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突破口

 翌日ログインした私を待っていたのは、見覚えのない天井だった。


「……あ、ここ自宅だ」


 私は現実では起きたばかりだというのにベッドから再び起き上がって伸びをする。ゲーム開始が横になっていた姿勢なのは初体験だが、若干寝ていたような気分。まるで今まさに夢から覚めたような……変な感じだ。


 部屋から外を見れば、朝から畑仕事に精を出すシトリンとそれを手伝うショールの姿が見えた。カナタは図書室、ラリマールは調理場だろう。


「おーい、おはよう」

「あ、おはようございます!」


 私は窓から二人に声をかけて挨拶を交わす。陽光にキラキラと反射する雫が美しい。

 いつもログインするのは午前6時前後で、この世界は深夜だ。しかし現在時刻は午前8時。いつもより遅いのは、ログイン中に槍について悩む時間を減らすために色々考えてからログインしたからである。


 今日試そうと思うのは、穂先の形状の変更だ。

 もちろん今までも試してきたのだが、もっと大胆な形にすれば魔力上昇も何とかなったり……しないかなぁ。して欲しいという儚い希望だ。

 もうこの世界の魔法の勉強をして、それっぽい魔法陣型の穂先を作ったりとかしてみたい。確実に耐久値激減だが、藁にも(すが)る思いである。昨日は7時間やって進展なし。流石の私も気が滅入るというものだ。


 やや重い足取りで鍛冶場に入ってメニューを開くと、フランから再び譲渡申請が届いていた。時間は一時間前で、内容は銀嶺の光と書かれている。初めて見る素材だが、結構まとまった量なのでイベント産ではなさそうだ。賭場かな?

 これだけではどういうつもりの素材なのかよく分からないので、私はフランに通話を繋げた。


「フラン?」

『ラクス、来たの?』

「うん、今来た。で、この素材何?」


 実験の続きをするのも少し気が重いので、譲渡申請を許可しつつフランに気になっていたことを端的に問う。

 返ってきたのは予想通りの回答だった。


『カジノの景品。これで全種類コンプ』

「ああ、そう……昨日の取り逃しがあったのね」


 昨日の時点で装備から素材、消耗品まで様々な物が送られてきていたのだが、どうやら一つリストから取り逃しがあったらしい。もしかすると日替わりの景品もあったりするのかもしれない。


 インベントリから件の素材を取り出すと、それは無色透明の結晶だった。角柱型のその塊は顔くらいの大きさだ。説明文にはこの世界上での設定と素材として扱えるアイテムだと書かれている。

 それにしても聞いたことない名前だな。どれほどのレアアイテムだろうと賭場の景品なのだから、それなりに名が通っていても不思議ではないと思うのだが。


「フラン、これいくらだった?」

『え? えっと……8,500枚?』

「高いね! さらっとこんな量渡すアイテムじゃないよ!」


 フランの告げた交換枚数を現金に換算して驚く。

 どうやら超高額景品だったらしい。フランが長い事愛用していたあの勝負師のドレスが1万枚なので、それにたった一つの素材で比肩し得るということになる。一つ85万円の素材か……すごい。

 プレイヤーが値を釣り上げたとかではなく普通に入手して85万円。カンダラの露店に並ぶような最高級レベルである。でも高レートのここの賭場で遊ぶプレイヤーなら、結構貰える景品なのかな……。


 攻略サイトで素材の名前を検索すると、杖の宝石として使用した際の強化値や追加効果が表示された。私が勉強不足で知らなかっただけで、流石に探せば情報自体は出てくるようだ。

 どうやら“銀嶺の光”の名の通り、氷属性と光属性に強い素材らしい。魔力強化値は攻撃寄りと書かれている。しかしコメントや総評には、高い割りに弱いというカジノの景品あるあるの一種として取り上げられていた。現金への変換効率も低めで、ギャンブラーからも見向きもされていないアイテムのようだ。


 ゲーム内の取引掲示板でも扱いはそう変わらないようで、少ない出品は、明らかなぼったくり以外すべて85万円を大きく下回っている。どうやら半額でも売れないらしい。

 私がそのことをポロっと溢すと、珍しくフランの笑い声が届いた。


『ラクスはそういうのほど得意』

「え、いや……」

『木工も銃もそう。踊り子も不人気職』

「踊り子は人気……中堅くらいだよ!」


 失敬な! 魔銃使いに不人気職って言われるとは思わなかったよ! 人口はまだまだ下から数えた方が早いけど、それでもリリース直後と比べるとスキル火力が再評価されて今は弱いって言われない職業なんだからね!


 どうやら言い返す前に通話を切られてしまっていたらしく、私の声は鍛冶場に空しく響いただけだった。


 ……今は実験の続きをしようかな。

 私はインベントリから銀嶺の光を倉庫に入れて炉の前に座る。


「……そういえば、光属性なんだよね……」


 もう一度さっきまで開いていた攻略サイトを開き、その効果をじっと睨む。

 氷属性、光属性、魔力強化……正直私もこれならあんまり必要ないかなと思ってしまったが、今回に限って言えば悪くない。補正値が低いとのことだが、これだけ量があればなんとかなる気がするし、試してみようかな。


 私は万能彫刻刀と件の透明な結晶を取り出して、加工を始めるのだった。



 ***



 作業開始から2時間後。

 私は再び完成した装備を前にしていた。


 今回はラリマールの服ではない。ちゃんと依頼されていた槍である。

 しかし、ただの槍でもなかった。

 その槍は穂先から柄、そして石突まで全て透明な結晶、銀嶺の光で形作られている。遠目で見るとガラスペンっぽい。美しいが若干頼りない見た目である。ポキッと行きそう。システム的にあり得ないが。


 最初は少量の銀嶺の光を金属の穂先に埋め込むような形で作っていたのだが、これが難航。

 サイトに書かれていたように、補正値が弱くてどうにも思うようには行かなかった。しかし意外にも耐久値も伸びたので、徐々に結晶部分を増やしていった結果がこれである。


 穂先がすべて結晶になった辺りからちょっとおかしいなと思っていたのだが、つい柄まで全て結晶にしてしまった。刃部分の根元には光の魔石が埋め込まれていて、さながら龍の様である。調子に乗った私は本当に槍に龍の意匠を施している。作っておいて何だが、あんまり趣味じゃないな……。


 そして肝心の能力値だが、魔力系を中心に及第点くらいにはまとまっていた。

 物理攻撃力が伸び悩んだが、宝石とは言え石で作ったからか耐久値は十二分に高く、攻撃魔力も高い。回復魔力は光の魔石で補っているし、追加効果もそこそこいいのが出た。

 特に光属性攻撃強化と、氷属性付与が同時に付いたのは大きい。

 これなら通常攻撃や無属性スキルは氷属性になり、光のスキル攻撃も強化される。僧兵が使う光属性は減衰されやすい属性なので、こっちの方が役割を持ちやすいはずだ。

 同時に耐性を持つ敵が出てきたら? 大人しく武器を変えてくれ。


 問題点としては重量が予定よりかなりオーバーしてしまったことと、攻撃魔力の装備制限が依頼者の能力値を若干上回ってしまったことだろう。元々僧兵は攻撃魔力を含めたあらゆるステータスが伸びにくいので、装備の補正値を高くしようとするとこうなりやすい。

 後者は調整必須だが、上げるより下げる方が断然楽なので後でちょちょいとやっておこう。


 私は依頼人のカジキさん……の連絡先を知らないので泥団子に試作品一号が完成した旨を告げる。

 まだ完成ではない。ここからは重心や柄の太さなどの細かい調整が必要となる。ナタネの陽炎作る時もやったが、ここからもそこそこ時間がかかる作業だ。間に泥団子に入ってもらいながら、時間を見てやっていこう。


 私は槍を倉庫に仕舞い、鍛冶場を後にして大きく伸びをする。地下からの階段を上がれば、窓からは美しい夕焼けが見えた。あっちではどうやらそろそろお昼時だ。

 途中でラリマールのお菓子を食べたりしつつ、私は自室でログアウト処理を実行するのだった。


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