のっバッカ
「姉ちゃん!!」
玄関の扉も、姉ちゃんの部屋の扉も走り抜けて叫ぶ。姉ちゃんは何処か遠くを見ているようで、何処も見ていないまま。ベッドに座っている。
その後ろで男が穏やかに微笑んでいた。
「可愛い弟さんだね。可愛い弟さんだった……というべきかな?」
あの時の男が姉ちゃんの背後から、姉ちゃんに語りかけるように優しく問う。何も知らなきゃ、姉ちゃんの先輩かって感じで危ねぇ奴になんて見えない。なんて奴、ほっぽってんだよ!
「姉ちゃんに近付くんじゃねぇよ!!」
姉ちゃんの真後ろにいる男を姉ちゃんから遠ざけようとして伸ばした手が姉ちゃんと男をすり抜ける。
「僕が与えるのは少しの勇気。そして、僕に出来るのは細やかな後押しだけだよ」
俺の手は男をすり抜けていったのに、男は俺の頭を撫でる。なんでだよ! 姉ちゃんもコイツも俺の手はすり抜けたまんまだぞ!? なんで俺の頭を触れんだ!?
「彼女が君の為に逝けば、とても素敵な魂になるだろうけど……強引に選ばせた道の先に魅力なんてないのに……無粋な人達だよ」
残念だと言わんばかりの溜め息。やっぱ、姉ちゃん狙ってたのかよ。
「ふざけんな!」
二人をすり抜けている手を勢いよく動かすと、その先にあったカーテンに触れたような感触と、カーテンレールが勢いよく動く音がした。
これ、俺が触ったのか?
「……へぇ。本当に、残念だ」
カーテンが開いて部屋に光が入る。音に気付いたのか、姉ちゃんの瞳が動いた。
『……コータ?』
目線なんて合ってない。偶然、目の前に俺が居ただけ。カメラ目線で目が合ったように感じるだけ。
『……コータ……コータ、コータ!』
ボロボロと泣き出した姉ちゃんから男が離れた。優しい笑顔に不安しか感じねぇ。
「大丈夫。強引に選ばせるやり方は無粋だからね。今の彼女は僕を選ばない」
「見つけたぞ! 【背中押し】!!」
「コウタ君! お姉さんは無事か!?」
続々と集まる奴等を尻目に男は微笑む。
「本当に無粋な人達ですね。彼女は彼を選んだ。後から変な横槍を入れるべきではないのに」
「相変わらず、納得いかない事を言うな……【背中押し】」
「お前は既に包囲されている! 【背中押し】!!」
「変な横槍を入れて、間違った事をしているのはお前だろーが!!」
「おや、僕のせいにしますか?」
『コータ!!』
泣くなよ、面倒くせぇ。こっちはそれどころじゃねぇんだよ。何、顔も見えねぇような馬の骨を選ぼうとしてんだよ。のっバーカ。
『コータァッ!!』
【背中押し】が泣き叫ぶ姉ちゃんを眩しそうに見た後、俺を見る。
「今の僕は君達二人を揃えなければ、不完全に思います。……コータ」
は? まだ諦めねぇつもりかよ!? しかも、俺まで狙う気か!!
《本当に、残念ですよ》
同じ距離で聞いているのに声が遠いと感じた瞬間、【背中押し】が消えた。
「なっ!? 探せ!! まだ近くに潜伏しているかもしれない!!」
【背中押し】を追う為に、集まっていた奴等が一斉にいなくなって、俺と姉ちゃんだけになった部屋に姉ちゃんの泣き声だけが響く。
『うっ……ひっく……コォタァ……』
泣きながら弱々しく呟く姉ちゃんは見えてねぇくせに目線が外れない。あ~も~!!
『のっバッカ』
「っ!!」
俺の声、今――。
『……今の……コータ?』
「姉ちゃん!?」
声は届かない。当たり前だ。俺は此処に居て、彼処には居ない。
『お姉ちゃんが……ずっとこのままだと、心配させるよね』
「しねぇよ! バーカ!!」
『安心、出来ないよね。……バカにされても、仕方、ないなぁ……』
頬を伝ってボロボロと流れる涙。
ああ、認めるよ。認めれば良いんだろ? だから、姉ちゃんもさっさと認めろよ。
『コータが天国で安心出来るように……お姉ちゃん、頑張る。……バカにされないように、ちゃんと、ちゃんと……だから、安心して天国に行きなさい。迷子になっても、お姉ちゃん……知らないから、だから、ね?』
「行くのは地獄だけどな」
辛いし、怖いし、寂しい。面倒臭く感じる事があっても家族。仲が良いとか言われると速攻で否定してぇけど……心配させんじゃねぇーよ、バーカ。
49日過ぎても行きたくないと言い出すか悩む羽目になるだろ、バーカ。