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【9】あなたがいて幸せ

 今日は雲ひとつなく晴れていて、深い青色がどこまでも続く空。


 日差しが熱した空気はまとわりつくように暑く、少し歩いたらコンビニで身体を冷やし、少し歩いたら今度はモールで身体を冷やし、目的地に着くまでに何度も中継地点を増やさなければいけないほどだった。


 中継地点といってもそこはお店。気付けば買う予定の無かったアイスにタピオカ、髪飾りにレザーのネックレスまで袋に詰めて、少しして我に返るとふたり揃ってゾッとしていた。


 もう少し涼しい日に誘うべきだった、そんな罪悪感を覚えつつも、暑いねと笑ってすぐに冷たくて甘いものを買おうとするお姉ちゃんの姿は可愛くて。罪悪感は心の奥に押し込めたまま、わたしは笑顔で乗っかっていった。






 わたしは今日初めて、お姉ちゃんをお出かけに誘った。


 旅行から帰って三日が経った。思いの外歩き回っていたせいか、運動不足が常のわたしはもちろん、お姉ちゃんも脚に痛みを覚えていた。


 更に、よく晴れた夏日が続いていたこともあって、買い出し以外では家からほとんど出なかった。


 帰りの電車の中で巡らせ続けた私の想いは、扇風機の涼しい風と一緒に飛んでいってしまう。これじゃあ、結局変わらないままではないか。


 どこか危機感を覚えたわたしは、気付けばお姉ちゃんをお出かけに誘っていた。どこか特別な場所に行く訳でもないし、何か面白いことをする訳でもない。


 わたしがせいいっぱいに考えだした、ふたりの思い出の作り方。


 





 商店街に入ってからは、わたしが手を引くように歩いていく。一度路地に入って、今度はまっすぐに。行きたいな、と日頃から思っていた場所だからか、案内板は完璧。


 ひっそりとした店の並び。商店街の中心にはあった賑やかさは身を潜め、あたりにもわたし達の歩く音が響くだけで。


 着いたのは、小さなお花屋さん。


 店先に並ぶガラスケースには色とりどりの花が。地面にも鉢植えの植物たちがところ狭しと並んでいて、鼻をくすぐるのはしっとりとした森の香り。


「お花屋さんかぁ。優、お花好きなの?」


 手は繋いだまま、お姉ちゃんは訪ねてくる。その声色は嬉しそうで、お姉ちゃん自身もお花が好きなのかな。なんて想像させる。


「うん、好きだよ。でね、今日は買いたいお花があるんだ。お姉ちゃんと、一緒に育てるお花」


「一緒に?」


「……お姉ちゃんとね、お別れしたあとも、残るものが欲しくて」


 夏が終わって、またアパートの部屋にひとりきり。そんな生活が待っていることは、どれだけ否定したくともできなかった。


 今だって、そんなこと受け入れられない。受け入れたくない。やっぱり大丈夫だったよ優、なんてお姉ちゃんは笑って、夏のあとも一緒に過ごせるんじゃないか。なんて考えてしまう。願ってしまう。


 秋も冬も春も。そしてまたやって来る夏も。わたしはそのうち大人になって、お姉ちゃんと一緒にもっと遠いところまで行けるようになって。


 大人になったんだから、お姉ちゃんとお酒なんか飲みに行ったりしちゃって。それで美味しいもの食べたり、綺麗なもの見たり、二人の思い出は毎日毎日増えていって。


 でも、全部わたしの妄想。そんな素敵な話には、きっとならない。


 秋のわたしは、またひとりきりで生きていくんだろう。寂しくても辛くても、隣には誰もいてくれない。


 けれど、もしそんなとき。見るたびお姉ちゃんを思い出させてくれるお花がいてくれて、毎日わたしに語りかけるように彩ってくれたのなら、それはとっても素敵なこと。


「鉢植えのお花。ふたつ買って、お姉ちゃんが帰るときは一個持って帰ってほしいんだ。会えなくても、同じ花を同じように育てるの……どう、かな?」


 自分でも、説明しながら心が痛くなった。受け入れられない自分もいるけれど、受け入れようとしている自分もいる。目を背けたいことから、目を背けたくないのは他でもないわたしだ。


 お姉ちゃんはにっこりと笑った。満面の、素敵な笑顔で。


「うん、うん!」


 わたしはお姉ちゃんと手をつないだまま、店内へと入って行った。









 水色の鉢がわたしので、ピンク色がお姉ちゃん。


 花の形や大きさはほとんど一緒。同じような場所で同じように育てたら、この子達は同じように大きくなるだろう。


 まだベランダには出さず、窓の前に鉢を並べてみる。お姉ちゃんと並んで、お花を眺める。


「ゼラニウム、かぁ。優の好きなお花なんだね」


「うん、好きなお花。だけど、この子を選んだのはそれだけじゃないよ」


 赤色のゼラニウム。深くて純粋な、真っ赤な赤色。あまりにも鮮やかで、質素な部屋の中ではすぐに主人公に躍り出た。


 わたしがこの花を選んだ理由。いや、選べた理由。それは、まだ中学生の頃だったか。図書館で読んだ花言葉の本の内容を、途切れ途切れながら覚えていたからだ。


「うーん、なんだろう。あっ、花言葉とか?」


「正解だよ、さすがお姉ちゃん」


 赤色のゼラニウム。その花言葉はわたし達にぴったりだ。覚えていて本当に良かった。


「花言葉はね、あなたがいて幸せ、っていうの」


「……そっか。ぴったりだ、優とお姉ちゃんに」


「うん、そうでしょ。すごく、すごくぴったり」


 自分の声に涙がかすかに滲んだ。


「優、お姉ちゃん幸せだよ。すっごく幸せ。優といられるの、本当に本当に幸せ」


 わたしが何も答えられないまま。


「このお花がいてくれたら、優との時間をいつだって思い出せる。いつだって幸せになれる。ありがとう。素敵なプレゼントをありがとう、優」


 涙の気配は、わたしの視界をぼやけさせた後に溢れていった。こんなにもあたたかい気持ちなのに、溢れていく雫は止まらない。


「お姉ちゃんのこと、絶対に忘れない。だからお姉ちゃんも、わたしのこと絶対に忘れないでね。約束、だよ、約束……」


 掠れそうな声で、わたしは言葉を絞り出した。お姉ちゃんとわたしは、同じ気持ちなんだ。同じように感じて、同じように悲しくなって。


 指と指を組み合わせるようにして繋いだ手を、よりいっそう強く握る。


 まだ、夏は終わらない。


 思い出は、まだまだたくさんできるんだ。そう思うと、悲しいけれど自然と笑顔になれた。


「あはっ、あははっ」


「……ふふ、ふふふっ」


「お姉ちゃん、次はどこに行こっか。わたし遊び行く場所とか全然知らないんだ」


「ふふっ、そうだね、どこに行こっか。ちょっと良いレストランとか行ってみる? それとも、東京とか遊び行ってみる?」


「どっちも楽しそう。良いなぁ、行ってみたいなぁ。あ、あとね、海にも行ってみたい。お姉ちゃんと、海行って遊びたい」


「うんうん、海行こうね。新しい水着とか買っちゃう?」


「わたしがお姉ちゃんの選ぶから、お姉ちゃんはわたしの選んで、ね」


「あんまり大胆なのはやめてね?」



 小さな部屋。日が暮れても、わたし達の声は続いていた。


 それは期待で、夢で、夏の予定で。


 ひとつしか鉢のない赤いゼラニウムを、ひとりきりで見るその日に、真っ先に思い出す二人だけの幸せな時間、なのかもしれない。


 頭の片隅で、そんなことを感じてみた。



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