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昔の話

 私達は夏休みの思い出などを語り合う。と言っても私はあの旅行とゲームしか思い出がないので(もっぱ)ら聞き役なのだが。


「へぇ、海かぁ……」

「そう、珍しくお兄ちゃんが外に出てたわね。本人に言ったら大学のために毎日出てるって怒られたけど」


 汀さんは海に行ったらしい。夏休みが始まる前には特に予定もないと言っていたが、家族で海水浴に出かけたのだそうだ。勝手な想像だけど、学校指定の水着しか持ってなさそうなのに海水浴とか行くんだ。意外と言ったら失礼か。


 他にも毎朝ランニングしているフランは毎回コースを変えて迷子になっていたり、紗愛ちゃんは補習が終わってからもう一度家族旅行に出かけたりしているらしい。どこにも行っていないのは私だけだ。


「3人の旅行以外だと、お墓参りくらいしか行ってないなぁ……」

「誰の?」

「……フランはこういうの直球で聞くよね。いや話題に出した私もあれなんだけど……」


 宴も(たけなわ)という時に、ポロっと溢した言葉をフランに拾われる。どうも彼女は私のあの事件について詳しくない上に、あまり興味がある様にも見えない。当時は全国区で放送されたし、市内では有名な事件なんだけど。


 私は彼女に掻い摘んでソラについて話していく。出会いや思い出、こうして話してみると思っていたより話を進めるのは苦痛に感じない事に気付いた。

 昔は思い出すだけで泣いたものだが、今思い起こされるのは楽しかった記憶とその感情。昨日の晩に、私の中で何かが変わったということなのだろうか。


 いや、今もそう変わっていないのかもしれない。きっと思い出すだけじゃなくて、聞いてくれる友達に話しているというのが重要なのだろう。

 私の話は、ついに昨日の出来事まで流れて行った。


「きっと、素敵な人だったんでしょうね。加藤さん、幸せそうな顔をしているわ」

「そう、かな」


 汀さんに指摘されるまで気が付かなかったが、どうやら私はブレスレットを触りながら笑っていたらしい。少し恥ずかしくなってちょっと顔を伏せる。

 それまで黙って真剣に私の話を聞いていた紗愛ちゃんが、おずおずと口を挟んだ。


「あのさ、ずっと気になってたんだけど……聞いていい?」

「うん? 変な事じゃなければいいけど……」

「その、青柳さんのことどうしてソラって呼んでるの?」


 どうやら紗愛ちゃんは、中学の時からソラのあだ名の由来が気になっていたらしい。それ、今まで黙ってたのか……。

 何と言うかこの感じ、中学校の時の紗愛ちゃんを思い出す。昔はもっと引っ込み思案な部分もあったのだが、いつの間にかこんな元気一杯の女の子になっていた。昔から強引な所もあったけど、今ほど色々なことに挑戦する気質ではなかった気がする。

 多分だけど、私を引っ張ってあれやこれやしている間に少しずつこういう性格になって行ったのだろう。私に様々な趣味を勧める前にまずは自分でやってみるという“気遣い”の表れでもある。


 私は最早自分では覚えておらず、両親から聞かされて詳細を把握しているほどに昔の話をする。すごく小さい頃の事だ。正確に何年前なのかは分からないけど、ソラのあだ名の由来はそのくらい前。


「中学どころかもう3歳とかの話なんだけど、ソラが『わたしのうたなんだよ!』ってきらきら星を歌ってくれたことがあったの」

「……ああ、『星よ』だから?」

「そう。でも私は、あの歌は夜空の歌だからこの子は夜空ちゃんって言うんだなって勘違いしちゃったのが始まり。今思うと変な話なんだけど、不思議と直そうとは思わなかったな……」

「ほわぁ……そ、そんなかわゆいエピソードだったとは……」


 話を終えて、フォークでケーキを口に運ぶ。今日フランが買って来てくれたケーキは、アイスケーキだ。ちょっとレトロな気分。夏なのに雪だるまやかまくらでデコレーションされているのはよく分からないが。

 このケーキは可愛い上に美味しい。食べるのがもったいない程だが、早めに食べないと溶けてしまうので美味しい内に食べてしまおう。ちなみにフランが買ったにしてはちゃんとしていて、6人分として適切なサイズだったので二切れはお父さんとお母さんに持って行ってある。


「じゃ、じゃあ、二人はその、小さい時一緒にお昼寝とかしてたの……?」

「え、うん、してたけど……? あ、中学の時も一緒に寝たりしてたよ」

「ホントに!?」

「う、うん……」


 興奮した様子の紗愛ちゃんに若干押されて仰け反る。個人的な感想としてはやっぱりと言う感じだが、やはり他の二人には異様に見えるようで、フランが紗愛ちゃんのおでこに手を当てていた。この子、熱があるとかじゃ……いやある意味熱があるのだが……。


「紗愛、頭大丈夫?」

「聞き方をどうにかしなさい。でも確かに逢沢さん、変な興奮の仕方してないかしら」

「紗愛ちゃんは、まぁ中学の時からこうだから……」

「興奮しないなんて無理だよ!」


 私と普通に……いや今思えばまったく普通の関係ではなかったのだが、しっかり会話ができるようになったのは、事件から二ヵ月ほど経った頃だった。それより前は同級生や友達と言うよりは……


「だって、加藤さんと青柳さんは私の人生初の推しメンだから!」


 いつの間にか昔の呼び方に戻っている紗愛ちゃんを見ながら、私はケーキの最後の一欠片をフォークで突き刺す。


 昔私達は、友達と言いうよりはアイドルとファンの関係に近かった。


 私が初めて彼女、逢沢 紗愛を認識したのは中学一年の秋季文化祭の二日後。その時は違うクラスだったし、少なくとも私は名前すら知らなかった。


 文化祭の後片付けが済んだ学校。その光景に少し寂しさを感じながら二人で登校すると、下駄箱に一通の手紙が入っていたのである。

 真っ先に相談しに行ったソラにも同じ便箋が届いていたので、どうやらラブレターではなさそうだと二人で笑った。中身を見るとそれは、ある意味ラブレターより熱烈な文言が並ぶ、ファンレターとでも言うべき手紙だったのだが。


 ファンレターの差出人は逢沢 紗愛。紗愛ちゃんとの出会いはそんな奇妙な形だった。


 あの頃のダンス部はコンテストの他にも文化祭などの学校行事で、数か月に一回くらいの頻度でダンスを学校で披露していた。

 一年の時の秋の文化祭では、私とソラが二人で踊るパートがちょっとあるダンス部選抜メンバーのやつと、私達が個人的に練習していた二人だけのダンスがあったはずだ。

 それを文化祭実行委員のタイムキーパーとして見ていたらしい中学生の紗愛ちゃんは(いた)く感動したようで、翌日にあの分厚いファンレターを(したた)めて、その更に翌日に下駄箱に入れたのだ。


 最初に読んだ時は恥ずかしかったな。それまでの練習と本番の動きに自信はあったけれど、ああして仲間でもコーチでも審査員でもない人に褒められるのは初めての経験。ソラは貰って嬉しそうだったけど。

 その後はダンス部の練習の見学に来る紗愛ちゃんが先生に追い出される事件があったり、年末の音楽祭、三年生を送る会、新入生歓迎会、新生徒会発足記念パーティなど、様々な学校内のイベントに私達を応援する紗愛ちゃんが出没して熱烈な声援を送られたりしたものである。

 ちなみにこの頃は、こちらから話しかけると逃げていくので手紙以外の方法でコミュニケーションを取ったことは一度もない。

 気が付いたことはなかったのだが、校外のダンスコンテストも見に来ていたようで、何かもうあの時は本当にファンとしか言いようがなかった。


 紗愛ちゃんとのそんな出会いを二人に話した。本人はイベントの詳細……いや、私とソラのダンスの詳細をすごい勢いで補足する。よくもまぁ覚えている物である。私なんて話聞いて初めて振り付けとか思い出したよ。

 そのことについて聞いてみると、


「だって全部録画してあるからね!! もう何度も見てるよ!」


 とのことだった。

 文化祭は実行委員が撮影した映像があるはずだが、他のイベントはそういう話を聞いていない。私が他に思い出せる記録映像は、ダンス部が練習の時に全員の動きを確認するために撮影した物や、コンテストのビデオ審査に応募した物だけ。それを彼女が持っているはずがない。

 つまり、その他の校内のイベントはすべて個人で撮影したということになる。ウチの家にもそんなのないのに、情熱がすごいな……。


「実は今もデバイスにデータ入ってるし、二人も見てよ!」

「えっ? 私の動画持ち歩いてるの!?」

「常備薬として使ってるから!」

「何の薬!?」

「多分、ハイになる薬でしょうね……」


 一人で盛り上がった紗愛ちゃんは、自分のデバイスと私のパソコンの画面を短距離通信で繋いで動画を流す。うわ、本当に私とソラだ。

 これは文化祭のデュエット。中学校では一年の時の文化祭しか二人で踊っていないはずなので、見間違えることはない。先輩が引退してからは何故か二人のデュエットパートが毎回のように入っていたが、最初から最後まで二人だけなのはこれだけだ。


「ここ! ここ好き! 青柳さん顔綺麗過ぎてビックリするし、加藤さん流石だよね! 入部直後からダンス部で一番上手いって評判だったんだから!」

「流石に言い過ぎ……」

「綺麗」

「本当に上手ね。知らなかったわ」


 何か、この流れ既視感がある様な……。具体的にはあのテストの打ち上げの時の、私のPvP鑑賞会に似ている気がしてしまう。

 何となく汀さんとフランを見ると、二人は思いの外真剣に画面を見ていた。このまま鑑賞会にならないと良いんだけど……。


 その後、他のイベントの動画も続けて放映される。

 流石にあの時とは動画の量が違う。イベント全部見てもそんな長さはないからいいかと思っていたのだが、私達がダンスの動画を見ている事に気付いたお母さんが、校外コンテストの動画や練習風景の記録映像などを掘り出して来たり、昔使った衣装や小道具などを見せに来たりと途切れることなく私の話題は続く。なぜか二人も結構興味深々の様子である。


 私を置いてきぼりにした“私たち”の昔話は、そのまま尽きることなく続くのだった。


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