カジキの槍
翌朝、一日振りに天上の木にログインした私を出迎えたのは意外な人物だった。
「あれ、泥団子今日は早いね」
「ああ、徹夜でお前の事待ってたんだ。昨日は来ないってユリアに聞いてたから朝の4時にログインしてな」
「え、あ、ごめん、何か用だったかな。昨日は色々あって……」
「いや、俺の勝手なあれだからそれは良いんだ。お前の健康的な生活には文句が言いたい気分だが、そういうあれで来たんじゃない」
久し振りの完徹だと言って立ち上がった泥団子の目には隈が出来ている。いや、彼はいつもこういう表情のアバターなのだが、そんなことを言われるといつもよりも濃いように見えるのだから不思議である。
それにしてもこんな早朝(五時半)にログインして待ってるなんて、余程急ぎの用事なのだろうか。でも昨日だってユリア、紗愛ちゃんに言伝を頼めば私と連絡を取れただろうし、電話番号は知らないけど普通のメールのアドレスやチャットツールのIDは分かるんだからそっちで連絡取れそうなものだが……。
急ぎでゲーム内の連絡……もしかして何かイベント関連かな?
「えっと、何かイベントに進展があったとか……?」
「いや、そうじゃない。実はユリアからも半分出してもらったんだが、誕生日プレゼントな。その、あんな事があって祝おうか迷ってたんだが……フランの奴におめでたい日は祝うの当たり前って言われてな。反省したんだ。お前だって誕生日を楽しむ権利はあるのにな。すまん」
「あ……ううん。心配かけちゃったんだね。ごめん」
フードを外して頭を下げた泥団子に、私は笑みで返した。
そっか。私、自分で思っている以上に心配かけてたんだな。でもまさか泥団子に祝われるとは思っても見なかった。
「で、これ受け取って欲しいんだ。本当はこういうのは向こうで渡した方がいいんだろうけど、現実の女子が何好きかなんて分かんなくて……」
「私も一応現実の女の子なんだけどね……」
そう言って彼から譲渡申請されたのは、大量の素材アイテムだった。
表示されたリストは、その種類が多すぎて収まりきっていない。驚きながらもスクロールして表示を確認すると、どれもこれも高級素材ばかりである。私が欲しがっていた流星の欠片や魔性の絹布などがいくつも入っている。
イベント中で市場にそれなりの数が流れているとはいえ、これだけ買えば彼の全財産を軽く超えているはずだ。
私は慌てて頭を振った。
「こ、こんなに貰えないよ!」
「いや、貰ってくれ。返されても俺じゃ持て余すだけだしな。半分ユリアが出したし、自分で塔に上って取ってきたのもある。それに、あの大金が半分以上無くなってスッキリしたところなんだ」
「スッキリって……」
ユリアと折半してあの金額が半分以上無くなる……? フランと言い二人と言い私の周りのプレイヤー金遣い荒すぎないか? どうやらカナタも巻き込んで、第3エリアの全主要都市のバザーと取引掲示板から素材を買い集めたらしい。
私が拒否しても彼は何度も同じ申請を繰り返した。ブロックすればもう送れないのだが、流石にそこまでするのは……。
そうして悩んでいると、泥団子がため息を吐く。そして私にあることを告げた。
「実はこれ受け取ってから言おうと思ってたんだが、一つ交換条件があってな」
「え、交換条件?」
何、私この高級素材と引き換えに何させられるの?
若干危ない妄想を展開する私を他所に、泥団子はある人物を呼び出した。
その人物は、泥団子と同じエルフの男性。背は高く、鎧姿に槍を背負った中々の色男である。そして彼は、聞き覚えのある名を名乗った。
「どうも初めまして、カジキです。ラクスさんのお噂は兼兼」
「え、ああ、初めまして、ラクスです」
カジキ。確かこの前、源二郎さんの店で泥団子が言っていたプレイヤーの名だ。
自己紹介を済ませた私達の間に、泥団子が割って入る。どういうことなの?
「イベント塔上るって言っても俺ヒーラーじゃん? ソロじゃ無理だから、レベルカンストしてるカジキに頼んで護衛してもらってたんだよ。幸いヒーラーが邪険にされるイベントじゃないしな」
「ええ。と言っても私も攻撃性能がそう高い訳じゃないので、半分以上傭兵の力なんですが」
詳しく聞くとカジキさんは泥団子の高校の同級生で、時折話題に出てきた第3エリアに居るフレンドの一人なのだそうだ。別のゲームでも一緒に遊んだりする仲らしい。
そんな彼に協力を要請して塔に上る時、ある契約を交わしたそうなのだ。
「僕に、槍を一本作ってくれませんか?」
***
泥団子から受け取った高級素材群と、それとは別口でカジキさんが足しにしてくれと渡した汎用性が高い素材が、今までにない程にインベントリを圧迫している。限界値の95%超えると警告出るんだな、知らなかった。
私はレンタル鍛冶場で、カジキさんが今まで使ってきたという槍を見せてもらっていた。悪くない、というより流石はレベルカンストと言うべきか、かなり良い物を使っている。同等ならともかく、これ以上良い物となると難しいが……。
私は顔を上げて、私の姿をじっと見ているカジキさんに視線を返した。
「あの、どうして私に? 他に頼める人は……」
「え? あ、実は知人の中に鍛冶をやっているプレイヤーが源二郎くらいしか居なくて……知らない人に細かい調整までお願いするのも悪いでしょう?」
「それで俺に知り合い紹介して貰って、納得がいく武器作りたいんだとよ」
なるほど。まぁ気持ちは分かる。私だってマツメツさんに最初に無理なお願いをした時は、装備の微調整まで頼むほどの度胸はなかった。その後は本当に遠慮なく色々と融通してもらったが。
しかしVRゲームに於て、重心や握りの微調整は重要な要素である。特に槍は重心のバランスが難しい武器。柄と穂先の重量バランスや、刃の形、長さの比率などで戦い方まで変わると言っても過言ではないだろう。
その辺りの調整は結構時間がかかる上に、最適解にはバシッと決まるほどのインパクトがない。面倒がる製作者が多いのも納得する要素だ。
しかし、それでも一つ分からない事があった。
「それなら、今使っているこれを改造しましょうか? 正直これ以上の物を作れと言われても……」
「いや、新しく作って欲しい。それに性能は多少下がってもいいんだ」
「……?」
装備改造で石突や穂先に手を加えれば重心が、柄に手を加えれば握り易さが改善する。その辺りを探ってみてはどうかと提案するが、あっさりと断られた。
彼は新しく一本作って欲しいのだという。それも性能は下がってもいいという。鍛冶初心者の私に、彼は一体何を求めているのだろうか。
それには切実な、そしてかなり重大な理由があった。
「実は僕、純粋戦士職じゃなくて僧兵でね」
「……なるほど」
詳しく説明を続ける彼の話に耳を傾けながら、私は数本の金属製の槍を見下ろす。確かにこれでは満足できないだろうな。
僧兵とは、戦士と僧侶の複合職で、支援魔法が得意で防御力が高い変な前衛職である。盾と鎧と杖装備で前に出て、敵を引き付けながら自分を回復するという戦法を好む。回復魔法が敵の注意を引きやすいので結構盾役として有能なのだとか。
その上意外にも多才で、それ以外の戦い方も結構頑張れる中々の万能職でもある。
僧侶系のバフや回復だけでなく、光の攻撃魔法や物理攻撃スキル、光属性付きの物理攻撃なんて物も使えるので戦略の幅が広いのだ。
その反面戦士系の中では装備重量があまり伸びず、数値上のステータスも低いので装備制限にも相応に引っかかり、装備の選択に大変困っている職業でもある。回復魔法も祓士なんかと比べると得意とは言えず、どうしても装備は防御中心に揃えなければ回復が間に合わないのもネックだ。
あの第1エリアで売ったタクト型の軽い杖は、こういう所にも需要があったのである。
そしてこのカジキさんは、僧兵の中でも異色な戦い方をしている。光魔法や物理攻撃を中心に立ち回り、防御が得意な職業で攻撃役まで熟しているらしい。僧兵の攻撃性能は高いとは言えないので、話を聞く限りそう強そうな印象を受けないのだが、それでもあのイベント塔の上の方で素材集めができるのだから実力も十分なのだろう。
そして、その戦い方で必要になるのは、物理攻撃力と魔法攻撃力の両立した槍、ということだった。
回復魔法は別口で杖を装備しているから要らないらしいが、それでも戦闘中に咄嗟に使えた方がいいので高いに越したことはないはずだ。
今までの槍は全部物理攻撃特化に近い性能だ。これは全くプレイスタイルに合っていない。
つまり今回の依頼は、物理攻撃力、攻撃魔力、回復魔力に高い補正値を持ち、木工で付与するのが難しい光属性強化の追加効果を付け、メインで使うのに十分な耐久性を持ち、そして何よりそれらが最高レベル帯で十分に使えるように一本の槍にまとめる事。
話を聞き終えた私はインベントリを覗き込みながら腕を組んで唸る。出来ないとも言い切れないが、かなり難しそうだ。
「無理そうなら断わってもいいんだぞ? 一応約束は紹介するまでだからな」
「……三面同時に、か。軽くなってもいいですよね?」
「耐久値が高ければ、ですね。軽い槍は扱ったことがないけれど、装備重量に余裕があるわけではないので、軽い方がむしろ助かるかも……」
「んー……多分、イベントには間に合いません。構いませんか?」
私の言葉にカジキさんが頷く。
これが私の初めてとなる、身内以外の装備作成依頼になったのだった。