臨時パーティ
「とりあえずこんなものですね」
「ほぇ……は、早い……」
「鍛冶なんて誰がやってもこんなものですよ」
私は自宅の鍛冶場で一本の刀を打っていた。一人ではない。なぜか5人で鍛冶場に集まっている。
私は完成品が想定通りの性能を出せていることに一安心し、それをさっき知り合った“凩”さんに渡す。あの刀が欲しかった魔法戦士の客である。
「指定通りの長さと反りにしました。重心の調整が必要なら後で」
「……」
私がその刀を譲渡申請をすると、大柄な彼は難しい顔で固まってしまった。何か問題があっただろうか。あってももう直す時間ないけど。
私は次の作業としてドレスを染色のために分解しながら、彼の様子を窺う。
「どうかしましたか?」
「あ、いや……侮っていたなと思ってな。上手い鍛冶師はいくらでもいるが、ここまで早いのは滅多にいない」
「まぁ、普通は攻撃魔力特化の刀なんて打ちませんからね。その辺りは経験の差です」
分解し終えたドレスを予め用意しておいた黒と赤の染料に投入し、数秒でさっと上げる。後は乾燥機に入れておけば完成だ。染色は鍛冶と違って楽で助かるな。まぁ散々実験を繰り返して染料を調整し終えた後だから言える事なのだが。
私は染色したウエディングドレスのパーツをもう一度裁縫し直していく。個人的にはいつも通りの作業なのだが、気が付けばその場にいた全員が私の手元を見ている。どうにもやりづらいな……。
私は手を止めずにチラリとフランたちを窺う。そして居心地の悪さにため息を吐いた。
「あの、そんなに見ていて面白いですか?」
「むぅ……余は針仕事など分からぬが、お前が凄いことは分かるぞ」
「それはどうも……システム補助ありきの縫い方なので、そこを褒められてもと言う気はしますけどね」
現実でこんなことしたら、服とも呼べない糸が通っただけの布が完成するだろうな。何と言うか、それなりのズルをしている時に完成度ではなく手の早さだけを褒められると、非常に微妙な気分だ。
私は縫い直し終えたドレスを広げて、問題がないか確認していく。とりあえず全部のパーツ付け終えたから大丈夫だとは思うが、雑に縫ったから少しだけ心配だ。
一応依頼主にも出来栄えを確認してもらい、譲渡申請をする。
「代金は貰いましたし、出発しましょうか」
「行こう」
私が立ち上がって準備の完了を伝えた瞬間に、フランが動き出す。どうやら彼女だけは私の作業に既に飽きていたらしい。いつも作業場に遊びに来る割りにすぐに出ていくからね、フラン。
今回は特にパーティの募集の時から待ちっぱなしなので、流石に痺れを切らしたらしい。
フランがそそくさと転移用の結晶を掲げると、視界が光に包まれ、数瞬後には見覚えのある場所に景色が一変した。
ここはイベントステージ、天上への塔である。
あの後、一向に参加者が集まらなかったあの二人は、ちょうど良くそばにいた私を巻き込んで3人パーティになり、約束を果たすためにすぐに再会した二人も巻き込んで、ついにはフルパーティとなった。行先はもちろん天上への塔。
偶然居合わせただけのメンバーでパーティを組むのは初めての経験である。お互いに知り合いなのはフランと私だけ。連携などがちょっと心配だが、隊列とかどうすればいいのだろうか。バッチリ決めた方がいいのか、それとも多少効率が悪くとも臨機応変に対応するのか。
私は転移した先で装備メニューを開きながらフランを振り返る。彼女は銃を胸元で弄びながら嗜虐的な笑みを浮かべていた。どうやら今日は本当に、何かを撃ちたくてうずうずしているらしい。何か、その顔ちょっとエッチだな……。
気を取り直した私は、フランに現在位置を尋ねる。
「フラン、ここ何階?」
「61階」
窓のない部屋を見回しながら、フランの言葉を頭の中で繰り返す。
塔の61階か。丁度モンスターの強さ的には、第3エリアの一番下くらいからのスタートだ。場所としては悪くないだろう。
イベントに本気の人たちにとっては低過ぎてお話にならないだろうが、そもそも私を含めてこのパーティにレベル100のプレイヤーはいないし、連携の確認と言う意味でも、少し余裕のあるこの辺りがベストだろう。
とりあえずいつも通りの弄月と舞姫を装備した私は、後ろの三人を振り返る。
そして固まった。
私と同じように固まっているのは3人。さっきまでウキウキだったあのフランですら絶句している。
その中で唯一ニコニコ笑顔なのは、私のウエディングドレスに身を包んだ“ファロ”さんだけだ。
数秒固まった私はようやく再起動に成功して、一番気になる……いや、一番問題となっているであろう部分について尋ねる。
「あの、ファロさん、その恰好は……」
「えっ? ら、ラクスさんのドレス……」
「そうじゃなくて、何で目隠しと手錠してるんですか……?」
そう。あの豪奢なドレスに身を包んだ彼女は、両手に手枷を、首に鎖付きの首輪を、そして何より顔に目隠しをしている。
それはさながら断頭台に上る直前の少女ような姿で、とても戦いに赴く人の姿には見えない。ファロさんは私の問い掛けに、ジャラリと鎖を鳴らして答えた。
「えっと、その……わ、私、あんまり人と話すの得意じゃなくて……特に人に見られるのが嫌で……」
「嫌で……?」
「でも、これを付けると不思議と気にならなくなるんです。あ、大丈夫です! ちゃんと前は見える様になっているので……」
彼女は首輪と手枷を見せながら笑って見せた。
いや、百歩譲って目隠しすると視線が気にならなくなるというのはまだ分かる。その枷と首輪は結局何のための……?
「とと、とにかく出発しましょう……!」
「……深くは聞かぬが、それが“良い”というならば余も尊重しよう。一切、何もかも分からぬが」
とりあえず触れない方向でファロさん以外の全員が頷く。
凩さんは刀の重さを確認するように何度か素振りをし、枷をしたまま両手でメニューを操作するファロさんは一本の杖をインベントリから取り出した。その杖はふわりと浮かぶと、そのまま彼女に追従するように浮遊を続ける。
あれは“浮遊”という杖の追加効果だ。比較的珍しい物と言える。少なくとも私は一度も付けたことがない。
効果は見ての通り装備から手を離した時に浮かぶ……だけ。利点はカッコいいくらいしか存在しない。あれで殴れたら強そうだが、物理攻撃力は雀の涙。それでいて防御も苦手と、本当に完全に見た目だけの効果である。両手が不自由な彼女には便利そうだが、そもそもそこまでしてその枷付けなきゃいけないのだろうか。
そして最後の一人、フランのパーティ募集に唯一やって来てくれた心優しい獣人の女性、“羅刹”さんは諸手のまま堂々と進んでいた。口調が特徴的だが、意外にこういうロールプレイと呼ばれる遊びをしている人は多い。彼女もそういう人の一人なのだろう。私の見立てでは……まぁいいか。ちなみにフランもその手の人によく間違われるが、あれは素である。
私達はそれぞれ階段をのぼりながら、誰からともなく前と後ろくらいの隊列を整えていく。まぁ自分の職業さえ分かっていればその位は言われなくとも自明なのだ。
凩さんはその並びを振り返ってぼそりと一言呟いた。
「それにしても、バランス良いのか悪いのか分からんな。このパーティは」
「案ずるな。余がすべて蹴散らしてくれる」
その隣で羅刹さんが自信満々で胸を張る。
並び順としてはちょうど真ん中の私は、メニューを開いてこのパーティのステータスを確認した。ちょっと面白い共通点があり、それでいて悪くないと思う。
「んー……私は連携さえどうにかなれば、そこそこ行けそうな気はしますけど。凩さんは中衛できますか?」
「ん? 出来なくはないが……このメンバーなら壁は一人でも多い方がいいだろう」
簡単な打ち合わせを終えて、私達は戦闘区域に足を踏み入れる。
隊列は羅刹さん、凩さんが先頭。ちょっと後ろのいつもの場所に私。中衛にフラン、一番後ろにファロさんだ。
「では、この魔術同盟の初陣と行こう! 余に続けい!」
「走るな! 隊列崩すな!」
……前の獣人二人の相性が悪そうなのがちょっと気がかりだが、私はこのパーティは比較的バランスがいいと思っている。
まず先頭の凩さんが魔法戦士。魔法戦士はその名の通り魔術師と戦士の複合職だ。魔法判定の攻撃ができる剣士と聞くと、踊り子と似たような性能に聞こえるが、実際には全く別物である。
魔法戦士は“魔法を使える”戦士だ。つまり魔術師のように、詠唱することで遠距離から魔法攻撃ができる前衛なのである。苦手な相手はさっさと魔法で蹴散らして、得意な相手には果敢に攻める、バトルマスターとはまた違った全距離対応型の職業と言えるだろう。
短所は、当然専門のアタッカーに比べて低い火力と、戦士系の複合職最底辺の装備重量。あの僧兵よりも低いのである。
専用スキルの近接魔法判定スキル“魔法剣”も、今では踊り子の属性舞の劣化とまで言われている。私が悪いわけではないが、ちょっと同情してしまう。
そして、真っ先に走り出した羅刹さんは魔人だ。魔人は格闘家と魔術師の複合職。
格闘家の派生の御多分に洩れず、中々癖の強い職業だ。格闘家の特徴の一つである自己強化のバフと、魔法判定の打撃技を習得する。
格闘家複合職の永遠の悩みとして、適性のある装備が少ないのが大きな欠点といえるだろう。素のステータスこそ高いが、装備補正値を加えると能力値は全職業最下位クラスである。当然拳が武器なのでリーチも他と比べて圧倒的に短い。
しかし、自己強化を万全にすれば十分に壁役を務める事が出来る上に、スキルの火力も高い。敵からMPを回収し、スキルの管理をしっかりと行えば、他のメンバーの回復と遠距離攻撃以外何でもできるはずなので、頼りになりそうでもある。難しすぎて魔銃使いと並ぶレベルの不人気職ではあるのだが。
格闘家の自己回復スキルまであるので一人だと本当に万能に近い性能だ。ただし前衛の中では燃費の悪さとスキル管理の重要性がダントツで、ステータスも低い。非常に難しい、人を選ぶ職業と言えるだろう。
そして私は踊り子、フランは魔銃使い、そしてファロさんはティラナと同じく邪神官だ。
このパーティ、全員が魔術師の複合職なのである。
それはつまり、全員魔法判定の攻撃方法があるという事。まず妨害と魔法火力が足りなくなるということはないだろう。物理攻撃も邪神官以外の全員が使えるのも面白い点だ。
半面、回復能力が邪神官のファロさん一人になってしまうが、私とフランは回避型、羅刹さんと凩さんも受け流しや回避ができないと結構あっさり死ぬ職業。私は被ダメージはそれほど嵩まないと睨んでいる。
そもそも一人の盾役が一手に被ダメージを引き付けるような戦い方ではないのだ。回復は多少遅れても問題はないだろう。
まぁ実際にはどうなるのかは、まだ分からないのだが。
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