特別な日
我が家は、私の誕生日を祝わない。
何の変哲もない一日として過ぎていくし、私は毎年この時期に笑うことは滅多にない。
それもそのはずで、私の誕生日はあの事件の翌日だ。
つまり今日。ソラの命日と同じ日である。
中学の時からの友達にも祝われたりはしないので、もしかすると本当に3年……いや、4年振りの誕生日プレゼントかもしれない。
私はそんな3年越しのプレゼントを月明かりに晒す。
それは青と黄色の石が二つ並んでいるブレスレットだ。
私は昔黄色が好きだったし、ソラはずっと青が好きだった。二人が寄り添っているように見えるそのアクセサリーは、もう会えない現実を思い出させて悲しい。
けれど、こうして握って感触を確かめると、ソラが一緒に居てくれるような感覚がして不思議と落ち着いた。
おばさんの話ではソラは救急で搬送されている間、ずっとお揃いの物を握り締めていたらしい。あのままバスで何事も無かったならば、この箱を翌日の朝の私に見せていたのだろう。
言われてみれば確かに思い当たる記憶がある。あの朝の集合時間に、彼女は見慣れないアクセサリーをしていて、その事を尋ねると何かをはぐらかすようにしていたのを思い出す。
あれは、私に誕生日プレゼントを隠していたのか。
私はゴムで出来たやや子供っぽいデザインの腕輪を指に引っ掛けて右手首に通す。
こうして彼女からのプレゼントが無駄にならなかったことに、私は心底安堵した。
今日お墓に行かなければ、あそこで長い時間過ごさなければ、右腕もあの事件でなくなってしまっていたら。
……あの時の私に、本当に死ぬ度胸があったのなら。
私はこのプレゼントの存在に気付くこともなかっただろう。
月明かりを浴びながら、私はベッドに倒れ込む。
そして、右手を胸に抱くようにして瞼を閉じるのだった。
***
目が覚めると時刻は午前10時。いつもの起床時間よりも四時間ほど遅い時間だ。
どうやらまた寝ながら泣いていたようで、姿見に映る自分の顔は酷いものである。その姿を見た私は、中途半端に脱いでいたらしい私服と相まって何だか無性に面白く、思わず吹き出してしまった。
「ふふっ……酷い恰好……」
私は両親への朝の挨拶もそこそこに、手早くシャワーを浴びて着替えを済ませる。ブレスレットを外すのに少々手間取ったが、伸縮性がある物なので片手でも何とかなりそうである。
歯を磨いて手洗いを済ませ、後は少々遅い朝食だけだと思った時、インターホンの音が響いた。
時刻は既に午前11時。誰か来客があってもおかしくはないと思うが、世間的にはお盆休みだ。こんな時期に訪ねて来るということは両親の仕事関係ではなさそうである。
朝食と一緒に準備したオレンジジュースを飲みながら、受話器を取るお母さんの後ろ姿を眺めていると、微かに漏れ聞こえる声に聞き覚えがある事に気が付いた。
私がチラリとカメラの画面を確認すると、そこには予想通り、紗愛ちゃんとフランが映っていた。
玄関の扉を開けて、夏の外気と共に友達を呼び込む。玄関が開いた一瞬だけ虫のざわめきが聞こえて、すぐに消えていった。
彼女たちは何よりもまず最初に、なぜか汗だくのフランが大きな紙箱を私に差し出した。
「これ、ケーキ」
「え? ケーキって……」
「後シャワー貸して」
私はやや戸惑いながらもその冷たい箱を受け取る。
ようやく空いた両の手でパタパタと身体を仰ぐフランは、ノースリーブにショートパンツ、靴はランニングシューズだ。いつか見たランニング用の格好ではないが、動きやすそうな服装。……どうやらケーキ屋から走ってここまでやって来たらしい。
流石にこのままにしておくと空調で風邪を引きかねないので、私はバスルームまで案内する。私のシャンプーとか好きに使っていいから。
彼女は私からの了承を得ると目の前で脱ぎ始めた。何と言うか、この人色々あれだよね……。
一瞬で全裸になって隠そうともしない彼女の体から視線を外して、彼女が脱いだ服を確認する。
下着までびっしょりだ。シャワー上がりにこれを着るのは少々問題だろう。
「フラン、洗濯しちゃっていいよね?」
「んー」
シャワーの音と共に響く肯定なのか否定なのか分からない返事を聞きながら、適当に服をひっつかんで洗濯機に放り込む。汗の分だけ重くなった服に、洗剤と水が流れるのを確認してから脱衣所の外に出た。
脱衣所からリビングへと戻れば、お母さんに出されたらしいアイスティーを飲む紗愛ちゃんが椅子に座っている。どこか居心地が悪そうである。
ソラと違ってあんまり紗愛ちゃんを家に呼んだことないんだよね。フランは初だが、まぁあれは特別製のメンタルしてるから……。
「紗愛ちゃんも誕生日祝いに来てくれたの?」
「あ、うん……そう、なんだけど……」
そう言って気まずそうに視線を漂わせる。もしかすると、というより確実にフラン発案の突発誕生日会らしい。紗愛ちゃんは中学の同級生だからね。まず私の誕生日を祝おうなんて気にはならないだろう。
私は彼女の手を取って、目を合わせた。
「ありがとう。もう、大丈夫」
「あ……うん! 色々持って来たから!」
私の笑顔に、彼女は満面の笑みで言葉を返す。そして手に持っていた袋からオードブルや飲み物などを私に見せた。
どうやら本当に誕生日会をするつもりで来たらしい。何と言うか、せめて前日くらいに話を通して欲しいものだが、フラン発案はいつもの事なので仕方がない。
私は紗愛ちゃんを連れて自室に戻る。朝ご飯がまだだが、もう今日のブランチはこれでいいだろう。
私の部屋に入った彼女は、机の上にあった手紙とハーバリウムを見付けて首を傾げた。
「誰の手紙?」
「ん、それはソラの手紙。3年実家で眠ってたらしいのを貰って来たの」
「そう、なんだ……」
私は紗愛ちゃんの反応を見ずに、仕舞い込んであった小さな座卓をカーペットの上に設置する。ベッドの横に常備してあるウェットティッシュでサッと吹いた後、彼女が持って来た料理と飲み物、お菓子を並べていく。
誰が準備したのか、袋には割り箸も紙コップも入っている。二人にしては準備がいいことに内心首を傾げながらも、準備を進めた。
こういう誕生日会、昔は良くやったな。部屋の中を飾り付けたりしてソラとお互いに祝い合ったのを覚えている。毎年やっていたので流石にあれが何年前とかまでは思い出せないけれど。
途中で裸のフランと、顔を洗いに来たお父さんが脱衣所で鉢合わせになるというハプニングもあったが、それ以外は特に問題もなく準備は整った。フランには私の服を貸し、お父さんはお母さんに連行された。
ちなみに流石にお父さんは気まずそうだったが、フランの方はと言えばまったく気にした様子もない。どうやらその辺を気にしない性質なのは相手の性別問わずらしい。この人豪胆だよな……。
これですべての準備が整ったという折りに、再びインターホンが来客を告げる。誰だと不思議に思っていると、その人物はお母さんに連れられて私の部屋の扉を開けた。
そこに居たのは、少し久し振りに思える人物だった。
「少し遅れたわね。ごめんなさい」
「あれ、汀さん? 来てくれたんだ」
「その反応、もしかして布津さんから何も聞いてないの?」
「何も言ってない」
「何も聞いてないかな……」
隣の席の優等生、汀さんが私の部屋に入って大きくため息を吐いた。
彼女とはもう夏休みが明けるまで会わないものだとばかり思っていたが、どうやらフランがサプライズゲストとして呼び出していたらしい。道理で準備がいいと思ったよ。
「じゃ、揃ったところで乾杯しよっか。お昼にはちょっと早いけど……音頭は瑞葉だよね?」
「え、あ、私か。じゃ、じゃあ、乾杯」
「かんぱーい」
私達はジュースの入った紙コップを掲げた。
連載が百話を超えました。
ここまで来られたのは偏に評価、ブックマークをして下さった方々のおかげです。ありがとうございます。正直低評価と批判感想文が続々と届いていたら、少なくともネット上に掲載するのは早々に終わらせていたでしょう。高評価やブックマークしてくださった方々には感謝しかありません。もちろんそれ以外の読者の皆様にも。
内容の話も少しすると、ソラとの色々が片付けば話としては一区切りになりそうな感じかもしれません。その後も今まで通り続く予定です。今後ともよろしくお願いします。