テレビ画面の向こう側
それは全て、目の前の出来事のくせにドラマのワンシーンみたいに他人事で。あんまりにも実感がねぇから、どうしたもんかと悩んでいると……姉ちゃんに布団を取られた。
「死人に鞭を打つとは流石、姉ちゃん。容赦ねぇー」
姉ちゃんは俺の言葉を無視して……いや、多分……聞こえてねぇんだな。ドラマのワンシーンに何を言っても、返事が返ってくる事がないみたいに……見えるだけの場所。
ははっ……マジか。これから俺にどうしろっていうんだよ。
「貴方が丈郷コウタですね?」
名前を呼ばれて、声がした方に視線を動かすと見覚えのない男が立っていた。
「……誰だ? あんた」
ぱっと見、伝統的な中国衣装っぽいけど……顔を紗幕で隠してて、怪しむなっつーほうが無理な格好だなぁ、おい。
「貴方が丈郷コウタですね?」
あー、どうあっても俺が先に答えろって事かよ。
「そうだけど、あんたは誰だよ。答えたんだから、答えろよな」
「私は冥府の役所に勤める者です」
冥府つーことは、お迎えの案内人ってやつ? まぁこのまま何も出来ねぇーのに居ても、精神的にキツいしな。さっさと行った方が良いだろーし、何を言っても、仕事ですから。とか言って無視されそーな気もするけどさ、やっぱ、気になるんだよ。
テレビ画面の向こう側のように感じても、姉ちゃんは目の前にいる。取った布団を戻さないで……じっと、死んだ俺を見ている。
「今すぐに、出向かなきゃなんねーの?」
「いえ。貴方は地獄に行く事が決定していますが、余罪となるような行いをしていないか。又は恩赦を与えるような行いをしているか……調べる期間があります」
「ふーん。それって何日ぐらい?」
姉ちゃんを見ていても、視線は合わない。そりゃそうか。テレビ画面の向こう側と視線が合う訳ねぇーもんな。
「驚いた。貴方は全く慌てないのですね」
「死んだって自覚があんまねーからじゃね? で? 何日?」
「49日です」
中途半端だなぁ。まっそれだけあれば、言いたい事を言いたい奴等に言うぐらいの時間は足りそうだし、別に良いか。
「天寿を全うしたとはいえ……その若さで……泣き叫び、罵詈雑言を言おうとは思わないのですか?」
はぁ!?
「てめぇはMか。気持ち悪ぃ趣味だな」
「えむ? とりあえず、趣味ではありません。純粋な疑問です」
ああ、なんだ。変な風に言うから、どん引いたじゃねーか。
「だから、自覚があんまねーから……自覚があまりないからだと思っている訳で」
意味が通じるように考えながら言ったせいか、妙な日本語になったな。
「だとしても、ですよ。私は貴方に地獄に行く事が決定しているとお伝えしました。その若さで批判的な意見の一つも出ないような経験をしたのは初めてです」
意味が理解出来なかったつー訳でもないのか。じぃさん、ばぁさんのお迎え待ち以外で文句が出なかったから不思議つー事かよ。バッカじゃね?
「泣き叫んで、罵詈雑言? 文句の一つ二つで生き返れるのか?」
出来るって言うなら、文句の一つや二つぐらい用意出来る。でも、出来ねぇーだろ。
「出来ねぇ事を聞いてんじゃねぇよ」
『……目を……』
ずっと死んだ俺を見ていた姉ちゃんが小さく呟く。でも、その声が妙に遠い。
『……覚ましてよ……』
「無茶、言うなよ。寝てねぇよ。永眠だよ」
簡単に戻れるなら、戻っているよ。バーカ。
同じ場所にいるのに世界が違うとかアホか。面倒くせぇ。姉ちゃんのバーカ。
「んな顔……見てたら……思い知るしかねぇーじゃん。悪あがきも出来ねぇよ、バーカ。姉ちゃんのせいだからな。俺が変な奴だとか思われたの」
何を言っても、姉ちゃんが俺を見ないのはわかってんだよ。
「失礼しました。私は他の方への説明がありますので、別の場所に行きますが……謝罪代わりに一つ、忠告を」
「忠告? 同じ場所に留まるなーとか、呪い殺そうとするなーとかか?」
幽霊作品にありがちな事を言ってみたら、真剣に首を横に振られる。冗談通じねぇなぁ、おい。
「コレクターに気を付けて下さい」
コレクター? そこはスペクターじゃないのか?
「ああ、そうだ。貴方は……君は、生きた人間を害を与えようと考える人ではないでしょう? では、失礼」
うっわ! 言いたい事を言って消えやがった! アイツ!! 呪いとか冗談に決まっているじゃねぇーか。一々、わかってますから。みたいな事を言ってんじゃねぇーよ。
くっそ、言ったコッチが恥ずいわ。
『ねぇ……コータ……』
「永眠中だって。そろそろ、布団返せよな」
何を言っても届かない。空しくなるだけなのに……話しかけたり、返事をする俺もバッカだよなぁ。何をやってんだって話。まぁ永眠してんだけど。