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【モノローグ】できること

 いいのかな。


 本当にこれでいいのかな。


 夕食の支度をしながら、私は何度も何度も自分に問いかける。私の今やっていることが、これで正しいのかどうか。


 あの子はたくさんの苦労をしてきた。小さい頃からずっとずっとずっと、一人きりで苦しくて、それでもなお幸せになりたいって思いを捨てずに生きてきた。


 目に作られた深いくまと、手首に残る傷跡と、やせ細った身体と。見て近づいて触れ合うたびに、私は苦しくなる。この子の味わった苦しさはこんな程度のものじゃない。


 誰が悪いか、なんて考えてみれば。それはお母さんでもあるし、今まで出会ってきた学校の人びとでもあるし、何なら手を差し伸べなかった全員が悪いとさえ言える。言ってしまえる。


 それほどに、私はこの子が好きだ。繊細すぎる心も、生真面目なところも、本当はものすごく優しいところも。黒髪のミディアムヘアも、まつげの長い凛とした印象の顔も、どこか幼いその声も。本当に大好きで、どうにかなってしまいそうなくらい大好きで。


 だから、どうにかなってしまったから、私はここにいるのかも知れなくて。


 わからないけれど、なんとなく告げてくる。雨音が響くたび、そっと告げてくる。私がここにいられる時間はそう長くないと。





 夏が終わってしまうまでに、私はあの子にどれだけのことをしてあげられるだろう。


 ただただ甘やかしてあげる。それだって間違いじゃないのかもしれない。あれだけの苦労を生きてきたあの子がどれほど甘やかされて愛されたって、何ひとつ罰はあたらない。


 けれど、私がずっと一緒にいられないのならば。そんなことはしちゃいけないんだ。夏が終われば、夏の忘れ物は冷たい風と一緒に消えていく。海の色も、空の色も、あの声も暑さも。くたびれた麦わら帽子も、汗かいたラムネも、みんな消えていく。そして、いつしか思い出に過ぎなくなる。


 あの子は夏の忘れ物なんかじゃない。あの子には秋が来て冬が来て、春が来ればまた、雨音とともに夏が来る。それを何度も繰り返して、生きていかないといけない。


 だから、私はあの子を助けてあげないといけない。その助けというのは、私がいなくても、ずっと支えになって背中を押してくれる、あの子自身の中にあるもの。


 それを芽生えさせることが、他でもない私の使命だ。あの子が幸せになる、苦しまなくていい、泣かなくていい、そんな未来のために。


 ごめんね。ごめんね。一緒にいてあげられなくて。ごめんね。また一人にさせちゃうことになって。ごめんね。駄目なお姉ちゃんで。


 ふと見やると、縮こまったような座り方で単語帳をめくる姿があった。一枚、また一枚。この前言っていた言葉がふとよぎる。


 家にいると落ち着くと。やっとわたしの居場所が見つかったんだと。


 心の奥が、キュッと締め付けられる気がした。少し遅れて、両手の指先も締め付けられるようだった。ああ、もしもいつまでも一緒にいられたのなら。


 居場所が見つかったのも、幸せでいられるのも、ぜんぶ私の台詞なんだよ。ありがとう。


 なんて言葉を飲み込んで、お鍋の火を消した。お味噌汁の具はお豆腐と油揚げ。あの子が一番好きなお味噌汁だ。


 


 ご飯の出来上がりを知らせると、すぐに食器を並べてくれた。それから二人分のご飯をよそってくれて、麦茶を入れてくれた。ちゃぶ台で、私の到着をまだかまだかと心待ちにするその顔は本当に可愛くて。


 大丈夫。そう、大丈夫。


 優の幸せは、かならず守るから。


 なんて言葉を飲み込んで、いただきます、の声が六畳間に響いた。


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