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露店での出会い

 依頼を受けてから二日後。

 今日は土曜日、イベント最終日の前日だ。

 世の中的には昨日でお盆休みが終了したわけだが、土日が休みという職業の社会人も多い。そのため最後の追い込みに賭けるプレイヤーがわんさかと集まって来ていた。


 そんな中、私はツバキの街で露店を開いている。

 売り物はあの実験で出てしまった、試作品にすらならなかった失敗作の数々。当然そのまま売りに出すわけにもいかない。ある程度コンセプトを持たせて、ニッチな需要を取りに行く改造を施してある。

 え、物理特化以外要らない? はぁ、他のお店にどうぞ。


 小馬鹿にしたような態度の客の背を見送りつつ、インベントリを開く。今回は鍛冶で作った物も含まれているので、私にしては結構幅広いニーズに応える出品になっていた。特に物理と魔法を共に扱う複合職には高評価な様子である。


 それと同時に、カジキさんが来るまでの待ち時間にチマチマと作っていたコスプレ衣装も売りに出している。性能もかなりいいものから、第3エリア初心者用まで様々。こちらも防具は布装備というプレイヤーにそれなりに売れている。時折傭兵も買っていくのだが、急にこれ着てたら雇い主のプレイヤーは驚くだろうな……。

 呼び込みは当然ラリマール達三人。今回も宣伝看板として存分に働いてもらっている。


 ちなみに依頼されていたカジキさんの槍は、さっきようやく最終調整の予定が合った所である。予定よりも早くイベント最終日には納品できそうだが、彼の生活リズムと私の生活リズムの不一致が原因で予想外に時間が取られてしまった形だ。

 高校生、早寝早起きしてくれ。深夜に活動するな。私が眠い。


 私はショールと共に接客をしながら、商品の管理を行っていく。

 今回の露店は特に幅広い商品が並んでいるので、出品数以上にインベントリに仕舞い込まれている種類が多い。そのため客から「こんなのはないか」と言われれば、他の商品と出品を入れ替えるという作業をしなければならなかった。


「それにしても、思ってた以上に売れるね……」

「当たり前です。……と言いたいところですが、この客足は異様ですね。大半の人がお買い得品のように買っていきますし。もしかしてラクスさん、この辺りでは有名人なのですか?」

「……それもあるかも」


 店に出品者の名前は出てるし、ある種の“ブランド”力はあるかもしれない……。

 私は若干憂鬱になりながらも客をさばいていく。

 大量にあった装備が次々に流れ、45分で全体の7割ほど売れて行った。あれだけあったのに一時間で完売しそうな勢いだ。第3エリア用の装備なので一つ一つの単価も高く、既に結構な売り上げになっている。


 とはいえ、今日の装備の素材は皆から貰った物だ。今回の稼ぎはある程度還元しないといけないな。

 でも、流石に売上金の何割かを直接渡すのもちょっとあれだし、何かいい物ないだろうか。


 装備を商品棚に放り込みながらそんなことを考えていると、次の客が来てしまった。簡素な鎧を着た大柄な戦士風の男である。


 この作品では体の横幅が広い事にあまり意味はない。手足が長ければリーチが伸びて、体が小さければ当たり判定が小さくなるが、筋肉が発達していてもステータス上の腕力に影響はないのだ。

 この作品は近接戦に重きを置いているので、比較的大きい人から小さい人まで揃っているが、VRシューティングゲームなんかは体が小さい方が有利で“子供兵士”ばかりらしい。想像してみると結構異様な光景である。


 この作品には体が大きい事に利点はあるとはいえ、こういうボディビルダーのような服の上からでも分かる筋肉量の人はそうそういない。

 見た目こそ強そうだが、態々強そうな見た目を作ったことの裏返しだ。少なくとも効率はあまり気にしないタイプなのだろう。単純に大きい上にそんな理由もあって珍しく、結構目立つ。


 その男はじっと、商品を見定めている。そして全ての商品を見終えた後に小さく頷くと、私に視線を向けた。


「……なるほどな。これは誰が作ったんだ?」

「私ですが、何かご要望ですか?」

「これを超える刀が欲しい。あるか?」


 男はインベントリを公開して一本の剣の性能を見せる。私がその数字を読んでいくと、依頼自体は簡単そうな話だということに気が付いた。

 剣の性能がちぐはぐなのだ。何でこんな微妙な性能になってるんだろう?

 その刀の名は昇竜。能力値の補正は物理攻撃力特化、追加効果が魔法系の強化のみという摩訶不思議な剣だった。


 思い当たる可能性と目の前の男を比べて、一番ありそうな仮説を立てる。


「……魔法戦士の方ですか?」

「ああ。知り合いに、あまりに難しいから他を当たってくれと頼まれてな」

「なるほど……」


 それなら考えられなくもないかなぁ……私ならまずこんな物を打たないが。制作者の工夫が足りないように思える。


 私は彼の好みそうな、踊り子や魔法戦士用に作った剣を棚に並べていく。魔法型の剣はそれなりに作ったが、気に入ってもらえるだろうか。

 魔法戦士は戦闘スタイルに寄ってどれが最適かは大きく変わって来るし、汎用的で良い物は早々に売れてしまったので微妙な所だ。


 彼は私の予想通り、難しい顔で唸っていた。


「む……んん……」

「これ以外でしたら、新しく作る他ないですね」

「すまないな。これがいい物だということは分かるのだが……」


 今回は縁がなかったようだ。仕方がない。他所を当たってもらおう。市場は物理特化が中心だけど、魔法型もない訳じゃないし。

 そう思っていたのだが、彼の口から飛び出したのは予想外の言葉だった。


「西洋剣より日本刀が欲しくてな……」

「そこなんだ……」


 どうやら見た目重視で選びたかったらしい。個人的には気持ちは分かる。

 分かるが、刀は刀身の幅が狭くて細工がし辛く、物理中心になってしまいがちだ。魔法剣にはあまり向かない剣である。知人に断られるのも当然とも言えた。

 私も見返りが少なければあまりやりたいと思う作業ではない。あの槍を作った感じだと、多分作ろうと思えば作れるけど。


 私はトボトボと雑踏に消えて行く男の背中を見送り、商品を元に戻す。


 次に私に声をかけたのは小柄な女性。ドワーフかな。低身長の人間と微妙な所だが、猫背気味でこちらを窺う姿は実際よりも彼女の姿を小さく見せた。

 彼女の格好と視線の先を見れば、欲しい物はすぐに分かる。私はこっそりインベントリをソートして商品を並び替える準備を済ませておく。彼女はあまり人と話すのが得意ではないのか、小さな声でおずおずと言葉を紡いだ。


「……あ、の……服、他の、ありますか……?」

「今あるのはこんなものですね」


 並んでいた弓矢や杖が消えて一斉に色鮮やかな服が並ぶ。

 何故か結構売れるメイド服から、意外と需要のある学生服までかなりの種類が揃っている。傭兵に着せるために買っていく男性客も多いが、それでも買っていくのは女性客の方がまだ多い。ゲームの中くらいはっちゃけた服装がしたいのかもしれない。若い見た目で学生服を嬉しそうに買っていく人、多分現実の学生じゃないんだろうなぁ……。


 目の前にいるシスター服の女性は、並んだ服を真剣な眼差しで見詰めていた。

 しらばくそうして黙っていたのだが、意を決した様に顔を上げる。……が、私と目が合うとすぐに視線を落とした。聞きたいことは何となく分かったので、私から声をかける。


「色違いもありますから、気になる商品が……」

「こ、これの赤黒ってありますか!?」

「これ……の?」


 私の言葉を聞き終える前に、予想外の勢いで彼女はある商品を指さした。彼女が示したのは、私がシトリンに着せるためにほんの遊び心で作った服。


 ウエディングドレスである。ボールガウンというラインで、スカートが大きく広がった派手なドレスだ。

 当然、いや実際には当然でも何でもないのだが、私の何となくのイメージで色は純白。布の量が多く、使っている素材もそれなりなので服の中では一番値段が高い。

 まさか売れるとは思っていなかったので、今回は一着しか作っていなかった。シトリンに冗談もほどほどにして欲しいと珍しく怒られ、敢え無くお蔵入りとなった物だ。

 ちなみにカナタは喜んで着ていたが、嫁入り前にドレスを着ると婚期が遠のくという古いジンクスをシトリンに教えられてすぐに脱いだ。結婚願望とかあるんだな皆……いや、恋愛要素があるのだから当たり前なのだろうか?


 私の予想通り、これを買いたいと思う人は少数派で、ちょっと欲しいと思った人も値段を見て諦める代物だったのだが、ここに来て初めて買おうとしている人が現れた。

 しかし、赤と黒か……もうウエディングドレスじゃないな。せめて青とか黄色のイメージなんだけど……。


「えっと、これは一着ですね。着色してもいいですけど、相応に時間が……」

「待ちます!」


 私が彼女の勢いに若干押されつつ、連絡用にフレンドコードを交換していると、彼女の後ろからぬっと大男が顔を出す。


「俺も頼めるか」

「ひぇ!?」


 慌てて横に跳び撥ねた彼女の安全を確認しながら、男の姿を確認すると、さっきの魔法戦士だった。どうやら刀が諦めきれなかったらしい。彼からフレンド申請が飛んできた。


「料金は先払いでいい。一本作ってくれ」

「……分かりました」


 私は二人とフレンドになって一旦別れる。後で家に来てもらおう。幸い、ショールが手早く接客しているので商品の数も減ってきている。

 そうしてしばらく買い物客の相手をして、ついに商品がインベントリから無くなった頃に、見知った顔が店先に現れた。


「フラン。どうしたの?」

「用はない」

「あ、そう……」


 今日もせっせとイベント塔を上っていると思っていたのだが、こんなところで何をしているのだろうか。休憩中かな。フラン用ならお金出さなくても作るよ?

 私は残っている商品の棚を整頓しながら、彼女に少し気になっていたことを聞く。


「もう今日は塔に上らないの?」

「ユリアと泥団子が先に行ったから、誰とでも……? でパーティ組もうと思って待ってる」

「ああ、私がショール達連れてるからか……」


 どうやらフレンド以外からパーティメンバーを募集しているが、思うように集まってくれないらしい。

 私自身あまりフレンド以外とパーティを組むことがないので詳しい事は分からないが、フランの実力なら誰とでも組めるとは思う。性格の不一致で言い争いにはなるかもしれないが……。


 しかし、募集しているのが魔銃使い一人では大半のプレイヤーが敬遠して組んでくれないのかもしれない。不遇職め。ソロプレイヤーはその辺りを早々に諦めて傭兵を4人作るし、意外とこういう“野良”と呼ばれるパーティを組む人は稀だ。

 店もそろそろ終わるし、私とショール達で組んでも……と考えていたら、何かに気が付いたフランがメニューを確認し始めた。何も言わないが、どうやら一人来たらしい。


「どんな人?」

「分からない」

「いや、ステータスとか職業は見れるでしょ……」


 私が公開設定にしたフランのメニュー画面から、露店越しに操作方法を教えている。そうして名前が確認できたその時、一人の女性がフランの後ろから姿を現した。


「フランとはお前か? ()と共に戦場に赴けること、大いに感涙するが良いぞ」


 そんな尊大な物言いで現れた彼女は、堂々と大きな胸を張った。

 どうやら私ではなくフランの客だったらしい。


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