表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/19

【14】夏の終わり


「明後日から学校かぁ」


 カレンダーを眺めて、そう呟いた。


「行きたくない?」


「うん、めんどくさい。お家でのんびりしてたい」


「ふふ、がんばって優。ほら、もう涼しくなってきたんだし、歩きやすいよ」


 しばらくは晴れが続くらしいので、まあ嫌になるような暑さだとかが無いのなら、今日と同じような良い天気なんだろう。


 壁にかけた制服は、ちゃんとアイロンがかけれて皺ひとつない。カバンには、必要なプリントだとか宿題はちゃんと入れた。準備することも特にない。


「お姉ちゃん、久しぶりにお茶しに行こうよ」

 







 久しぶりに立ち入る喫茶店は、あの日と変わらずに落ち着いた空間が続いていた。


 テーブル席に向かい合って、前と同じようにケーキセットを頼む。


 今はその時間さえも、楽しくて仕方がない。何気ない会話が、とても煌めいた時間なんだ。


「ねぇねぇ、お姉ちゃんお姉ちゃん。わたしね、髪の毛伸ばそうと思うんだ。お姉ちゃんみたいに」


「わぁあ、良いと思う! 優は絶対似合うよ」


「手入れって大変?」


「んー、そりゃあ短いほうが楽かなぁ」


「そっか、わたし面倒くさがっちゃいそう」


「ふふ、平気だよ。大変だけど、楽しいもん」


 運ばれてきたレアチーズケーキ。ホットココア。この場所で、これを最初に口にしたあの日、わたしはまだ暗闇の中にいた。


 もしも今、あの頃のわたしに会いに行けるとしたら、何を伝えよう。何と言って励まそう。


 楽しくて、幸せで、かけがえのないお姉ちゃんとの夏休み。わたしはすっかり明るくなって、今なら辛いことも乗り越えられる、そんな単純なポジティブが胸にいる。


 ずっと暗闇で傷付いて泣いていたあのわたしを、自分で自分のことを、助けてあげられたような気がした。








 帰りがけ、ショッピングモールの近くにある、小さなアクセサリーショップ。


 そのレトロな佇まいに引き込まれ、わたしもお姉ちゃんも期待を踊らせ店内へと入った。


 ぼんやり輝くアクセサリー達。素朴なものから、キラキラと派手なものもあって。わたし達は食い入るように見ていた。


「お姉ちゃん、これどうかな」


 わたしが手に取ったのは、小さいけれど細かい造形のイヤリング。


「あっ……かわいい!」


 お姉ちゃんも目を輝かせるそれは、傘と雫を組み合わせたデザイン。ガラスの中に波紋の模様が閉じ込められてる。


 そして、水色と藍色の色違いが並んで置いてある。

 

「おそろい、また増えちゃうね」




 ゼラニウムの花を迎えてからというもの、わたしとお姉ちゃんはお揃いのものを買うようになった。


 この夏を思い出させてくれるものは、どんなに多くても困らない。そんなわたしの言葉にお姉ちゃんは同意してくれて、気づいたら色々なものが増えていった。


 このイヤリングも、そのひとつに加わった。


 水色と藍色、それぞれ片方ずつ分けて。ふたり左右に色違いのイヤリング。きっと見るたびに、今日のことを思い出す。


 わたし達は手を繋いで、でも何も喋ることはなく。


 家の方向へゆっくりと歩いていく。今この時間は、猶予みたいなものだって判ってるから。


 肌に当たるほんのすこしの風が、もう涼しいものだって気付いていたから。



 






 それでも、この時間がいつまでも続いてほしい。なんて思ってしまうのは、やっぱりわたしの心が弱いからだろうか。


 けれど、それでいい。大切で大好きな誰かと一緒にいたいのは、ごく自然なこと。一分一秒でも多く、一緒にいたい。


 話が弾んで、人気の少ない帰り道に笑い声がほんのりと響く。繋いだ手と手は、もう強く握るべきじゃないのかもしれないけれど、ぎゅっと離さないように。わたしも、お姉ちゃんも。


 ふいに風が吹いて、髪がなびく。


 耳、頬、両手の指先。風は冷たくて、夏の終わりを告げに来たんだと、秋がそう言っているようで。


 吹き抜けたままに、わたし達の歩いてきた道へと消えていく。


 わたしの横に、もうお姉ちゃんはいなかった。


 薄い雲が流れていく、彩度の低い青空。それは夏の間に見てきた、あの濃い色とは違うものだった。


 「ばいばい、お姉ちゃん」


 誰にも聞こえないほど小さな声で、呟いてみたその言葉は。


 高く澄んだ空へ溶けていった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ