父親の気持ち
沢山の方に読んでいただけて嬉しいです。
記念にルーカス視点追加しました!
ある日の昼下がり。私の職場に小さな客人がやって来た。彼女はいつもの様に私に差し入れを渡すと椅子に腰かけ、持参した本を読み始めた。
私はその様子に苦笑するも、止めていた手を再開させる。
ここは王宮にある私の職務室で、普段は私の他に誰もいない。その為、仕事の邪魔にならなければいつも彼女の好きなようにさせている。
義姉の娘である彼女はこの場所が好きらしい。前に一度、退屈じゃないか?と尋ねるとそんな事はないと返してきた。どうやら私の仕事に興味があるらしく、見ていて楽しいと言っていた。
彼女の年頃だとこんな地味な事より、もっとキラキラしたものに興味があっても良いと思うのに、変わった娘だと思う。
ふと彼女の方に視線を向けると、視線に気づいたのか、本から顔を上げて私を見て微笑んだ。
私もそんな彼女に微笑み返す。
彼女のあの表情を見ると亡き妻を思い出す。
リジーの笑った顔は彼女によく似ていた…
******
私と妻は貴族にしては珍しい恋愛結婚だった。
結婚したすぐ後に娘にも恵まれ私たちは幸せだった。
だが、そんな日々は長くは続かなかった…幸せな日々が崩れだしたのは、息子が生まれてからの事だった――
ファリスを産んでから彼女はよく体調を崩すようになった。
私はそんな妻のために私に出来る事は何でも代わりにやり、彼女の体調を気遣った。
しかし、その甲斐むなしく…息子が五歳の時に彼女は天に召された。
「子ども達を頼みます」
幼い我が子達を抱きしめながら彼女の最後の言葉を噛みしめる。
君が居なくても、約束通りこの子達は私が元気に育ててみせる…
彼女の願いに応える為にも、私はそう決心した。
******
妻が亡くなってから、私達の生活は一変した。
彼女がいた頃の明るく穏やかな空気は無くなり、家の中は冷ややかでもの寂しさが漂うようになっていた。
それでもかつての様にと、私なりに頑張ってみたが上手くいかず、決心が鈍りそうだった。
そんな私の姿に、再婚を勧められることもあった。しかし、私はそれを断り続けた。家の為にも、子ども達の為にもその方が良いと分かっていても、私自身どうしても嫌だったから…
フィオナがファリスに冷たく当たっていたのは知っていた。
だが、私は娘を咎める事も、息子を庇う事もしなかった。
当主としての仕事が忙しいからと自分に言い訳をして、見て見ぬふりをしていた。
そう、私はきっと心のどこかで責めていたのだろう…イリスが亡くなったのはファリスのせいだと
…たとえ彼のせいではないと分かっていても
私は深く彼女を愛していたから――
そんな私達家族に変化が訪れたのはリジーが現れてからだった。
初めて彼女に会ったあの日、私達は驚いた。
彼女は義姉の娘だからか妻によく似ており、特に笑うと髪の色が同じという事もあってまるでイリスを見ているように錯覚した。
子ども達も同じだったのだろう。
彼らは年の離れた従姉妹と直ぐに打ち解け、楽しそうにしていた。
私はその日、久々に子ども達の笑顔を見た…
******
その日から、リジーはよく我が家に遊びに来るようになった。
彼女が来るようになってから、屋敷の様子が変わっていった。
屋敷の中はかつての様な明るさに包まれて、特に、一番変わったのは子ども達だった。
今までお互いを避けていたのに二人で話すようになったのだ。私はその変化に内心驚き、理由をそれとなく聞いてみた。
すると彼らはそろってリジーのお陰だと言った。彼女が自分たちを諭してくれて、再び歩み寄る機会をくれた――と嬉しそうに。
私は彼女に感謝した。リジーが屋敷に来てくれなければ、いずれ私達家族の心は離れていただろう…。
きっと妻との約束も守れなかったはずだ。
だから彼女の両親から謝罪を受けたとき、逆にぜひ来て欲しいと頼んだ。その方が私達にとって良い事だと感じていたから。
******
いつしか私達にとってリジーは無くてはならない存在になった。
彼女は屋敷の誰よりも私達の事を気に掛けて、親身になってくれた。
リジーと話しているとたまに彼女がまだ幼い少女だということを忘れそうになる。
だからか、情けないとは思うが、悩んだ時に話を聞いて貰うことが度々あった。
子ども達もそうらしい。いろいろな事を相談しているようだった。
父親の私よりも頼りにされていて――親として少し悲しいが。
でも、それも仕方がないのかもしれない。子ども達の話を聞く彼女の表情は慈愛に満ちていて、まるで母親の様だった。
私ですらそう感じるのだ。彼らはなおさらだろう。
それに、彼女の微笑む顔は記憶の中のイリスと同じだった…
******
ある時、リジーに頼み事をされた。
何でも私の仕事に興味があるらしい。大人しくしているから偶に見に行ってもいいかと言われた。そんな風にお願いされると彼女に弱い私としては断れない。苦笑しながらも仕事の邪魔をしないのならばと許可を出した。
それからというもの彼女はよく私の職場に来るようになった。
部屋に来てはお茶を飲んだり、仕事を眺めたり、静かに過ごしていた。
一時はクラリス嬢が登城する度に、彼女に会いに行くと言って部屋を出ていく姿を眺めては、退屈していないかと心配していた私は微笑ましく思ったものだ。
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先日、遂に娘のフィオナに引き続き息子のファリスが結婚した。
式場で、二人の晴れ姿を見たら今までの事を思い出してしまい、年甲斐もなく泣いてしまった。
式の最中、そういえば亡き妻も見たがっていた事を思い出し、見せてやりたかったな…としみじみと思っていると、近くから盛大に鼻をすする音が聞こえた。
何事かと思いそちらを見ると、リジーが嗚咽を漏らしながら大粒の涙を流して泣いていた。
そのあまりの泣きっぷりに周りは引いていたが、誰よりも親身な彼女らしいと私は思った。
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執務室でお茶を飲む彼女の様子がいつになく楽しそうで、尋ねてみた。
すると彼女は子ども達が結婚して幸せになった姿を見れて嬉しいのだという。
「ずっと夢だったんです」そう言って笑う彼女に胸が締め付けられる。
リジーはいつも親身になってくれるね――そう言うと「家族だから当然だ」と返された。
家族、か…。
君は本当に――
私は彼女に頭を下げ改めて感謝の気持ちを伝えた。
そして頭を上げて、私の行動に慌てる彼女に、礼をさせて欲しいと頼んだ。
リジーは初め「お礼なんて」と言っていたが、私の態度に折れたらしく花が欲しいと言ってきた。
「花を?」
「はい!私に似合うと思う花を、ルーカス様が考えて私に贈ってほしいのです」
そんなものでいいのか?と聞くと彼女はそれがいいと答えた。
君がそれでいいならと私は了承し、必ず贈るから待っていて欲しいと頼んだ。
後日、私の執務室を訪れたリジーに約束の花を渡した。
どの花がいいか悩んだが、花屋でこれだと思った花を贈った。
白いアイリスの花束――
「喜んでくれるといいんだけれど…」
そう言って手渡した後、照れ臭くなって彼女から顔をそらしてしまった。そして、改めてリジーの方を見ると彼女は泣いていた。
私はその事に驚いて、同時にしまったと思った。
気に入らなかったのだろうか…そう思い彼女に恐る恐る聞くと違うと言われた。
「…嬉しかったんです。ルーカス様がこの花を下さったことが。…選んでくれたことが」
その言葉を聞いて私は安心した。
しかし、続く彼女の言葉を聞いて息が止まる。
「私…今とても幸せです。もうあなたからこの花を贈られることはないと思っていたから…」
そう言って微笑む彼女を見た瞬間、私の脳裏にかつての光景と彼女の姿が浮かんだ。
まさか…そんな…
あまりの事に目を見開いた私に彼女は「今まで子ども達の面倒を見てくれてありがとう」と言った。
お一人で大変だったでしょう?
その言葉を聞いた瞬間、気が付いたら彼女を抱きしめていた。
ああ…そうだったのか。
なぜこんなにも君は私達家族に親身になってくれるのか、いつも疑問に思っていた。今までは従姉弟だからかと納得していたが…そうじゃなかった。
イリス…君だったんだね…
私は腕の中の存在を確かめるように懐かしい人の名を呼んだ。
ずっと会いたかった…そう伝えると、彼女は「私もです」と小さな腕を精一杯伸ばして抱きしめ返してくる。
…神よ、奇跡はあったのですね。
彼女がイリスの生まれ変わりだと分かってから、愛しい気持ちが溢れて止まらない…
そんな私の心情を知ってか知らずか、リジーはこんな事を言ってきた。
「ねえ、ルーカス様。私が結婚できる歳になっても、あなたの心が変わらなければ、私をもう一度あなたの妻にしてくれませんか?」
何を言ってるんだ君は!?
確かに私は今も昔も変わらず彼女を愛している。
だが今の私とリジーでは歳が離れすぎている…
私が良くても周りはそうはいかないだろう。
それに彼女の幸せを思うなら私などより、もっと年の近い若い相手を選ぶべきだ。
そう彼女に伝えると
「いいえ。私はルーカス様がいいのです。世の中には50を超えた方に嫁ぐ女性もいるのだからこれ位の歳の差なんて気になりませんわ」
と返された。
彼女は昔から一度決めたら、なかなか意思を変えない。こうと決めたら梃子でも動かないのだ。
そんな彼女の性格を知っている私は、どうやって説得するか思案していたが、リジーの様子を見て無理そうだと判断した私は諦めて、溜息をついた。
そして彼女の瞳をまっすぐ見つめて、最後の確認をする。
私はこの年になっても君への思いを捨てられない醜い人間だ。
周りに何を言われても関係ない。
この機を逃せばきっともう君を手放す事は出来ないだろう。
「本当にいいのか?」
そんな気持ちを込めてリジーを見つめれば、彼女も私の目を見つめ返してきた。
「はい。昔も今も私の愛する人はルーカス様だけですわ」
だから今世もよろしくお願いしますね。そう言って口付けてきた彼女の行動に一瞬驚いたが、すぐに笑ってしまう。
ああ、本当に…君は生まれ変わっても変わらないね。
いつも優しくて明るくて、少しお転婆なところも何一つ変わらない――
私の知っている君のままだ。
私もだよ…
昔も今も私の愛しい人はイリス、君だけだ。
お楽しみいただけましたら幸いです。
ありがとうございました!