのだ。格好は悪いが。
「次に羅刹さんですが……」
「うむ、まぁコガラシよりマシ……」
「パーティプレイ向いてませんね」
「バッサリ言ったなお前! 人の気にしている所を!」
まず、彼女の良い所として挙げられるのは、戦闘経験は豊富なのだろうということだ。
リーチが短いのに一対一なら基本的にノーダメージ。多数が相手でもある程度までなら問題はないほど。相手によっては私なんかより断然上手い。
しかし、メンバーとの連携が致命的に下手だ。
自分を狙っている敵以外の足止めは基本的にしないし、敵意の引き方が甘い。その上自分を狙っていない敵が意識から抜けがちだ。
そんなこんなで前衛としての基本となるはずの、後衛を守るという役割が果たせていなかった。個人戦闘が下手で連携が上手い凩さんと真逆である。
普段の連携は他のパーティメンバーに任せっきりなのだろう。個人である程度完結してしまう能力を持った、魔人という職業ならではなのかもしれない。考えてみれば、あんまり連携らしい連携に向かない職業ではあるな。それを差し引いても彼女は酷いが。
そんなことを伝え終えると、彼女は縋るように私を捕まえた。
「ど、どうすれば……」
「……いきなり連携を取れと言うのも無理でしょうから、実現可能な作戦を練りましょう」
そしてその前に、最後の問題児……いや、苦労人が残っている。
私は枷を付けられたお姫様、ファロさんに向き直った。
「あの、どうにかキャンセル減らせませんか……?」
「ご、ごめんなさい……へたくそで……」
彼女はこのパーティの唯一の回復役であり、そして妨害役でもある。そのため、やらなくてはならない事がダントツで多い。
足止めしようと思っていたら突然回復が必要になったり、その逆だったりと大忙しだ。そのため彼女は魔法の詠唱をキャンセルして別の魔法を次々詠唱する羽目になっている。
詠唱する魔法スキルのMP消費は前払い。詠唱状態でキャンセルするとMPが無駄になるのであまりやりたくない動作だ。
しかし前の二人に振り回されたり、フランと狙いが被ったりして慌ててキャンセルしなければならない場合が多かった。これを何とか減らしたい。
もちろん私やフランにも問題がある。
どうもいつもの感覚で戦ってしまいがちだ。ユリアやショールのいない戦場は久しぶりなので、妨害を優先した方がいい場合でも攻撃を優先してしまう。足止めや妨害スキルも持っていることには持っているので、それらを積極的に使うなどしなければならないだろう。改善点は多い。
「流石に個人の問題を一気に解決するのは不可能なので、このままでもまともに機能するような作戦を考えましょう」