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運命の出会い

 陰鬱とした曇天の下、通学路は梅雨の雨に濡れている。早朝から降っていた雨はお昼休みの間に止み、久しぶりの傘を差さない下校で前を歩く同級生の足取りも心なしか弾んでいるように見える。

 私――加藤(かとう) 瑞葉(みずは)は、水溜まりを避ける様にして友人と共にいつもの通学路を歩いていた。


「そのゲームを私にして欲しいの?」

「そう! きっとできるから!」


 私の隣を歩く幼馴染の紗愛(さら)ちゃんの話は、いつもの漫画談義とは少し違っている。ポニーテールを揺らしながらこちらを覗き込むその表情は、いつもの男性キャラクターの話をする時よりも少しだけ真剣だ。


「でも私ゲームなんてずっとやってないし、オンラインゲームは……」

「絶対、ぜーったい楽しいから! 可能な限り殺伐としなさそうなゲーム選んできたから!」


 少し苦手だと続けようとした私の言葉は、そんな少し強引な話に遮られる。漫画やアニメを“布教”と言って薦めてくる時もこんな感じだ。どうも趣味の少ない私に退屈して欲しくないらしい。


「VRの機械はあるんでしょ?」


 ある。それもちょっとお高い医療用のやつが。

 というのも3年前に事故で左腕と左脚を失った私に、これまたお高い機械義肢の準備が整うまでの間、幻肢痛対策と精神的なケアのために両親が購入してくれたのだ。脳波操作の終着点とも言われる仮想現実で、現実と同じような体験ができる、凝ってはいるが非常に退屈で空しいリハビリソフトを体験したっきり触っていないのだが。


 その後、こうして義手が届いた後も何度か私の知らない間に最新式へと買い替えられている。もう使わなくなって久しいのだが、国と自治体の助成金を上限まで使って揃えているようである。

 そんなこんなで、市販されている安めの物の数倍……下手をすれば十倍以上のスペックを持つ高額VR装置は私の部屋で静かに眠っていた。


「ならちょっとお試しみたいな感じでさ。月額料金も大した額じゃないし、ソフト本体はセールで安くなってるの買っておいたから!」

「えっ、私の分も買ったの!?」


 ゲームソフトのディスクやチップが市場から消え、ダウンロード版ばかりになっている昨今。紗愛ちゃんは今では滅多に見ない紙のパッケージを鞄から取り出して見せた。別にゲームに付き合うだけなら構わないが、流石に友達にお金を出してもらうわけにはいかない。


「そんな、受け取れないよ。いくらしたのそれ」

「1,000円。というか、ファミリーパックで買うと五つくらいアカウント作っても大丈夫だから、そこは本当に気にしなくていいよ」


 どうやら紗愛ちゃんが買ったのは家族や恋人向けのパッケージらしい。このディスクからインストールした機器は、五台までならば同時に接続しても大丈夫なようになっているそうだ。

 そもそも同時接続が不味いというのが私にはわからなかったが、紗愛ちゃんの話では、今時のオンラインゲームでは購入情報を参照されて、不正な接続(同じ購入元なのに複数の機器から同時接続、など)は弾かれる様になっている……という話らしい。


「まだ私の一回しか使ってないから、瑞葉が使ったの返してくれればそれで」

「それならまぁ……」

「じゃ、家に帰ったら電話するね!」


 元気よく走っていくその後ろ姿を見送りながら、私は別れ道の十字路を左へと曲がる。

 空を見上げれば、雲の間から少しだけ太陽が覗いていた。



 ***



 ベッドと机、そしてクローゼットがあるだけの殺風景な自室には、二人分の声が響いている。真っ白の背景に黒字でゲームのスペックが記載された画面を見ながら、私はその声に答える。


「言われたサイトは画面に出したよ」

『そこに色々書いてあるだろ? 初心者向けの話とかは俺たちができるとしても、職業とか武器とかは一覧で見た方が早い』


 学校から帰宅した私は紗愛ちゃんに渡された“天上の木”というゲームソフトをVRマシンに挿入し、今は膨大なデータのコピーとインストールを実行している。私はその間にオンラインチャットで二人と通話をしていた。


 通話の相手は件の紗愛ちゃんともう一人、一義君という同い年の男の子。中学は一緒だったが高校では別の学校へ入学し、私とこうして会話をするのは偉く久しぶりである。


『使いたい武器、やりたい職業、なりたい種族とかない?』


 紗愛ちゃんと一義君の話では、最初の初心者用のアイテムを効率よく使うにはある程度キャラクターの育成方針を決めた方がいいらしい。そこで私は攻略サイトで製作可能な種族の一覧を見ているのだが、


「人間、エルフ、ドワーフ、獣人……種族で何が違うの?」


 攻略サイトでは写真と簡単な設定の解説、そして攻撃や防御といった能力の隣に〇や△が書いてあるだけで良く分からない。詳しくない私でも、かなり簡素な情報しか記載されていないことは察しがついた。


『種族レベルで上がりやすい能力値だな。人間は平均、エルフは魔法型、獣人は物理型に成長しやすい、みたいな』

『能力は基本的に自分で振り分けるけど、レベルアップと同時に固定でいくつか能力が伸びるみたいだよ。最初は微々たるものだけど、最大レベルまで行くと結構違ってくるみたい』

『まぁ、一番違うのは見た目だな。あと種族専用装備とかがある。悩むなら他から決めてもいいんじゃないか?』


 私は言われた通り、全部で七種類ある種族一覧から、初期職業一覧に画面を切り替える。こちらは打って変わって詳細に取得スキルやステータスの伸びなどが記載されていた。

 戦士、盗賊、格闘家……と、どうにか大きい太字の見出しだけを追って数を数えると、全部で六つの職業があった。


「職業って、パン屋さんとかそういうのじゃないんだね」

『パン屋? 多分できるんじゃないか? 売れるかは分からないけど』

『この作品、戦闘職以外はジョブシステムないんだよ。生産中心でも戦闘職』


 戦士や格闘家といった戦闘に関連する職業ばかりを眺めながら呟いたそんな一言に、二人はそれぞれ反応を返す。職業と聞いて真っ先に浮かんだだけで、別にパン屋をやりたいわけではない。


 二人の話によると、職業の能力値補正は種族の補正に比べるとかなり大きく、プレイスタイルを決定する大きな要因の一つであるらしい。私は一体型のパソコンの画面をスワイプし、能力値やプレイスタイルの一例などを読み進める。


『実感が薄い種族補正よりは大事かなぁ。職業補正と装備あれば、プレイスキルで割と何とでもなっちゃう作品らしいよ。私も初心者だから聞きかじりなんだけどね』

「二人はどれなの?」

『私は戦士!』

『俺は僧侶。前衛後衛揃ってるから別にバランスとかは気にしなくていいぞ』


 バランス。それを聞いてもう一度サイトに書かれている情報を読み、納得する。どうやら一人で行動するよりも仲間と役割分担をした方が強くなれる様に設計されているらしい。

 ということは、戦士と僧侶以外を選んだ方がいいのだろうか。


「うーん……何選べばいいかな」

『強いて言えば、前衛がもう一人居てもいいんじゃないか?』

『え、魔法攻撃役じゃない? ……でも、逆に同じ職業を選べば、私達のお下がりの装備使えるからちょっと楽かもしれないよね』


「つまり、何でもいいってこと?」

『職業は最悪肌に合わなくても簡単に転職できるしなぁ』


 戦士と僧侶の項目を見る。戦士は高い物理攻撃力と物理耐性を持つが、魔法系は耐性も含めて低め。僧侶は回復魔法が使えて魔法の耐性が高めだが、それ以外は低い。そうなると足りないのは紗愛ちゃんの言う通り、魔法攻撃力だろうか?

 そう考えて一番下にある魔術師の欄までスクロールする。そして少し行き過ぎてしまった画面に描写された、とある単語が私の目に留まった。


「踊り子?」


 一見戦闘には無縁そうな単語に私は首をかしげる。


『あー、複合職だな』

『初期職業を二つ育成するとなれる職業だよ』


 一義君の説明によると、そもそも初期職業の上には上級職というものが存在しているらしく、初期職業を一つ育成すると二つの上級職に転職できるらしい。

 そして複合職とは初期職業を二つ育成した後に転職可能になる職業で、元の二つの職業の特徴を組み合わせた職業とのことだ。


『初期職業は六種類。上級職は6×2で十二種類。複合職は6種類から2種類選ぶ組合せで十五種類だね』

『何気にバランスいいんじゃないか? 踊り子はよく知らないが、確か盗賊と魔術師だったよな』


 魔術師と盗賊の複合職ということは、魔法攻撃力を持った遊撃役ということになるのだろうか。私は踊り子の詳細画面を開こうとして、そこでようやく画面の右下にポップアップが表示されていることに気付いた。


「あ、インストール終わってたみたい」

『え、早いね? まぁ、あんまり決まらなかったけど瑞葉の好きにキャラクリしてみてね。キャラクター出来たらメールよろしくー』


 私は二人がチャットルームから退室したのを確認してからチャットアプリと攻略サイトのブラウザ、そしてパソコンの電源を落とす。


 急に静かになってしまった部屋の中で、ゲームで遊ぶという書置きを(したた)めて机に。そしてベッドの隣に設置されているVRマシンのカバーを外す。埃除けのための柔らかな布で覆われていたそれは、健康器具の酸素カプセルの様な見た目をしていた。


 これがヘッドセットだけの安価なVRマシンと大きく違うのは、長時間寝ていても体への負荷が小さいように多少の細工がされている寝台部分。“解像度”に関係する出力もかなり違うらしいが、詳しい理屈は良く分からなかった。


 私はマシンの蓋を開けると、義手と義足を外し寝台部分に横になる。そのまま音声案内に従って目を閉じるのだった。


8話以降は少しずつ書いていきます。

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