彼女の気持ち
あの日から私の世界に彩りがなくなった。
そう、あの人が主人の悲報を私に伝えた日から。
幼馴染みで、一緒にいるのが当たり前であった主人が帰らぬ人となった事を伝えられた時から。
なぜか、彼はこの村に住み着いてしまった。
私は出来るだけ彼と会わないようにしている。
彼が悪いと言う訳ではないが、彼と会うと亡き主人のことを思い出してしまうからだ。
彼が苦手なのだ。
困ったことに、彼は毎日私の店に来てコーヒーを飲んでいく。
週に一度情報紙が届いた時など午後の時間をゆっくりとコーヒーをすすっていく。
私は思いっきりの笑顔で彼を迎え、感謝の気持ちを絞りだし見送る。
私のこの気持ちを悟られないように。
彼は、ほとんど同じ時刻にやって来て、同じ席に座った。
牧場で牛の乳をとってるらしく、コーヒーに混ぜて静かに飲んでいた。
彼が、美味しそうに飲んでいるので他のお客さんもまねをするようになった。
そのうち、常連のお客さんと話をするようになり、この村にも慣れてきたようだ。
私は、出来るだけ忙しく仕事をすることで、苦手な気持ちを隠すようにしていた。
息子は、牛の乳入りコーヒーが気に入ったようで、毎日来る彼になついていた。
私と違って、夫との思いでの少ない息子は自分の父親の事をよく知っている彼に興味を持ったらしい。
夫の武勇伝とか、息子にも分かるように話してくれている。
息子と穏やかに話す様子から、優しい人だと分かる。
いつもの時間になると、コーヒーをいれる準備をした。
いつものように、美味しそうに私のコーヒーを飲み干して帰っていく彼の後ろ姿を眺める。
いつしか、春の日差しにつつまれているような暖かさを感じるようになっていた。
彼が2日店に来なかったので、心配して家を訪ねたら、風邪で寝込んでいた。
看病をしてあげたら、買い出しの手伝いをしてくれると言うので近くの町へ一緒にいった。
いつもかよいなれている町なのに、今まで見えなかった彩りに充ちていた。
どちらからだったろうか、一緒に暮らすようになり、私は彼の妻になった。
息子を守って彼はなくなった。
でも、私の回りの彩りはきえたりしなかった。
いつものように、同じ席に彼の大好きなミルクコーヒーを入れることで幸せな気持ちなった。
まるで、そこに彼が座っているような気がして。
だから、今日もおいしいコーヒーを入れる。
大好きだった彼のために。
今日も、良い一日だったわ。
ありがとう。