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閑話:鬼の子を温泉に連れて行った時の話

 セイスケが鬼の子のショウタを養子に迎えて一年が経っていた。


 六歳になったショウタは尋常小学校に通い始めている。鬼はとても少なく数千人の人に対して鬼は一人の割合である。そんな見慣れない異形の鬼であるショウタは、やはり同級生に馴染めないでいた。


 尋常小学校は義務教育であるが、鬼の就業は義務ではない。鬼は信じられない程の力を持ち、多くの鬼はその力を使って生活の糧を得ている。

 建設や土木には必須の力であり、ニッポン政府が特に力を入れている鉄道網整備に鬼はとても活躍していた。


 多くの人は鬼に学力は必要ないと考えていた。もちろん、希望すれば鬼の子でも尋常小学校への入学は許可されることになっている。

 古くから将軍家の御典医を務める名家出身で、帝都にある帝国大学医学部の一期生であり、ナルカ中央病院の医師であるセイスケの養子となれば、尋常小学校が入学を拒否できる筈はない。

 しかし、黄色の髪に二本の角、金色の目というあまりにニッポン人と違う容姿のため、他の児童はショウタを受け入れ難く思っている。


 鬼はとても強い力を持つが、人を傷つけるのを非常に恐れている。学校で鬼であることを馬鹿にされ、時には暴力を振るわれても、ショウタは黙って耐えていた。

 養父のセイスケにとってかなり歯がゆいが、ショウタに報復しろと教えることはできない。六歳児とはいえ、既にセイスケより力持ちのショウタが本気で報復すると死人が出かねない。もちろん、鬼であるショウタにそんなことができる筈はなかった。


 鬼はとても頑丈であり怪我の治癒も早い。その上、痛みに耐性があった。

 ショウタが学校で受けてくるかすり傷などは翌日にはきれいに治っている。しかし、心に受けた傷は鬼であっても治りにくいのではないかとセイスケは考えていた。


 セイスケから見てもショウタは敏い子である。きちんと教育を受けさせてやりたと思い、尋常小学校に入学させたセイスケだが、ショウタにとって本当に幸せなのかわからないでいた。



 そんなある日、セイスケはショウタを連れて隣町にある老舗の温泉旅館に泊まりに来ていた。

 

 小さなショウタのどこに入るのかと思うぐらいに夕食を堪能した後、セイスケがショウタを大浴場に誘った。

「鬼の子など温泉に入れるな。湯が汚れるだろう!」

 脱衣場でショウタが小さな浴衣を脱いでいると、後ろから五十歳ほどの太った男が声をかけてきた。

 セイスケはその男に見覚えがある。製糸会社を創業して一代で大きくした社長であった。新聞に大きく顔写真付きで載っていたので間違いない。


「ごめんなさい」

 ショウタは慌てて浴衣を着ようとする。それをセイスケが止めた。

「この子は毎日風呂に入っていてとても清潔だ。湯が汚れる筈はない」

 風呂好きのセイスケに付き合ってショウタは毎日風呂に入っている。セイスケは湯が汚れるなどと言われるのは我慢ならなかった。


「セイスケさん、僕はいいよ。家で入るから」

 セイスケを見上げるショウタの金色の目が悲しいと伝えている。

「私のことは父と呼べと言っているだろう。それにな、家の風呂はただの湯。ここは温泉だぞ。身も心も癒やされるんだ。入らないという選択肢はない」

 ショウタがセイスケを父と呼ぶのをためらうのは、セイスケの母親と妹が養子にすることを反対したからだ。そのことを知っているセイスケは、ショウタが名を呼ぶたびに訂正している。


「おい、その鬼の子が入らないと言っているのだから、それでいいではないか。わしは鬼と一緒に温泉に入るのなんか御免だからな」

 太った男が尊大な態度でセイスケに言い放つ。

「私の息子と一緒に温泉に入りたくないのであれば、貴方が出ていくべきでしょう。私は父子で温泉を楽しみたいのだから」

 セイスケは穏やかに笑っている。

「わしを誰だと思っている!」

 激高するように男は声を荒立てた。


「存じ上げていますよ。一代で会社を大きくした社長さんでしょう? 新聞で拝見しました。さすが成り上がった方です。代々続いている家の方ならば、こんな物言いはしないでしょうね」

 いつもはそんな嫌味を言うセイスケではないが、大切な息子であるショウタを傷つけられて黙ってはいられない。

「何だと! 人のくせに鬼を養子にするなんて、お前こそ恥はないのか」

「貴方の会社は新しく大きな工場を建てたのですよね。その時に多くの鬼が働いていた筈です。流通には鉄道や道路を使っていますよね。それらを作るのにも鬼は活躍しています。そんな鬼を恥だと言うのですか? 信じられない。私は優しく強い息子を誇りに思っていますよ」

 太った男はセイスケを睨みつける。セイスケも睨み返した。ショウタは困ったようにセイスケを見上げていた。


 そこに旅館の主人がやって来た。

「キネノ様、申し訳ありませんが、お代は全額返金させていただきますのでお引取りください」

 キネノと呼ばれた太った男は、慇懃な態度で頭を下げている主人を驚きの目で見る。

「わしを誰だと思っている! 鬼の親などを優先させるつもりか?」

「サエキ様は代々この旅館をご贔屓のしてくださっています。申し訳ございませんが、一見に等しいキネノ様と比べようがございません。これ以上騒ぎだてするのならば、警察を呼びます」

 ずっと昔のこと、サエキ家はこの地の殿様に仕える御典医だった。ある代の殿様が将軍になり今の帝都に行く時、サエキ家の当主が同行した。その人物がセイスケの先祖である。

 セイスケの先祖の何人かはこの老舗旅館に泊まったことがあるらしい。

 


「こんな安っぽい宿など二度と来ない」

 太った男は捨て台詞を吐いて脱衣場を出ていった。


「お義父さん、あのおじさんは変な臭いがしたよ」

 ショウタが小さな声でセイスケに告げる。

「そうか。ショウタは鼻が効くからな。あの男は臭うほど不潔だったんだ。あの男が湯に入らなくて本当に良かった」

 セイスケは安心したように笑った。

 

「ショウタ。人はどうあがいても鬼には勝てない。銃を持っていてもだ。だからこそ、人は鬼を恐れる。あの男のような高圧的な態度は鬼への恐怖心の裏返しだ。しかし、鬼の優しさを知れば恐怖はなくなる。これから普通の態度で接してくれる人が増えていくから安心しろ。ショウタは大きくなればその力を使って人の役に立つようになる。ショウタは鬼に産まれたことを誇るといい」

 セイスケは温泉の中で何度もショウタに言い聞かせていた。ショウタは涙ぐみながらその度に頷く。



 その半年後、製糸会社の社長が悪性の腫瘍のために急死したことをセイスケは新聞で知った。



 それから四年ほど経った頃、セイスケはショウタの不思議な力を知ることになる。体の中が透けて見えるだけではなく、悪性腫瘍が光って見え、臭いもわかるらしい。

 あの時、製糸会社の社長が一緒に風呂に入っていれば、ショウタの能力がもっと早くわかり、あの男も助かっていたかもしれないが、あれがあの男の運命だったのだろうとセイスケは思う。


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