三話 怒れる妹
えっ、どうして。弁護したのに、さらに冷たくなっちゃってる。妹が分からない。いや、ダメだ。俺が小町の理解者でなければ、考えろ。考えるんだ。
「お兄ちゃん。サーたんは無類のヘソフェチなんです……」
小町が一言一言発するたびに周りの気温が下がっていく。しかし、ヘソフェチだと? やっぱりワザとじゃないか! しかも男のヘソを。なんだと思ってるんだこのうめぼしは! 同情していた気持ちが消えていく。
「おい。うめぼし、やっぱりワザとだったのか? ワザとペロってしたのか?」
「ちょっとしょっぱかったけど、良いおへそじゃったな」
「ありがとう。じゃないわ、なんで男に舐められなきゃいけないんだ! まだ清い身体だったのに、汚された。うめぼしに汚されちゃった……」
ガラっと浴室のトビラが開き、小町が現れ逃げようとしたうめぼしを片手で鷲掴みにする。はー、あんなに圧縮されちゃってる。って小町の小町が丸出しじゃないか。
いくら妹とはいえ、年頃の娘さんが丸出しはマズイ。バスタオルを巻いてやる。お腹が冷えちゃうよ。
「ありがとうございます。お兄ちゃん。それとサーたんは女の子ですよ」
「ゆ、許して。ヘルミーネ。出来心だったんじゃ、お主もそやつのヘソの良さは分かるじゃろ?」
女の子? こんな激シブな声で?! 嘘だ。アニメやゲームだったら絶対ラスボスだよ。この声は。ていうか小町もヘソが好きなの? あまり妹の性癖は知りたくなかった……
「今は悪魔形態ですからね、お茶の予定だったので女の子形態で呼んだのに、サーたんが寝ぼけているからいけないんです」
「ヘルミーネが寸止めするからじゃ。それに陣もズレとったぞ。ちょっとは悪いと思うなら力を少しわけんか。これじゃうちにも帰れんし、下位の天使にも手こずるわ」
「むー、たしかに久しぶりで、ちょっと力んじゃって加減を間違えちゃってたかもしれません。もし完全なサーたんが出てきてたら地上が地獄になってました。流石はお兄ちゃんです。世界を救っちゃいました」
「たしかにの」
アハハと笑い合う妹と潰れたうめぼし。冗談だよね? なんかさらっとヤバいことを話してるんですけど、パンチングマシンで100とか出すしみたいな話だよね? ちょっとイキっちゃってるだけだよね。
「うーん、それじゃあちょっとだけですよ? あんまり私とサーたんの力が漏れ出すと、うるさいのがやってきますからね。まだ完全復活もしてませんし」
「そうじゃのう。まぁ一割くらいで、いや三分くらいでよいわ」
「わかりました。あ、でも地獄に帰っちゃダメですよ? お母さんに気に入られたって話ですし。しばらくはまんまるサーたんでいてくださいね。私も久しぶりにお話しもしたいですし」
「わかったわかった。我とヘルミーネの仲じゃ、しばらくは現世で愛玩動物プレイでも楽しむわ」
「それと、私は小町です。ヘルミーネは昔の名前です」
「ふむ、そういえばそやつにもそう言われたのぅ。わかった、小町と呼ぼう。して、お前さんは名はなんと言うんじゃ」
「俺? 俺は光一。明野光一。よろしくな、うめぼし」
うめぼしに自己紹介した瞬間、背筋がゾッとした。今一瞬、命そのものに触れられたような。そんな恐ろしい気配を感じた。
小町が鋭い目つきでうめぼしを睨む。お兄ちゃん、こんな小町始めてだよ。
「サーたん? おいたはダメですよ。私の家族、それに無闇に人間に手を出すのもやめてくださいね? いくらお友達でも、次は冗談では済ませませんよ……」
「なんじゃ、ちょっとつまみ食いしようとしただけじゃのに、ちょっ痛い痛い。我が悪かった!」
なんというか、うめぼしも懲りないやつだ。舌の根の乾かぬうちにこれである。しかし油断ならない奴だな。
そして小町、また冷気が漏れ出しているぞ。垂れ流しはダメなのでは?
「お兄ちゃんも、悪魔に簡単に名前を教えたらいけないんですよ? まぁ私が守っているのでうちの家族は大丈夫なんですが」
ツンとこちらの鼻をつついて、めっとしてくる小町。なんだかヤバいことをされそうになったらしい。いや、妹よナチュラルに地獄だ悪魔だ言ってるが、マジ話なのか? お兄ちゃん、ちょっとついていく自信なくなってきちゃったかもよ? お茶するために世界が滅びかけてたって、ヤバくないか。
「ハハハ、最近の若者はそんなこともしらんのか」
どうしよう。うめぼしがそこはかとなくうざい……こんな物騒なうめぼしを呼び出した小町もお説教ものだが、何故だか無性にこのうめぼしには腹がたつ。相容れない存在というか、遠慮のいらない相手というか。うめぼしに知り合いは居ないのだが……
そんなこんなしていると、母さんが一階に降りて風呂場まできてしまった。
「あら、小町ちゃん。濡れたままじゃない。ダメよ、風邪ひいちゃうわ。光くんもダメじゃない。いくら兄妹とはいえ、小町ちゃんももう年頃なのよ?」
「ごめん気をつけるよ母さん。ついでにうめぼしも一緒に風呂入れてもらおうと思ってきたんだ」
「お母さん、三人で一緒に入り直しましょ」
「そうね、そうしましょうか。うふふ楽しみだわ」
素早く小町とうめぼしと目配せする。アイコンタクトを済ませ、リビングに戻ることにする。
「それじゃあ母さん、お風呂出たらご飯食べられるようにしとくから。あんまり長湯しないでよ」
「はーい」
さて、風呂場から撤退してハンバーグでも焼くか。そろそろ父さんも帰ってくるはずだ。