家の管理と苦戦
傭兵達の引っ越し作業はすぐに終わった。
何と言っても荷物は全部インベントリに突っ込めるので、事実上必要な作業は宿屋のチェックアウトのみである。
早々に手続きを済ませた私達はそれぞれそれなりに悩みながらも部屋割りを決め、部屋のレイアウトを自由に変えていく。ゲーム内で就寝するとログアウトしてしまう私に自室は必要ないと思っているのだが、遊び半分で作った家具を設置できる場所とログアウトの場所に使え、そして何よりワープアイテムの帰郷の欠片の転移先の設定に必要だったので、一階にある一番良さそうな部屋を貰った。
ちなみにこの建物は3階建て。作業部屋関連の施設は一階や地下に揃っているので、自室の場所はその辺りの利便性を考慮した形だ。
カナタは図書室の隣にある3階の書斎に私が作ったベッドを入れて勝手に寝室にしてしまったし、シトリンは裏の畑や馬小屋が比較的近い私の隣の部屋を選んでいる。結構皆思い思いの場所を指定していて嬉しい限りだ。
私だったらこんな豪邸を「買ったから自由に住んでね」とか言われたら遠慮してしまいそうなものだが、全員その辺はあまり気にした様子ではなかった。実際、住人は今のところこの5人だけなので、本当に自由にして欲しい。所有者は私だが、そもそも実際に住むのは私より4人がメインだし。
一番部屋の内装に拘って選んだのはラリマール。ショールはいつも通りどこでも良さそうな雰囲気だったが、広いと落ち着かないとのことで一番小さな部屋に決めていた。どちらも2階にある部屋である。
ちなみに隣の別邸の方にも部屋はあるのだが、使う予定は今のところない。落ち着いた内装の客間とパーティホールのような部屋があるだけなのだ。……どういった用途を想定しているのだろう。まさか本当にパーティ用なのかな……。
私は素材としてしか使い道のないアイテム群を倉庫に仕舞い込み、フランから受け取ったカジノ景品全集もノールックパスで倉庫に放り込む。さっきよりも増えていた気がするのは気のせいだろう。
これでアイテム整理は一通りの作業が終わったかな。
私は自作の木製の家具を適当に配置した部屋の、やや豪奢なベッドに横になる。自分の体が沈む柔らかな感触に身を任せながら、部屋の中をぐるりと見回す。
私が作った家具は備え付けの物とちょっと雰囲気が違うので、散らかった印象の落ち着かない部屋になってしまった。内装は改めて調整する必要があるだろう。
私はホームのメニューから屋敷の権限の確認を呼び出した。
家の持ち主は傭兵の編成権限のように、様々な権利を個人に貸与することが可能だ。
とりあえず手始めに、あの三人と傭兵達に家への自由な出入りの権利を送り、傭兵達には半永続的な模様替えの権利も送る。他にも薬草の育成に使うつもりの畑や、調理場、図書室などの権利を適当に住人に貸与していく。
全部渡しても不都合はないとは思うが、一応目を通しておくのが管理者としての責任という物だろう。
結構面倒だが、家の施設数がプレイヤーの持ち家の中でトップクラスなのである程度は仕方がない。ちなみにこれと同等の家は、第3エリアのギルド相手に結構売れているらしく、この家も新規参入者用に新しく建てられた新築である。
私が買ってしまったから今頃次の豪邸が、この街のどこかに建設されているはずだ。私がそれを目にする機会があるかは分からないが。
住宅街の広さは一定なのに、ホームの数はプレイヤーの数だけ増えていく。そのため建設場所の問題があるのだ。
それを解決するために同じ座標上に別空間があるらしく、プレイヤー用の住宅街は入る前にどの“番地”に入るのかの確認が出る。ここは第5番地らしい。流石に第3エリアには金持ちが多いので家の数も膨大だ。
当然、玄関から小さく見える隣の家もプレイヤーが住んでいる。ご近所挨拶と行きたい所だが、いつなら居るかが分からない上に許可が無ければノックすら出来ないので、出会いは偶然に頼るしかない。流石に家の前に張り込むわけにもいかず、今のところは放置することに決めている。
私はようやくすべての権限に目を通し終えた。やや名残惜しいベッドから起き上がって、地下にある鍛冶場へ向かう。
カナタは早速元書斎に図書室から気になる本を運び込んで、自分の理想の空間を作り始めているが、私は流石に作業場を寝室に、寝室を作業場にする気にはなれないな……。
私は実験用に使いまわしている型を指定の場所にセットし、倉庫にある希少性の高い鉱石を溶鉱炉に放り込む。レンタルの物よりも早い速度で溶かしてくれたり、装備から素材に戻す時の還元率が増加したりするらしい。思わぬ買い物ではあったが、実験効率が上がったのは素直に喜ぼうと思う。
とりあえず今日の目標は金属の性質の確認からである。
***
一日のログイン制限の10時間が終わろうという頃、私は完成した装備を前にため息を吐いた。
完成したのは依頼された槍……ではなく、ラリマール用の防具合計3点。
昨日食べたケーキがどうしても忘れられず、ケーキやクレープなどをモチーフに新たに服を作ってしまった。色も変えて抹茶とチョコの服もそれぞれ作ったので3セットだ。
可愛いが、今の物と性能はあまり変わらない。
とりあえずラリマールに全部渡しておこうと思う。ラリマールはこの世界では珍しく見た目に気を遣うので、気分で着替えてくれるだろう。要らなかったら売ればいいし。
で、肝心の頼まれていた槍の件だが、こちらは完全に行き詰っていた。
それぞれの金属の特徴や、合金にした時の性質の変化などを7時間もかけて調べ上げたのだが、どうにも攻撃力と耐久力の両立が難しい。
物理攻撃力と攻撃魔力の両立はまだできる。私の、というか木工の得意分野なのでそこはすぐに完成した。そこから回復魔力や光属性の付与をしていくと、どうしてもある一定のラインから耐久値が激減してしまうのだ。
似たような装備に舞姫がある。あれもずば抜けた攻撃魔力補正値と追加効果の半面、耐久力はガラス以下の業物である。
どうやらゲームシステム的にそういうずば抜けた高性能装備ほど、耐久値が減りやすくなるようになっているらしい。
耐久値の上昇となると柄もすべて鍛冶で作り、金属製の物にしてしまえば解決するのだが、それでは魔力系の補正値が死ぬ。飾り布などを特殊な物に変更すればある程度までは魔力も持たせられるのだが、それにも限界があった。あくまでも装飾は装飾なので、メインとなる部分ほど強く能力値に影響しないのだ。
イベントに間に合わないという私の予想は当たっていそうだが、こうなるとそもそも完成すら怪しくなってきたな……。
やっぱりバランスを取る事で妥協するしかないかな。耐久値は一定から減らし過ぎるとメインの武器として使えなくなってしまうので却下。魔力系も減らし過ぎると今までの装備と同じになってしまうので問題だ。
そうなると削るべきはやはり物理攻撃力だろうか。
いや、物理攻撃力を削るなんてのはそもそも前提として考えてたし、既に十分削ってしまっている。ここから更に落とすのはそれはそれで……。
「うーん……穂先……いや、柄とか石突の変更かな……」
私は忘れない内にラリマールに装備を譲渡して、頭を捻る。
倉庫に何かこの状況を打開する素敵なアイテムが落ちてないだろうか。もう何度も繰り返し見ているのだが、それでも何か見落としがあるかもしれない。いや、あって欲しい。
……そもそも素材を変えると言っても限界がある。
穂先は金属、柄は木製までは確定しているような物だ。手持ちの金属と木材の相性は大体試してあるし、最早石突と装飾しか弄る部分がないように思えた。
しかしそれでは、能力値を大幅に改善するなど不可能なのである。出来て精々光属性の付与くらい。それも目が飛び出るような高級素材を使ってそれだ。
「これは、もう無理な気がするなぁ……」
私は連続ログイン警告でけたたましく鳴り響くアラームを聞きながら、自室に戻ってベッドに寝転んだ。このまま寝たらどうなるのかちょっと気になるのだが、流石にこううるさいと眠れない。
大人しくメニューからログアウト処理を実行するのだった。